第52話 俺と幼馴染が地下道に潜ることになった件について

「これから、共同溝に潜りに行くんだが、どうだ?」


 Byte編集部でのんべんだらりとしているところに、しゅんさんからのお声がかかった。都と付き合ってから服をちゃんとするようになるかと思えば、俺達の前ではいつものよれよれファッションだ。


「前に言ってた、あの地下通路ですね」


 筑派大学つくはだいがく近辺には、共同溝と呼ばれる巨大な地下道があって、大学全体に張り巡らされているらしい。というのを以前、彼から聞いた覚えがあった。


「行きたい、行きたいです!」


 真っ先に反応したのはとなりのミユ。こういう話になると真っ先に反応するのだ。


「じゃあ、俺も行きます」


 正直、この暑い中……という気持ちもあるが、ミユに置いてかれてぽつんと一人きりというのもな。


「よし、じゃあ君らにはこれを進呈しよう」


 と俊さんは、俺達に頭に装着するタイプの懐中電灯を手渡す。


「なんか、洞窟探検みたいですね」


 こういう小道具があると、少しワクワクしてくる。


「普通の懐中電灯もいいがな。手が塞がると危ない事もあるからな」

「あ、危ないって、何か危険なものでも?」

「なにせ真っ暗だからな。うっかりと壁にごつんというのもあり得る」

「なるほど」


 確かに、懐中電灯を持ちながらだと、障害物があっても気づかないかもしれない。


 というわけで、準備をして、早速共同溝の入り口……と思われる蓋の所まで来た俺たち。


「なんか、ちょっと変わったマンホールにしか見えませんね」

「まあ、用途的には似たようなものだからな。まず、俺が潜るから、二人はゆっくり降りてきれくれ。くれぐれも気をつけてな」

「「はい」」


 俊さんが、ごごご、と蓋を横に引きずると、底の見えない暗闇が見えていた。こんな光景を目にするのは初めてで、少し怖い。と思ったら、横から服をぎゅっと握る感触が。その先を見ると、なんだか硬い表情のミユが居た。


「ミユ、ひょっとして怖いのか?凄い乗り気だったのに」

「だって、本当に真っ暗なんだもん……」

「でも、蛍見に行った時だって似たようなもんだろ」

「あの時はもっと光があったもん」


 まあ、俺も少し怖いと思ったくらいなので人のことは言えないが、怖がる彼女にこうされるというのは憧れのシチュエーションだったので、少し嬉しい。


「相変わらず仲が良いな」


 なんて事を言われるが、


「今は俊さんも彼女持ちですよね」


 と言い返してみたら、


「言われてみればそうだな。今でもちょっと信じられんよ」


 なんて肩をすくめる始末。何か、色々思う所があるのだろうか。


「よし、これから降りるぞ。着いたら合図をするから、順番に降りてきてくれ」

「了解です」

「了解だよ」


 というわけで、まずは慣れている俊さんが先に降りていく。コン、コン、と梯子を使って地下に降りていく様子は、昔テレビで見た探検物のワンシーンのようでもある。RPGで地下道に潜るシーンのようでもあり、どこか、違う世界に来たような気分になっていた。


