第42話 男同士の語らい

 8月7日の金曜日の午前中。

 明日は、しゅんさんたちと4人でプールに行くことになっている。

 部室にカタカタとキーボードを打つ音が鳴り響く。

 今は、先日取材した記事の原稿を書いている最中だ。

 

「とりあえず、今日はこれくらいにしとくか」


 キリのいい所まで書いて、一息つく。

 ちょっと集中し過ぎてしまったか、少し肩が凝る気がする。


「おお。高遠。昼飯にでも行かないか?せっかくだし、奢るぞ」


 声のした方を振り向けば、そこに居たのは俊さんだった。

 サンダルによれよれのデニム、Tシャツと相変わらずの出で立ちだ。


「奢りですか?行きます、行きます」


 バイトもしていない大学1年生の俺たちにとって、奢りというのは

 それだけで飛びつく理由になる。


「そういえば、朝倉は居ないのか?」

「ああ。なんか、散髪してくるって言ってましたよ。用事でも?」

「いや、いつも一緒に居るからな。何かあったのかと思っただけだ」

「たまにはそうじゃない時もありますって」

「それもそうだな。よし、行くか」


 ご飯を誘って来る時は、だいたい俊さんが車を出してくれる。

 そういえば、結局、運転免許はどうしたものか。

 ミユとデートに行く時とか、近くに無い外食に行きたい時は便利そうだけど。


「そういえば、夏休みですけど、俊さんはどうですか?」


 助手席で景色を眺めながら、なんとなく話を振る。


「博士後期ともなれば、講義もないから、あんまり変わらないな」

「そうなんですか?」

「強いて言うと、ゼミが無いくらいか」


 淡々として語る俊さんは、特に何の感慨もないようだった。


「講義がないってちょっと想像つきませんね」

「そうだろうな。正直、1年中が休みみたいなものだよ」

「研究をしてるんじゃないんですか?」

「後輩の指導とか論文を書いてる時はともかく。普段は遊びみたいなものだな」


 研究というと大変なイメージがあるが、俊さんにかかればそんなものなのか。


「さすが俊さん。凄いですね」

「どうだろうな。単に大学に居たかったから、博士後期に進んだようなものだしな……」


 珍しく、自嘲気味にそんなことをつぶやく俊さんは、どこか寂しそうだった。

 車に揺られること約20分。美味しいと評判のトンカツ屋さんが今日のお昼だ。


 定番らしいとんかつ定食を食べながら、話す。


「凄くサクサクしてますね。タレも絶妙ですし」

「トンカツが恋しくなったら、いつもここで食べているくらいだ」

「つくなみ歴が長いだけありますね」


 そういえば。


「明日はプールですね。ちょっと久しぶりです」

「ああ。そうだな」


 なんだか、少し苦笑気味の俊さん。


「何かありましたっけ?」

「いや、都ちゃんをどうしたものかなと、ね」

「あの。差し出がましかったらすいませんが」

「ん?」

みやこが迷惑かけてたりします?」


 都の事は応援してやりたいが、迷惑に思われているなら話は別だ。

 

「いや、そういうわけじゃないんだが……どう説明したものか」


 少しの間考える仕草をした後、


「なあ。都ちゃんは、俺のこと、どう思ってるんだろうな」

「……あくまで俺が見た限りですが。好かれてるんじゃないですか?」


 本当は落とすつもりまんまんだが、そこは伏せておく。


「だよなあ。まあ、俺も同意見だが」

「ひょっとして、異性として見られない、とか?」


 以前に聞いた、前部長との恋話を思い出す。

 その時の失恋を未だに引きずっているのだろうか。

 

「いや、さすがにそこまで枯れてはいないよ。ただ」

「ただ?」

「俺ももうおっさんだからな。少々後ろめたさはあるかな」

「おっさんって。まだそんな歳じゃないですよね」


 俺が今18で、今年19だから、俊さんは、まだ24か25辺りだろう。

 おっさんと言うには早すぎると思う。


「まあ、そこらへんはなってみないとわからないか」

「じゃあ、そこはおいといて。結局、どうするんですか?」

「正直、迷ってるな」


 意外な発言だ。断るにせよ、付き合うにせよ、意思ははっきりしているものだとばかり思っていた。


「意外ですね」

「正直、都ちゃんは俺にはもったいない程の娘だと思うよ。趣味が合って、あれだけ一途に俺を好いてくれる子が、今後の人生で現れるかどうか」

「……」


 俊さんは、本気で思い悩んでいるようで、うまい言葉をかけられる気がしない。


「俺は正直言って変人の部類だからな。付き合ってうまく行くかどうか……」

「服の事なら、この間みたいにすれば、大丈夫じゃないですか?」

「服くらいは、なんとかなるさ。問題は、相性だな」


 相性なんて、らしくも無い言葉を発する俊さん。


「そんなの、付き合ってみないとわからないと思いますよ」

「仮に付き合ったとしてだ」

「あ、はい」

「俺は、1人でも平気な、薄情な人間だからな。好意を返してあげられないかもしれない」


 真剣な言葉で語る俊さん。

 1人でも平気、というのはともかく。


「熱中症の時、真っ先にお見舞いに来てくれたじゃないですか」

「あの時は俺のせいで、という責任感もあったからな。心配ってのもあるが」

「付き合って、合わなかったらそれから考えればいいんじゃないですか?」

「とはいってもなあ」

「別に合わなかっとしても、俊さんの責任じゃないですよ」

「そうだな。らしくも無かったな。もう少し考えてみるか……」

「そうしてください。俺も偉そうな事を言えませんが」

「いや、すまんな。まさか、6年下の後輩に心配をかけるとは」


 心底情けない、という感じの表情だ。


「普段、お世話になってますし。それくらいはさせてくださいよ」

「そうだな。いや、ありがとう」


 飄々としている印象の俊さんだけど、こんなに思い悩んでいたとは。

 そんな普段と違う先輩の一面を見た一日だった。

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