第24話 幼馴染と海に行く件について(前編)
「週末は海に行くぞ!」
6月も半ばのある日、突如として俊さんがそう言った。他の部員はまた俊さんが妙なことを言い出した、という目で見ている。
「海ですか。でも、泳ぐにはまだ早いですよね」
「私、水着、持ってないよ」
俺達は揃って戸惑う。
「待て待て。別に泳ぐとは言ってないぞ」
「というと?」
海の近くに何かがあるのか?
「大洗海岸を見に行くんだ。あそこはいいぞ」
「大洗ですか?」
「そうだ。ボーイズ&パンツァーは見たことがあるだろ?」
「ええ」
「数年前に話題になりましたよね」
ボーイズ&パンツァーは、戦車同士の戦いが「戦車道」という武道として競技化された世界を舞台にしたストーリーだ。男子高校生たちが戦車に乗って繰り広げる戦いや男同士の友情が話題を呼んだ人気作だ。
俺たちはオープンオタなので、そういう話題作はだいたい視聴している。
「大洗海岸のある町は、ボーイズ&パンツァーの舞台でもあるんだ」
「なるほど。聖地巡礼ってやつですか」
有名なアニメの聖地を巡って、記事にしようということだろう。そう納得しかけた俺達。
「いや、聖地巡礼はどうでもいい」
「じゃあどうしてですか」
「俺が大洗海岸に行きたいからだ」
「「「はあ……」」」
大洗海岸は見たことがないが、シーズンオフに見に行く場所なんだろうか。
「海には、どうやって行くんですか?」
とミユからの疑問。
「もちろん、自転車でだ」
「自転車……ですか?」
てっきり車で行くと思っていた。自転車で行ける距離なのだろうか?」
「ちなみに、海までどれくらいですか?」
「だいたい45kmだな」
「……」
「面白そう……!」
黙り込む俺に対して、興味津々のミユ。こいつは、何かと編集部の活動には積極的だ。俺たちが持っているのはただのママチャリだが、大丈夫なんだろうか?
「大丈夫ですか?俺たちのって、ただのママチャリですし」
「これくらいの距離なら大丈夫だ。パンクした時のための道具も持っていく」
「……」
「もちろん、無理に参加しなくてもいい。記事も関係ないからな」
二人で顔を見合わせる。インドアな俺は、体力が保つのか少し気がかりだ。
「ねね、自転車旅行、楽しそうじゃない!?」
ミユの方は乗り気のようだ。
「ま、まあ。楽しそうだよな」
ちょっと距離が心配だが、ミユも楽しそうだし、いいか。
「じゃ、俺達も行きます」
「じゃあ、決まりだな。週末は大洗へ出発だ!」
こうして、俊さんと俺、ミユの三人での自転車旅行が決まったのだった。
---
そうして日は流れ、週末のよく晴れた土曜日。俺たちは待ち合わせの大学中央に向かっていた。俺はジョギング用のズボンに、上はTシャツ、リュックサックの中には水とタオルが入っている。ミユも短パンにTシャツというラフな格好だ。日よけに帽子をかぶっている。
「リュウ君、楽しみだねー」
「そうだな」
ミユは楽しみで仕方がないらしく、ウキウキしているのがはっかりわかる。俺は楽しみは楽しみでも、体力が保つのかが気がかりだ。ミユは大丈夫だろうけど。
「そういえば、リュウ君、帽子は?」
「あ、忘れてた」
水分補給は考えていたけど、日差しのことはすっかり忘れてた。
「でも、なんとかなるだろ」
「大丈夫じゃないよ……」
リュックをごそごそしてタオルを取り出すと、俺の頭に巻き付けていく。そうして、即席の帽子ができた。
「これで完成。ちょっと不安だけど」
「助かる。完全に忘れてたからな」
「水分補給はきちんとね?」
「そりゃもちろん」
日差しがあまりにも強いから、即席の帽子に少し不安そうだ。
「でも、ちょっと楽しみかもな」
体力に不安があるのは事実が、こうして自転車旅というのもワクワクするかもしれない。
「お弁当も作ってきたよ」
「そんな無理しなくても」
「おにぎりに、おかずくらいだから、平気だよ」
俺の分まで準備してくれるのはありがたい。そういえば、お弁当を作ってもらうのは久しぶりかもしれない。
「ミユの弁当って、久しぶりだな」
「お昼は学食だったからね」
ミユが苦笑する。中学高校の頃は、よくミユが作ってきてくれたが、最近、昼は学食で済ますことが多くなっていた。
「楽しみにしてるな」
つい、ミユの髪を撫で撫でしてしまう。
「えへへ。でも、ただのおにぎりだからね」
少し照れたようなミユ。最近、ぐいぐい押してくるこいつだけど、撫でられて照れているようなところもいい。
そんなことを話し合っていると、後ろから人の声が。
「すまんすまん。ちょっと遅れた……って。高遠、なんだそれは?」
遅れてきた俊さんがそう言った。
「実は帽子を忘れたんですよ。それで、代わりにって……」
「なるほどな。熱中症には気をつけてくれよ」
俊さんが、珍しく、少し心配そうにそう言う。
「さて、いよいよ出発だ。長丁場だから、体力の配分に気をつけてな」
「はい……。まあ、無理はしないようにします」
「リュウ君、ほんとに無理は駄目だからね?」
そうして、俺達の大洗への自転車旅行が幕を開けたのだった。
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