第16話 幼馴染と食べ放題に行く件について
5月18日土曜日の昼前。俺たちは、なんとなくByte編集部室に集まっていた。ここ、Byte編集部の活動内容は、
「なあ俊さん、そろそろ飯行かね?」
「どこ行くよ、カズ」
「すた二とかどうよ?確か500円引きだったはずだぜ」
向かいの机からそんな声が聞こえてきた。話しているのは、部長である俊さんと、カズさんこと
「すた二って何ですか?」
横から聞いてみる。
「すた二ってのは、すたみな二郎のことでな。食べ放題の店だ」
「何の食べ放題なんですか?」
「一応焼肉ってことになってるが、寿司もスパゲッティもご飯もデザートもある。で、今日は500円引きのキャンペーンをやってる」
「いくらなんです?」
「なんと、普段なら1500円のところ、たった1000円だ」
「それは凄い……」
俺たち学生にとって一食1000円は安くないが、食べ放題でそれならリーズナブルだ。
「お前らも来るか?」
山田さんとはあまり話したことがないし、この機会に話してみるのも良いか。ミユに視線を向けるとこくりとうなずいた。
「是非」
「じゃあ決定だな。俊さん、車出してくれる?」
「了解」
そうして、昼食はすた二に決定。俊さんの愛車に乗って出発する。
「お前ら、そろそろ学生生活は慣れたか?」
と助手席の山田さん。
「2か月近くになりますからね。色々わからないこともありますけど」
「私も同じです。Byteの雰囲気はびっくりでしたけど」
「最初は面食らうわな。で、講義はどうだ?」
「普通ですね。今の所さほど難しいということはないです」
「私は数学がまだちょっと。大学の数学って高校と違いますよね」
そういえば、こないだε⊿論法で詰まっていたことを思い出す。
「1年だったらコンピュータ実習があるんじゃないか?」
「ちょっと退屈ですね。課題終わらせたら、ネット見たりしてます」
「そういえば、朝倉は面白いことをしてたな」
Exsilでお絵かきをしていた件だろう。
「ネットで話題になっていたのを真似ただけですってば」
何でもないことのように言うミユ。
「それができるのは普通じゃないんだけど」
「ま、楽しんでるようで何よりだ。パソコンできるやつにしてみればあの授業退屈だしな」
山田さんの物言いは遠慮がない。
「朝倉や高遠はもっと発展的な講義を取った方がいいと思うぞ」
俊さんからのアドバイス。
「どんなのがあるんですか?」
データ構造とアルゴリズム、形式言語とオートマトン、計算量理論、など、聞いたことがないキーワードが並ぶ。聞いている限り、なかなか難しそうだ。
「俺達でも大丈夫ですか?」
「ま、大丈夫だろ。わからないことあったら、俊さんにでも聞きゃいいよ」
と山田さん。その後も、大学の講義についてとりとめもない話をしていると、すたみな二郎に着いたようだった。
すたみな二郎はランチタイムを過ぎているからか、そこそこ空いていて、すぐにテーブル席に案内された。見ると、色々な種類の肉がずらっと並んでいる。その他には、スパゲッティ、味噌汁、ご飯、寿司、ジュース、アイス、プリン……ほんとに何でもありだな。
「肉は俺たちが取っておくから、高遠たちは他のものを適当に選んどいて」
と俊さん。ビュッフェ形式なのか。俺とミユは思い思いに好きなものを皿に盛りつけていく。俺は寿司を数個、スパゲッティ、ガーリックライス、ポテトフライといった具合。ミユは、同じように寿司を数個にポテトサラダといったところ。こういうチョイスには個性が出るものだ。
席に戻ると、牛カルビ、牛レバー、鶏モモ、タン、などなど、肉が山のように盛られていた。
「それ、食べきれるんですか?」
ミユは少し心配そうだ。
「大丈夫大丈夫。余ったらカズが処理してくれるから」
「そういうことだ」
「その割には身体引き締まってますよね」
山田さんは大食漢のようだが、180cmを超える長身な上に、筋肉質で引き締まっている。
「俺は、食べないと痩せるくらいでな。普通に食ってたら、翌日に500g減ってたこともある」
「それはすさまじいですね」
「カズは高校の頃、登山の全国大会で1位だった猛者だからな」
「「え?」」
ハモった。計算機学部は、どちらかというと運動をあまりしない人が多い。計算機学部だけ、体育の講義が4年通してあるくらいだ。だからこそ、とても意外だ。
「それだけ運動ができるのに、なんでこっちに?」
「運動は習慣でやってるだけだからな」
この人は色々規格外だ。食べながらそんな感じで雑談をしていると、ふと。
「カズは進路どうするんだ?」
「普通に就職。俊さんはどうするんだっけ」
「俺はなんとなく博士に行ったからなあ。大学に残るか就職するか迷ってる」
山田さんは修士1年だが、もう就職することに決めているらしい。
「山田さんは俊さんみたいに博士に進学しないんですか?」
「俺には研究は向いて無いよ」
「カズは研究できると思うんだけどなあ…」
俺たちはまだ大学に入ったばかりで、将来の進路を決めるのは数年先のことだ。先輩たちが少し遠く思える。
「ま、今は食おうぜ」
山田さんや俊さんが肉をがんがん網の上に置いていく。肉汁がじゅー、としたたって香ばしい。焼いた肉を各々、皿に取って食べる。うん。美味い。
「そういえばさ。おまえら付き合ってんの?」
俺は食べていた肉を吹き出しそうになった。ミユも肉を喉につまらせそうになっている。
「い、いえ。付き合ってませんが」
「は、はい。リュウ君は幼馴染です」
とはいえ、ミユには半ば告白されたような状態だけど。
「そうか。どっちでもいいが、仲良くな」
それだけ言って、再び肉を食べ始める山田さん。こういうところに深く突っ込まないでもらえるのは大変助かる。しかし、仲良く、か。その後も、肉を食べたり寿司を食べたりデザートを食べたりして帰路についたのだった。
(しかし、付き合う、か……)
ミユを女として意識してるし、好意を持っているのも間違いない。ただ、後一歩踏み出せる何かがあれば。そんなことを帰りの車で考える。
「リュウ君、リュウ君」
「どした」
「何か心配事?」
「いや、ちょっと講義のこと考えてただけ」
「ならいいんだけど……」
心配そうなミユ。そんな顔を見ると、少し罪悪感が湧く。
(ほんと、早く結論を出さなきゃな……)
結論はもう決まっていて、いつ踏み出すかだけなのかもしれないが。
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