第136話 もうすぐ一年

 三月某日。俺たち夫婦のお披露目パーティもあと数日に迫った金曜日の夜。


「最近、すっかり暖かくなって来たね」


 食後のお茶を啜りながら、ミユがそんな事を言ってきた。

 こういう夜の一時は二人で静かに話すのも楽しい。


「そうだな。もう三月だし。お茶が美味しい」


 なんだか、いつもより食後のお茶が美味しい気がする。


「それはそうだよ。奮発して高級玉露を買って来たからね!」


 どやとばかりにミユが取り出したのは茶葉のパッケージ。

 確かに玉露という記述がある。


「なんか微妙に甘い気がすると思ったら。でも、結構するんじゃないのか?」


 玉露というとなんだか高級日本茶というイメージがある。


「……うーん。紫雲って言うんだけど、100g3000円くらい」

「高っ。道理で美味しいわけだ」

「結構淹れるのにもコツが必要だったんだよ?」

「そういえば、何度か練習ぽいことをしてたな」


 日々のお茶を美味しくするためにそうまでしてくれることを嬉しく思いつつも、特に銘柄とかは考えたことがなかったが。


「そうそう。だから、感謝して飲んでね?」

「ああ、ありがとうな。しかし、こうまでお世話されるとむず痒いな」


 なんとなくそうしたくなって、気がついたらミユの髪を優しく梳いていた。


「ふふ。やっぱり、撫でられるのっていいよね」


 少し照れくさそうにしながらも、ニマニマしているミユ。


「俺としても愛でたいときはこれがいいな。でも、そんなにいいものか?」


 考えてみればミユからそうされたことはほとんど無かったっけ。


「じゃあ、やってあげるよ」


 ミユの手が俺の髪を優しく撫でさすってくる。

 手の温かさが伝わってきて、くすぐったいが確かにこれはいい。


「これは確かにいいな」

「私の気持ち、わかった?」

「考えてみれば恋人になる前もこんなことしてたわけだよな」


 今思えばトンデモなく大胆だ。


「そうだよー。あれで脈が無いと思ってたリュウ君がどうかしてると思うよ」


 その事は反省してはいるのだけど。


「だから、もう、悪かったって。その分存分に愛情表現してるつもりなんだけど」


 ま、口では不満そうに言いつつも嬉しそうだから、これは単なるじゃれ合い。


「今日はちょっと足りない」


 つまり、もっと構えというアピールか。

 しかし……


「こういう時、途端に子どもっぽくなるよな、ミユ」

 

 普段は出来た嫁さんという感じなのに。


「女の子はいくつになっても好きな男の子に甘えたいものだよ」


 言いつつ立ち上がってハグを求めて近づいてくる。


「もう、仕方がないな」


 なんていいつつも男としては甘えてくれるのは嬉しかったり。

 ぎゅっと抱きあって、キスを交わす。


「はあ……」


 妙に艶めかしい吐息。

 再びキスを交わす。


「はあ……ん」


 今度は背中を撫でさすってくる。

 あ、そういうことか。

 お返しに俺の方も背中を撫でさすると、再びの口づけ。


「大好き、リュウ君」

「俺も大好きだぞ」


 そういった行為を繰り返すこと十数回。


「ええと。するか?」

「うん……」


 少し頬を染めながらも頷くミユ。

 背中を撫でて来た時からなんとなく思っていたけど。

 ミユの側からしたい時はそういうサインを出すことがある。


 こうして、寝室で一時間ばかり行為を楽しんだ後の事。


「なんか、今夜はやけに甘えてくるな」


 行為を終えた後も下着だけを身に着けた状態で抱きついてくる。


「もうすぐ一年だなって思ってたら、ちょっと、ね」


 常夜灯だけが点灯した寝室でつぶやくミユ。


「一年か……考えてみれば、去年の今頃は引っ越し準備してたな」


 持っていく荷物、置いていく荷物を選別するのが大変だったのを思い出す。

 そして、ミユとも引越し後の生活について話し合った事も。


「楽しかったなー。引っ越したら、もっと距離を縮めるんだ!って思ってたけど」

「まあ、その裏でのうのうとしていたわけだけど」

「別にもう気にしてないから」


 クスクスとおかしそうに笑うミユ。


「お前が事ある毎にそのネタ持ち出すから俺も気にするんだが。どの口で言うか」


 頬を少しつねってみる。


「全然、いひゃくないよ?」


 頬をむにーっとされながら、変顔になったミユが面白い。


「そりゃそんな趣味はないからな」


 そういうプレイは余所のご夫婦におまかせしたい。


「じゃあ、私もしてあげる」


 と思ったら、ミユの方もむにーっとしてくる。


「ちょっと、痛いんだけど」

「罰」

「何のだよ」

「私の気持ちに気づかなかったことの」

「気にしてないんじゃなかったのかよ」


 やっぱり気にしてるんじゃないか。


「気にしてないけど、覚えておけば何度でも使えるでしょ?」

「いやいや、そんなに何度も使わなくていいから」

「これも夫婦生活を円滑するためだと思ってよー」

「まあいいけど。しかし、もうすぐお披露目だよな」


 もう準備は万端だけど本当にあと数日だ。


「ウェディングドレスをお披露目するの楽しみだなー」

「もう、試着したのにか?」

「それはそれ。これはこれ!」

「美園ちゃんの彼氏さんも気になるよな」

「うんうん。どんな人を捕まえたんだろうね」


 まあ、さぞかし包容力のあるいい男なんだろう。


「そういえばさ、三月の休暇の内に行くか?」

「うん?」

「いや、新婚旅行。四月になったら二年だろ。時間なくなりそうだし」

「そういえば、そうだね」

「ミユはどこか行きたいところあるか?」

「大阪はやっぱり行きたいなー」

「確かに、俺もちょっと行ってみたいと思ってた。じゃ、そっちの方向で」

「あ、あと。温泉旅館とか行きたい!」

「温泉旅館か……いいな」


 浴衣姿でのんびり。新婚旅行としてはいいんじゃないだろうか。


「エッチなこと考えたでしょ」

「考えたのはミユだろ」

「それは……新婚旅行だから、考えるよ」

「そういう桃色な話はおいといてだ。お勧めスポットは木橋たちに聞くか」

「確かに、地元民な陽向ちゃんたちが一番よく知ってるよね」


 大阪というと通天閣とか食い倒れのイメージが強い。

 とにかく、美味しいものがいっぱい食べられそうな気がする。


「……幸せ」

「だな。俺もだ」


 なんていうか、学生生活を満喫してるなあと実感してしまう。


「これからも仲良くしようね」

「ああ。こちらこそよろしくな」


 こうして夫婦の夜は更けて行くのだった。

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