第53話 俺と幼馴染がバイトすることになった件について

 8月14日の金曜日の夜。高校生の頃なら、「ああ、もう夏休みも、もう半分もない。残り少ないな」と嘆いていたところだが、筑派大学つくはだいがく生となった今は違う。なんといっても、夏休みはまだ1ヶ月半も残っている。


 そんな、まだまだ暑い盛りの夜、俺とミユはパソコンの画面を一緒に見ていた。先日約束したバイトの件(44話参照)で話し合うためだ。


「居酒屋かー。楽しそうなんだけど、深夜に入るのはちょっと……」

「俺もちょっと深夜はな……」


 筑派大学の付近は学生たちが集うため、居酒屋も少なくない。今見ているのはそのうちの一つだが、二人そろって深夜にシフトが入ることに難色を示していた。


「居酒屋はとりあえずパスにするか。それに、大変そうだし」

「私はそういうのも楽しいと思うけど。でも、酔ったお客さんの相手とか大変かも」

「だよなあ」


 実際に居酒屋で働いている人にしてみれば、また別の見方もあるのだろうけど。その他にも色々求人を見てみるが―


「意外と遠いところが多いんだね……」


 ミユがため息をもらす。そう。学生が集まるはずだから、バイトの募集なんていっぱいあるはず。そう思っていたのだが、そこは田舎ゆえか、どう見ても車前提としか思えない距離のバイトが多いのだ。片道5kmは当たり前、下手すると片道10kmのところなんてのもある。


 しかも、ここ、つくなみ市は車じゃなければバスで移動するしかなくて、最終バスも22:00と割と早い。バイトが夜遅くなれば、片道10kmを歩いて帰るなんて羽目になるかもしれない。


 というわけで、俺達が通いやすい、1km圏内くらいのところを探してみるが、案外と少ない。俺も行ったことのある飲食店や居酒屋、スーパーの求人などはあるが、「一緒に働く」という点ではどれも微妙だ。


「ね。この、λ□株式会社ってなんだろ?」

「これ、文字化けじゃないのか」


 確かに、λ□としか読めないが、文字化けにしか見えない。


「ううん。ちゃんとした会社みたい。ラムダキューブって読むんだって」

「ああ、なるほど。λはラムダ、□は四角だからキューブか」


 トップページには、頂点が


 λ→、λP、λPω_、λω_、λ2、λP2、λPω、λω


となっていて、それぞれの頂点が→でつながれた謎の立方体が書いてあるが、意味不明だ。


「なんだかプログラムを開発してるところみたい。理系大学生歓迎、だって」

「その条件はいいんだが、名前とか色々怪しくないか?」


 このヘンテコな図といい、会社名といい、何か危ない匂いがぷんぷんする。


「調べてみたんだけど、「型理論かたりろん」って分野の用語なんだって」

「ふーん。研究者の人がやってる会社なのかな」


 その分野が何か知らないけど、専門用語を使った名前を会社につけるなんて、いかにも研究者の人がしそうなことに思える。まあ、


「別に怪しい言葉じゃないみたいだし、とりあえず面接だけ受けてみるか」

「じゃ、ぱぱっと応募しちゃおう」


 幸い、メールで名前と簡単な履歴書(電子データ)、プログラム経験を送るだけで良いらしく、10分くらいで作業は終わってしまった。


「しかし、絶対変わった人がやってるぞ、これ」

「俊さんみたいな?」

「どっちかというと、金城きんじょう先生みたいなのじゃないか」


 先日計算機学部棟でも会ったアフロの金城教授を思い出す。確か、専門はOSオペレーティングシステムとか書いてあったな。FPSの素材を集めているといった俺達を、咎めるでもスルーするでもなく、完成が楽しみだとか言っていた人だ。


「金城先生は、OSの世界的権威なんだって」

「まあ、見た目が変わってるのと凄いのは別だしな……」


 不安半分で面接の日を待ったのだった。


◇◆◇◆


 そして、面接当日。大学から徒歩で15分くらいのところにある、芝崎しばさきのとある一角を訪れていた。一軒家の住宅を改装してオフィスぽくしたような、そんな印象が残る建物だ。


 入り口のインターフォンを押すと、中から人が出てきた。


「ああ。君たちが、ウチに応募して来た二人だね」


 応対に出たのは、30代前半だろうか、まだ若々しい痩せた男性だった。服装も清潔にしていて、想像していたようななんだかマッドな感じの人ではないようだ。


 応接室でお茶を出された俺達は、少し恐縮しながら口をつける。バイトの面接に来ただけだというのに、こんな広い、8畳はあろうかという応接間に通されるとは予想外だ。


「さて、紹介が遅くなってすまない。僕は、山崎勉やまざきつとむ。このλ□株式会社でのCTOだ」

「CTOって、どういう意味なんですか?」

「ああ。君たちだとまだ耳慣れないかもね。最高技術責任者って意味でね。僕は、あんまりこういう無意味な横文字は好きじゃないんだけど、この業界だとプログラマーのトップにCTOって肩書をつけるのが流行っててね」