「着いたぞー」


 底に着いたらしい、俊さんがライトを点滅させて合図を送る。


「よし。じゃあ、ミユが次行ってくれ。ちゃんと見ててやるから」

「うん。お願いね」


 まだ少し不安そうにしながら、一歩一歩、梯子を降りていく。手慣れている俊さんよりも、かなりゆっくりペースで、降りるのに数分かかっていた。


「リュウ君ー。着いたよー」


 地下の奥から声がする。よし。いよいよ俺の番か。地下へ続く梯子を、一歩一歩、慎重に降りていく。カコン、カコン、という音がライトに照らされた中に響く。


 約1分程かけて、ゆっくりと共同溝に降り立った俺。懐中電灯に照らされた、ミユや俊さんの顔がぼんやりと見える。


「俊さーん」


 ふと、梯子の上を見上げて気づいた事があったので聞いてみる。場所のせいか、音が反響しているのが、また不気味さを増している。


「なんだ、高遠?」


 対する俊さんの声も反響して聞こえる。


「いや、俺達が降りてきたところの蓋、どうするんです?」

「ああ、その辺はカズが閉じてくれるから心配ない」


 同じ部員のカズさんこと山田和人やまだかずとさんの名前を挙げる俊さん。なるほど、それなら大丈夫か。


 というわけで、地下道(共同溝)の探検を始める俺たち。といっても、中は全くわからないので、俊さんの後を着いていくだけだ。


「なんだか、探検!て感じでドキドキするね!」

「さっきまで怖がってたくせに」

「もう慣れたの!」


 なんて言い合っているが、俺も、地下道の探検という非日常的なシチュエーションに、心躍るものがあるのが正直なところだ。


「そういえば、共同溝ってそもそも何なんですか?」


 まさか、道楽のために作ったわけじゃあるまいし。


「ガス、水、電気とかを送るための通路だな。パイプや電線があるだろ?」

「このパイプ何だろうって思ってましたけど、そういうものなんですね」

「もっと、変なものだったら面白かったのに」


 ミユの台詞に半分共感してしまう辺り、俺もテンションが上がっているのかもしれない。


 しばらく歩いていると、急に通路が狭くなる。


「頭打たないように気をつけろよ」

「はーい」


 円形の通路が急に細くなったので、すこしかがみながら移動する必要がある。


「なんだか、匍匐全身ほふくぜんしんとかしたくならない?」

「ゲームじゃないんだから」


 とはいえ、ここに敵が居て……と想像すると、そんな遊びもしたくなってくるかもしれない。


「でも、ほんと、真っ暗ですね」

「まあ、点検以外だと入らないからな」

「なるほど」


 人のための通路でなければ、道理か。


「ねね。ネズミとかとエンカウントしないかな?」

「ああ。地下ダンジョンだとありがちだよな」


 ゲームにもよるが、地下水道とか地下ダンジョンに鼠系モンスターが出現するのはよくある。


「実際にいるぞ、ほら」


 通路の隅を俊さんが指し示す。そこには、どっぷり太った、やや大きな鼠がいた。


「ひゃっ」

「お、おおう」


 不意をつかれた俺たちはびっくり。そして、また、服の裾をつかんでくるミユ。


「お前、お化け屋敷とか平気なのに、こういうのは怖いのな」

「別に鼠が怖いわけじゃなくて、いきなり出てきたのにびっくりしただけ!」


 と、またそんなやり取りをしている俺たちを見て、俊さんは、


「都も連れてきたら面白かったかもな」


 などと宣っていた。


「都だったら、凄いびっくりしたと思いますよ。なあ」

「うん。都ちゃん、暗いのとか狭いの苦手だし」

「そうか。それは残念だな」


 真剣に残念そうな俊さん。都を連れて潜るつもりだったのだろうか。


「そういえば、下水道はないんですね」

「実はあるんだが、外からはわからないな」

「そうなんですか?」

「こんなところをちょろちょろ下水が流れてたら、衛生上問題があるだろう?」

「言われてみればそうですね」


 ガスを通すパイプや電気を通す線があるところに、水がちょろちょろ流れてるのもどうかと思うし。

  

「RPGのし過ぎだよ」

「ミユだって人の事は言えないだろ」

「だって、地下通路なんて初めてだもん。わくわくしちゃうよ」

「それは俺も同感だけどさ」


 観光のために作られたわけでもない、地下通路をこうやって探検するのは、俺にとっても初めての出来事だ。おまけに、丁寧に案内してくれる作業員さんも居ないとなると、俄然冒険心がかきたてられる。


「そういえば、俊さんはなんで共同溝に潜るようになったんですか?」


 下手をすれば、というか、下手をしなくても、こんなところ潜る事がないまま卒業しても不思議じゃなさそうなのに。


「なんでか……うーむ」


 考え込むような声色の俊さん。何か思い出でもあるんだろうか。


「大した話じゃないんだがな。うちの都市伝説って知ってるか?」

「ああ、なんか、色々ありますよね」

「屋上を見る女生徒とか」


 大学というのがそうなのか、筑派大学うちが多いのかわからないけど、とにかく、ここ、さらにいえばつくなみ市には都市伝説が多い。やれ、ロボットが発進する基地だの、生物実験をしているだの。


「その中の一つに、共同溝に潜ったら除籍じょせきというのがあってな」

「除籍、ですか?退学じゃなくて?」

「退学と違って、除籍は入学した事まで取り消されるのが違いだな」

「より重い処分ってことですね。それで?」

「で、除籍になるとまで言われるわけだ。潜ってみたくならないか?」


 ニヤリとした表情で振り向く俊さん。


「なりませんね」

「えー、なるよね」


 正反対の返事を返す俺たち。


「とまあ、それだけの話だ。まあ、許可を取れば普通に潜っていいんだがな」

「そうだったんですか?初耳です」


 なら、許可を取ればいいのに、と思ったが。


「無許可で潜る方が燃えるだろう?」

「否定できませんね」


 用紙に記入して、何時から何時まで潜るとか、誰が付き添うとかまで書くと、なんだか味気なくなりそうだ。


 そんなことを話しながら30分くらいは歩いたが、ふと思ったことがあった。


「これ。どこから地上に上がるんです?」

「何箇所か上がれる場所があるが、まあ適当だな」


 平然とした顔で話す俊さん。


「ちょっとトイレ行きたくなってきたんですけど」

「……」

「……」


 少しの間沈黙が辺りに広がる。


「仕方ない。今日は、あと数分したら上がるか」

「良かったです」


 ホッとする俺。小さい方だが、さすがに立ちションは抵抗がある。というわけで、進路を少し変えて進むと、行き止まりがあって、そこには梯子があった。


「よし、上がるぞ」


 俊さんを先頭に、来た時よりは幾分気楽に梯子を登っていく。そして、外に出るとそこは。


「あれ?ここって、体芸棟たいげいとうじゃないですか!」


 筑派大学は他の国立大学と違って、体育や芸術の学部があるのが特徴で、何故か2つ合わせて一つの棟にある。というわけで、その建物は体芸棟と呼ばれていた。

 

「こんなに長く続いてるんだね……」


 感慨深い様子のミユ。


「実は、つくなみ駅のすぐ近くまでつながってるんだがな。それはまた今度か」

「そっちも行きたいです」


 相変わらず乗り気なミユ。俺はといえば、楽しかったけど、つくなみ駅までとなるとさすがに長そうだな、なだと思っていた。って、忘れていた尿意が再びせりあがってくる。


「す、すいません。トイレ行ってきます!」

「あ、そうだったな。行ってらっしゃい」


 俊さんのその声に見送られて、俺は体芸棟のトイレに向かったのだった。

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