第134話 結婚内祝い

 さて、まだまだ冬真っ盛りの二月下旬のとある朝。

 目の前にあるのは、現金10万円が包まれたご祝儀袋六つ。


「ろくじゅうまんえん、って大金だよね」

「ああ。バイト代でも、月10万円行ったことないぞ」

 

 元を正せば一週間前の事。

 ミユの実家と俺の実家からそれぞれ、親戚からの内祝いを預かっている

 というメールを受け取った事だった。

 念の為、お返しはしっかりしなさい、と書かれていた。


 今朝、現金書留でお祝いがまとめて届いたのだった。


「資金という事でありがたいんだけど、お返しはどうすればいいんだろうか」

「あまり会った事がない遠縁の人もいるしね」


 お祝いについては、恐縮しすぎても仕方ない。

 ありがたく受け取って置こう。

 ただ、結婚祝いのお返しというのが悩ましい。


「検索してみたけど、お祝いの1/3くらいが目安らしいよ」

「ということは、それぞれ3万円相当のもの買う必要があるのか」


 心の底で、60 - (3 * 6) = 42、という計算式が働いてしまったが、

 そのまま口にするのも無粋なので黙っていることにする。

 普段扱わない額のお金を見て、妙な計算が働いてしまっている。


「何をお返しするかが問題だよー。おじいちゃん、おばあちゃんはまだわかるんだけど……おじいちゃんの妹さんとか、私、一度会ったことあるかな?くらいだよ」


 悩ましげな表情でため息をもらすミユ。


「俺も、ばあちゃんの姉貴とか、そもそも会った記憶すらないぞ」


 結婚というのは、当人同士、せいぜいが親を巻き込んだモノくらいに思っていた。

 しかし、家と家の関係というか、こういう風な事も起こるのか。


「ま、でも、礼儀として必要なことだし、しっかりしないとな」


 これがきっかけで、お互いの実家で両親が肩身が狭いとかならないように。


「とりあえず、お返し用通販サイト見てみよ?」


 というわけで、一緒に通販サイトでどんなものがあるのか調べてみることに。


今治いまばりタオルかー。じいちゃん世代なら、ありか?」

「うん。タオルだと、たぶん誰でも使えるし、いいかも」

「でも、タオルでもこういうブランドあるんだな」


 全然区別出来ていなかった。


「それはあるよー。リュウ君は昔からあんまりそういうとこ見ないけど」

「うぐ」


 確かに、ミユが買っているタオルがどこのものかとか考えたことないな。

 意識してないけど、洗面所のタオルとかいつも入れ替えてくれてるんだよな。

 

「なんかいつもありがとな」

「どうしたの、突然?」

「いや、考えてみると、洗面所のタオルの入れ替えとか、知らん内にやってくれてるだろ?そういう所、見てなかったなって」


 食事や掃除は、ある程度は様子を見られているのだけど。

 それでも、細かいところとか、いつも清潔に保たれているのは凄い。


「そういう所、男の人は鈍感だからね。仕方ないよ」


 少しミユは苦笑いだ。


「つーことは、他にも、気づかないところで、色々世話かけてたんだな」


 その辺りは、本当に俺では行き届かないところなんだろう。


「いいよ。好きでやってるんだし。気づいてくれただけでも嬉しいよ」


 そう笑顔で返してくれるミユは魅力的で。

 ますます、いい奥さんを持ったな、と実感する。


「やっぱり、いい奥さんをもらったな、俺」

「も、もう。リュウ君。照れるってばー」


 と、なんだか桃色な雰囲気になってきたけど、いかんいかん。


「話をお返しに戻してだ。この、今治タオルいいんだけど、2万円しないよな」


 お返しは1/3ということだから、少し安いかもしれない。


「バスタオルとフェイスタオルが別の商品になってるから、合わせるのはどう?」

「ああ、なるほど。二つでセットにするか。普段使いの物だし、いいな。決定」


 食品類は、それぞれの好みがわからないところがあるし。

 家具の類も、ダブってしまったらという懸念があるしで、難しい。

 タオルなら、最悪、予備として置いておいてくれるだろう。


「でも、こうしてみると、結婚って二人だけのものじゃないんだよなあ」


 なんとなく、深く考えずに籍だけを先に入れた俺たち。

 でも、そこには家同士のお付き合いもあるのだと少し実感する。


「おじいちゃんたちは、生きている内に、ま、孫の顔を見たいとか言うかもだし」 「まあ、そっちはな。社会人になってからっておもうけど」

「そ、そうだよね。できちゃったら、お父さんたちに負担かけちゃうし」

「そうそう。養育費とか馬鹿にならないだろうから、親へ頼むことになるよな」


 でも。


「でも、避妊うまく行かなかったとか、そういう時はちゃんと育てるからな?」

「う、うん。ありがと……」


 基本的には、100%の確率で避妊出来る方法というのは無いらしい。

 ピルはかなり高い確率で避妊出来るらしいけど、副作用も飲む手間もあるしで、

 パートナーに勧めるのはどうか、みたいな話も見た。


「それで思い出したけど、私達のお披露目会も、もう来月だよね」

「一応、貯金崩すつもりだったけど、今回のでだいぶ助かるな」


 中の良い友人たちを招いてのささやかなものとはいえ、それでもお金はかかる。

 つくづく、ありがたい。


「うん。お金の事は、やっぱり重要だよね」

「世知辛いけど、それが現実ってことだな」

 

(しかし、三月か……)


 もうすぐ、大学に入って、一年になるんだな。

 少し、しみじみとしてしまう。 

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