「なるほど。凄いんですね」

「いやいや、うちなんか、社員20名足らずだからね。零細もいいところだよ」


 そういう山崎さんの言葉は謙遜でもなく、本心からそう思っているらしい。確かに、オフィスもこじんまりとしているしな。


「それで、朝倉あさくらさんと高遠たかとお君。バイト志望ということだけど、どうしてここに?」

「実は、私達、バイトを探していたんですけど、ここだと遠くのことが多くて、それで、近場でいいところが無いかなって思っていたんですけど……」

「なるほど。それでここが目に止まったと」

「はい」


 少し考え込む様子の山崎さん。


「それじゃ、いきなりだけど、面接をさせてもらってもいいかな?といっても、コーディング面接だけど」

「コーディング面接、ですか?」


 初めて聞いた言葉だ。


「読んで字のまま。僕が出した問題に君たちそれぞれが回答をプログラムで書いてもらうって方式さ。あ、プログラムはそこのホワイトボードに書いてね」


 俺たちの座っている後ろにあるホワイトボードを指差される。これに、プログラムを書くのか。でも、


「いきなりホワイトボードにプログラム書くとか、ミスしそうなんですけど……」

「その点は心配無用。あくまでプログラムの考え方があっているか見るだけだから」

「なるほど。考え方があっていれば、書き損じタイポは気にしないんですね」

「ああ。実際にプログラム書いてもらう時にはタイポなんて普通だからね」


 抜き打ちテストみたいで、どんな問題が出てくるのか気になるが、やるしかないか。そう思っていると、


「あの、質問してもよろしいでしょうか」

「朝倉さんか、どうぞ」」

「プログラミング言語は何でもいいんでしょうか?」

「そういうことか。もちろん、何でも」

「なら良かったです」


 ほっとした様子のミユ。まあ、こいつが最近使っている言語は知ってない人も多いだろうしなあ。


「よし。じゃあ、早速だけど、まずは高遠君からいいかな」


 あ、と思いだしたように、


「悪いけど、朝倉さんはちょっと外で待ってもらえるかい」

「は、はい」


 もし、ミユに見られていたらと思うと緊張していただろうから、助かった。

 

 それから、山崎さんによるコーディング面接が始まる。大学に始まる前に聞いたことのある有名なFizzBuzzふぃずばず問題から始まって、パズル的な質問をいくつか。最後に、ショッピングサイトの設計についてだ。最後だけは、まだ作ったことの無いものだけに、うまく答えられなかったものが多かった。


「これで、問題は終了だよ。お疲れ様。疲れただろう?」


 そう労ってくれる山崎さん。


「はい。さすがに緊張しました……」


 誰かの前でコードを書いて説明するのがこんなに緊張するとは。


「まあ、誰でも最初はそんなものだよ。じゃあ、朝倉さんを呼んでくれるかい?」

「はい。ありがとうございました」


 何はともあれやりきったので、外で待っているミユに声をかける。


「あ、リュウ君、どうだった?」

「めっちゃ緊張したよ。まあまあ、だと思う。で、ミユを呼んで来てだってさ」

「わかった。じゃ、行ってくるね」


 外のソファーに深く腰掛けて息を吐く。これだけ集中したのは大学の入試以来じゃないだろうか。たかがバイトの面接と甘く見ていたけど、山崎さんは俺が書いたコードにがんがん鋭い質問をぶつけてくるものだから、ヒヤヒヤした。


(まあ、ミユなら平気だろ……)


 そう思って、ぼーっとしていると、10分程して、ミユが山崎さんと共に出てきた。


「じゃあ、二人とも、採用ね」

「「え!?」」


 あまりにもあっけらかんとした物言いに、ハモってしまう。


「い、いいんですか。そんなにあっさり」

「面接自体、プログラム経験に嘘がないか確かめるのが目的だったしね」

 

 それに、と続けて。


「大学1年とは思えない程のプログラム力だ。これは採用しないわけにはいかない」

「ミ……朝倉はわかりますが、俺まで?」


 正直、俺までそんなに評価されているのが信じられなかった。


「さすがに朝倉さんは別格だったけど、君もかなり出来るよ。自信を持っていい」

「そうだよ、リュ……高遠君」


 現役でプログラムで飯を食っている人にそう言われたのだから誇っていいのだろう。しかし、


「やっぱり、朝倉は別格ですか」

「天才、なんて陳腐な言葉を使いたくはないけど、発想力が飛び抜けているよ」

「だってさ、ミ……朝倉」

「天才とか、過大評価ですよ」


 そう言うミユだったが、さすがにそれだけ評価されたのは嬉しかったらしい。


「とりあえず、二人とも、お疲れ様。会社に来てもらうのは来週からでいいから」


 そう言って、バイトを始めるにあたって必要な記入用紙を渡される。


「あ、そうそう。こういうのは野暮なんだけどね……」

「はい?」

「君たち、友人同士なんでしょ?普段通りの呼び方でいいからね」


 そう言われた俺達はバツが悪くなる。考えてみれば、二人揃ってバイトの面接に来たことや、俺達の話し方から親しい仲であることは誰でもわかるだろう。


「じゃ、そうさせてもらいます。ミユ、帰るか」

「うん、リュウ君」


 そうして帰る俺達の後ろから、


「リュウ君に、ミユ、か。若いっていいねえ」


 そんな声が聞こえたが、ひょっとして付き合っていることもバレただろうか。それからは、どこかお互い気まずくて無言のまま、俺の家に帰ったのだった。


「お邪魔しまーす、じゃなかった、ただいま」

「おかえり」


 そんな言葉とともに。

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