第43話 俺と幼馴染がプールに行く件について(1)

 8月8日の土曜日。そろそろ日も落ちようとしているが、外は蒸し暑い。そんな中、俺達は都内のプール施設に来ていた。


「ナイトプールって初めてですけど、なんだか凄いです……」

「夜にプールって不思議な気分だよね」


 感嘆のため息をもらすみやことウキウキ気分のミユ。そして、俺達はといえば。


「……」

「これはこれで趣があるな」


 絶句している俺に、相変わらずな様子のしゅんさん。


「ね、ね。せっかくだし、ナイトプールってどうかな?」


 というミユの提案で夜にプールという事になったのだが。なんていうか、大人っぽい雰囲気だ。いかにも、デートで行きます、みたいな。少しミユを引っ張って、耳打ちする。


(なあ、こんないかにもな雰囲気のとこで大丈夫なのか)

(大丈夫だよ。それに、勝負かけるならちょうどいいと思わない?)

(でも、都、なんか緊張してるだろ)


 残る2人の様子を眺めると、俊さんは相変わらず泰然自若としている。都は少し落ち着かない様子だ。


(そのうち慣れてくるよ。大丈夫、大丈夫)


 ミユは楽観的なようだが、思い悩んでいた俊さんを思い出すと心配だ。


「それより、何か言うことはない?」


 そう言ったミユの身体をまじまじと眺める。先日選んだ、フリルのついた可愛らしいビキニだ。出るところは出ているがほっそりとした体型に、やや小柄な背丈、少し短めの髪も相まって、子どもっぽさと大人らしい色気が同居している。正直、予想以上に破壊力が高い。


「すごく、似合ってる。予想以上だ」

「ひょっとして、照れてる?」


 悪戯っぽい笑みでそんな事を言ってくるミユ。


「そ、そりゃな。というか、見ればわかるだろ」


 こいつの下着姿は何度も見たことがあるが、水着は肌の露出は同じくらいでありながら、また別の色気がある。恥ずかしいなんてものじゃない。


「ふふ。嬉しい」


 幸せそうな顔をして、腕を絡めてくる。こんなスキンシップは一度や二度じゃないのに、ドギマギしてくるのがなんだか悔しい。


 そんなやり取りをしていると、なんだか生暖かい視線が送られてきているのに気づく。


「なんだか、ちょっとドキドキしちゃいますね」

「幸せそうで何よりだ」


「……」

「……」


 二人揃って顔を見合わせる。さすがにミユも恥ずかしくなったのか、少し顔が赤い。


「じゃ、とりあえず、泳ごうか」

「そ、そうだな」


 咳払いをして、プールに繰り出す。


「あー、気持ちいい」


 ひんやりとしたプールに浸かると、格別だ。


「天国だねー」

「まだまだ暑いですからね」

「極楽、極楽」


 俊さんはプールというより、温泉にでも浸かったかのような物言いだ。で、俊さんがのんびりと寛いでいる間に、俺たちは作戦会議に入る。


(適当なところで、都と俊さんを二人きりにするって事でいいんだな?)

(都ちゃんは、それで大丈夫?)

(は、はい。後は、私でなんとかしますから)

(そういえば、水着の感想はどうだったんだ)

(その……「とても、似合っている。魅力的だよ」と)


 都が恥ずかしそうに腕を組む様は、あの人でなくてもちょっとクラっと来そうな程だ。


(おお、直球!)

(まさか、俊さんが)


 二人で顔を見合わせる。しかし、俊さんがその気なら、行けるかもしれない。


(それなら、早い内に解散した方がいいな)

(だね!)


 4人で行動した方がいいかと思ったが、そういうことなら話は別だ。


「お待たせしました」

「話は終わったか?」

「あの、それについてなんですけど。後は、自由行動でどうでしょう?」

「ん?……ああ、そういうことか。二人の邪魔をしても良くないな。行ってらっしゃい」


 俊さんは、視線を俺とミユと都の間で行ったり来たりさせていたが、なんだか納得したようにうなずく。


(ところで、都への返事なんですけど)

(ん?)

(ほら、先日の件。どうするつもりなんですか?)

(今日、告白されるかはわからないだろう?)

(もし、されたらですよ)

(……高遠も心配性だな。大丈夫、変なことにはならないよ)

(そうですか。なら、良かったです)


 晴れ晴れとした感じで言う先輩を見る限り、問題はなさそうだ。


「じゃあ、行ってきますね」


 というわけで、二人でさっさと別のプールに向かって歩いていく。


「それで、先輩と何を話してたの?」


 浮き輪でぷかぷかと浮かびながら、そんな事を聞いてくるミユ。


「ちょっと都の件でな」

「都ちゃん?」

「そう。返事どうするのか聞いてみたんだ」

「そんな事話してたんだ。それで?」

「はっきりとは言わなかったけど。大丈夫だと思う」

「そっかー。じゃあ、安心だね」


 少し遠くにいる二人を眺めながら、話し合う俺たち。


「よし。じゃあ、それっ!」


 そんな事を言いながら、水をぱしゃんとかけてくる。


「水が冷たいんだが」

「ノリが悪いよ―。そこは、「やったな、こいつぅ」とかなんとか言わないと」


 ミユに抗議されてしまう。しかし、


「何が悲しくて、そんなバカップルごっこしないと行けないんだ」

「たまには、バカップルしてみようよー」


 浮き輪に浸かったまま、抱きついてくるという高度な芸当をしてくるミユ。

 

「あー、もう。わかった。ほら」


 言いながら、水をぱしゃんとかける。


「なら、こっちも」


 いつの間にか浮き輪から降りていたミユが水をかけ返す。

 そんな風に水をかけあっていると、気分が高揚してくる。


「バカップルごっこも意外と、いい、もんだな」

「でしょ?こういうのは、ノリが、重要、なんだよ」


 ああいうことをするバカップルって一体何なんだろうと思っていたが、

 なかなかどうして馬鹿にできない。


 そうして、ひとしきりバカップルごっこを堪能した俺たちだが、

 気がつくと周りから注目を浴びている。


 考えてみると、ここはもっと大人な感じの雰囲気を楽しむ場所であって、

 こんな事をする場所ではなかったのでは?


「なあ。もうちょっと、落ち着いて楽しまないか?」

「そうだね……」


 我に返った俺達は、あわてて別のプールに退散するのだった。

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