第17話 二人の過去

 食べ放題に皆で行ったその夕方。俺は一人、自室で思い悩んでいた。


「おまえら付き合ってんの?」


 特に悪気の無い疑問。ミユへの返事については先送りにしていたが。


(いい加減、返事しなきゃな)


 正直、ミユのことは好きだ。女性として可愛いというだけでなく、講義で見せたような少しはっちゃけた一面も、ジョギングで見せたような、努力家な面も、俺の前でだけ甘えて来る面も。


 ただ、今一歩踏み出せないのは何故だろうか。そんなことを考えていると、スマホに着信があった。それも、非通知だ。


「はい。もしもし?」

「ああ。竜二かい?その……久しぶり」

「その声……誠司か?」


 その声の主は山崎誠司やまざきせいじ。俺とミユの友人「だった」男にして、ミユにトラウマを植え付けた張本人だった。自然、声は険しくなる。


「ああ。その……美優ちゃんは元気でやってるかい?」

「元気でなくした張本人が言ってもな」


 こころなしか声が弱々しい気がする。


「今日はその事で謝りたかったんだ。今更で、許してもらえるとは思っていないけど」

「……ど、どういうことだ?」


 心を入れ替えたから謝りたいとでもいうのだろうか。


「あの時のことは本心じゃなかった……とはいえないか。どれだけ詫びても詫びたり無いと思ってる」

「……」

「懺悔くらいはしたくてね。急で悪いけど、聞いてくれるかい?」

「、話だけなら」


 この男と袂を分かつきっかけになった出来事を思い出す。


ーー


 俺とミユが高校に進学したばかりの頃だった。周りは知らない人ばかりの俺達は、入学してしばらくは二人で固まってよく行動していた。


「いよいよ、今日発売か。ほんと、楽しみだな」

「だよね。放課後、一緒に買いに行こ?」


 俺たちは、今日発売のオープンワールド型の新作RPGの話題で盛り上がっていた。数え切れない程のクエストにバトルあり、釣りあり、農業あり、結婚要素ありの……ということで、発売前からたびたび盛り上がっていた。


「お。ファクトリーシリーズ最新作の話?僕もファンなんだ、それ」


 二人で盛り上がっていたところに、話しかけてきたのが誠司だった。


「よかったら、僕も混ぜてくれない?」

「あ、ああ、いいけど」

「う、うん」


 いきなり見知らぬ男子が親しげに話しかけてきたものだから、俺たちはおっかなびっくりでうなずく。そしてー


「いやー、話せるな。ファクトリーシリーズの話でこれだけ盛り上がったの初めてだぞ」

「そうそう。リュウ君、あんまり上手くないし」

「ミユ、余計なこと言うな」

「あはは、それは良かったよ。僕も、この話で盛り上がれたのは初めでさ」

「あ、そういや、名前聞いてなかったよな。すまん」

「僕は、山崎誠司。よろしく」


 それがこいつとの出会いだった。名前のイメージの通りというか、物腰が柔らかくて穏やか、それでいてディープな話にも乗ってこられるこいつと俺達はすぐに意気投合した。


 ときには夜通し3人で協力してゲームをプレイしたり、あいつの家に2人で押しかけて泊まり込んだり。もちろん、他のやつとも遊んだが、とりわけ、俺達は誠司とつるむことが多かった。


 そんな日々が続いた、高校2年の冬。登校してみると、露骨に生気を失った顔の誠司がいた。そして、何故だか気まずげな顔のミユも。何があったか聞こうとするも、ちょっと調子が悪いの一点ばり。いい加減、しびれを切らした俺は、空き教室に半ば強引に誠司を連れて来た。密かに後ろをつけていたミユには気づかないまま。


「それで、一体何があったんだ?相談くらいなら乗るぞ」


 いつもの元気がないこいつの事が心配だった。


「……告白、断られたんだよ」


 ぽつりとこぼす誠司。


「そ、そうか。それは、その大変だったな。すぐにどうこうは無理かもしれんが……」

「他人事だと思ってる?」


 ぞっとするような声。


「い、いや、別にそういうわけじゃ」


 唐突に雰囲気が変わった俺は困惑した。


「いいや。他人事だって顔だね」

「いや、ほんとに……」

「断ったのが美優ちゃんだって知っても?」


 誠司のその言葉は衝撃的だった。まさか、あいつが。でも、それならミユのあの様子も説明がつく。


「それは、ほんとなのか」

「冗談に見える?」

「なわけないよあ。すまん」


 告白を断ったことにほっとしているのか、親友を振ったのがミユなことに衝撃を受けているのか。


「うかつに触れていい話題じゃなかった。すまん」

「なんでこんな男に……」


 つぶやいた声は小さく、聞き取れなかった。


「すぐに立ち直るのは無理だろうけどさ……」


 なんとか慰めようと言葉を紡ごうとしたのだが。


「もう、振られてせいせいするよ、あんな女」

「お、おい、落ち着け」

「だいたい、僕に気に持たせるような素振りをしてさ。泊まりに来といて、お友達でしたとかとんだ女だ。だいたいさ……」


 誠司の声から紡がれるのは、ミユへの罵詈雑言の嵐。いくら何でも限度がある。


「ちょっといい加減にしろ。気を持たせるとか、泊まりに、とか本気で言ってるのか?」

「……あ、ご、ごめ」


 ごとん。ふと、物音に気がつくと、そこに居たのはミユ。まずい、今の聞かれてたのか。早く追いかけないと!ぶつぶつと何かを言っている誠司を取り残して、慌ててミユに追いつく。


 それからのミユは大変だった。友好的だった男子にもちょっとした事で過剰反応したり。ミユに片想いをしていた男子からの告白を手ひどく断ってしまって、自己嫌悪に陥ったり。そして、それがきっかけでその男子仲が良かった女子にも避けられるようになったり。


ーー 


「あれからは、ほんと大変だったよ」

「ほんとにごめん。それでさ」

「話だろ?ちゃんと聞くよ」

「あの時はさ。勢いだったんだよ。取り返しがつかないのはわかってるけどさ」

「話はそれだけか?」

「いや、もう一つだけあってね。美優ちゃんが告白を断った理由」

「なにかあるのか?」

「美優ちゃんはさ、君が好きだからって断ったんだ」

「……!」


 その告白に、俺は衝撃を受けていた。妙にミユが気まずげだったのは、そのこともあったのか。


「もちろん、だから何だって話でさ。あれは、単に友達だと思ってた君に美優ちゃんを盗られたやつあたりだったんだよ」

「そうか」


 だからって同情できるわけじゃないけど、あの時のイライラとした表情と物言いは少しだけ理解できた気がする。


「もう関係は戻らないってわかってるけど。一つだけ伝えておいて欲しいんだ」

「何でも伝えとくよ」

「美優ちゃんには、ひどいことを言っちゃったけど、好きだった気持ちは本心だって」

「わかった」

「言いたかったのはこれだけ。じゃあね」


 ツーツー。向こうから通話を打ち切られたらしい。


 今更どうにもならないことはわかってるけど、あいつにも色々思うところがあったらしい。


(ミユにも、伝えないとな。俺の返事も)


 そう心に誓ったのだった。

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