終章 一年の終わりに
第135話 友達の合格祝い
時は三月上旬。筑派大学合格発表当日。
「ちゅーわけで、
チンとグラスを鳴らす音が回らないお寿司屋の店内に響く。
集まった面子は俺とミユ、
当然ながら、俊さんを除き未成年なのでジュースで乾杯だ。
「いやー、陽向が無事に受かったのは何よりだな」
「でも、陽向ちゃんは本当、飲み込みが早かったよね」
「それは思った」
結局、陽向の勉強の面倒は俺とミユで見たのだけど、正直驚いたものだ。
陽向は勉強の要領がよく、短時間で的確に理解度を向上させてくるのだ。
「これがウチの底力って奴よ。どうや、
鼻高々という様子の陽向。
調子に乗ってるな、と思ったけど、めでたい席だ。何も言うまい。
「
トンとおなじみのツッコミチョップを繰り出す木橋。
「それくらいわかっとるよ!それより、彼氏として言うことないん?」
「いやまあ、そりゃ、めでたいとは思っとるけどな」
「もうちょっと嬉しそうに言って欲しいんやけど」
心なしか陽向の奴が不満そうだ。
(なあ、あいつら、二人だけのお祝いとかしなかったのか?)
(木橋君は、「まとめてやればええやろ」とかなんとか言ってたって)
ひそひそと隣のミユと内緒話。
(なんつーか、やっぱ面倒くさがりだな、あいつ)
(照れもあるんだと思うけど、陽向ちゃんとしてはそこが不満みたい)
(まあ、皆の前に彼氏と二人きりで祝いたいよなあ)
長い付き合いだし、俺達が口を挟む事でもないんだろうけど。
しかし、木橋も、もう少し気遣ってやればいいのに、とは思う。
「とにかく!めでたい席なんやから」
「しゃあないね」
これ以上、雰囲気を悪くしても仕方がないと陽向は判断したのか。
諦めて、机に並んだ寿司盛り合わせに手をつけ始める。
「ああ、美味い!美味いわあ。こっち来て以来、寿司は初めてやわあ」
と、舌鼓を打つ陽向は、満足げだ。
「大阪おった時は、黒門市場の寿司屋よく行っとったよな」
どこか懐かしそうに、想い出を語る木橋。
「
初めて聞いた名前だ。
「なんちゅーんやろ。東京で言う築地市場みたいな感じって言えばええんやろか」
「なるほど。大阪一番の魚市場ってとこか?」
「ま、そんなとこや」
「前に聞いた
ふんふんと、ミユはどこか感心した様子だ。
「まあ、日本橋は
どこか誇らしげだけど、なんだかんだ言って木橋も故郷が好きなんだろう。
「東京出身の俺たちからすると、日本ていうと東京中心で見ちゃうけど、関西は関西で独自の文化があるんだなあ」
「リュウ君、その内、皆で一緒に大阪ツアーとかどうかな?」
「確かにありだな」
「お、ええよ、ええよ。ついでに、新婚旅行とかいうのもええんやない?」
新婚旅行、か。
「確かに、大阪も色々ありそうだし、いいかもな。ミユはどうだ?」
「うん!私も行ったことないし、一度行ってみたい!」
よし。新婚旅行先の候補として、大阪も追加しておこう。
「ところで、陽向は入学しても今のアパートのままか?」
「ウチとしては、健介と一緒に住みたいんやけど……」
と目線を木橋に送る陽向。
「それはその内な。今より一人の時間減りそうやし、まだ先でええやろ」
さんざん陽向に迫られている木橋としては、面倒らしい。
「前の約束覚えとるよね。合格したら、婚約するっていうの」
「なあ、あれ、本気なんか?」
「本気も本気よ。健介は嫌やいうの?」
「嫌っちゅうわけやないけど。もう少し時間おいてもええやろ」
嫌そうな顔だ。
「逆に、お前たちも付き合い長いんだろ?躊躇する理由ってなんだ?」
「なんだかんだ言って好き合ってるわけだよね」
いくら木橋が面倒くさがりとはいえ。
「んー。なんちゅーか、結婚するっていうのは一緒の家庭を経営するわけやん」
「経営って……言いたいことはわかるけど」
なんとも意外に堅い物言いだ。
「親からの援助もらっとる俺らが婚約ちゅうのはちょい抵抗あってな」
複雑な表情をしてため息をつく木橋。
「木橋の言い分もわかるけど、そこまで難しく考えなくてもいいんじゃないか?」
「そうそう。大学卒業したら、そういうのは経験すると思うし」
木橋としても迷っているようだったので、陽向の援護をしてみる。
「んー、そうやな。どうせ他の奴と結婚する言うんもないわけやし、婚約しよか!」
「「「おー!」」」
年貢の収め時というのか。木橋も決意したらしい。
おめでたいことだ。
「もー、健介もなんだかんだ言って前向きやったんやな。嬉しいわあ」
「悪いな。別に陽向と一緒になるのが嫌やってわけやなかったけど」
「ええよ、ええよ。ウチは今すっごい幸せやし」
(陽向ちゃん幸せそうだね)
(ああ。木橋もなんだかんだ嬉しそうだし)
仲良きことは美しきことかな。
「あ、それやったら今度ウチの婚約指輪、一緒に買いに行かへん?」
「そやな。あんまし高いのは無理やけど」
「別に値段なんかどうでもええの」
早くも結婚指輪の話もしていて春爛漫という感じだ。
「そういえば、俺たちが婚約指輪買いに行った時も色々あったな」
「うんうん。夜の大学会館でプロポーズしてくれたの覚えてる」
もうあれから数ヶ月だけど、つい最近のようにも思える。
「私も、すぐにではないですけど、待っていますからね?」
「あ、ああ。大学院に在学中には、な」
俊さんと都のカップルも触発されたらしい。
最近はおめでたい出来事が続いてとても幸せだ。
ま、俺達は俺達でお披露目会の準備を進めなきゃだけど。
いよいよ大学一年生が終わるのが近づいてきているのを感じる。
二年生は一体どんな風になっていくのだろうか。
隣にいる最愛の彼女と一緒にいることだけは確実だろうけど。
ちらりとミユの方を見ると、目があって、微笑まれた。
(なんか、やっぱりミユの事好きだな)
(ど、どうしたの。急に?)
動揺しているのもまた可愛らしい。
(眺めててなんとなく思っただけだよ)
(も、もー。でも、私も大好き)
きっと、これからもうまくやって行けそうだ。
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