第108話 よりを戻すということ
だんだん秋も深まってきた、ある日の我が家にて。
「そういえばさ、
最近、気になっていた事を
「うまくやってるっちゅうか……。まあ、元々お互い嫌いになって別れたわけやないから。でもなあ……」
どうにも少し歯切れが悪い。
「なんかあったのか?やっぱりうまく行ってないとか」
「うまく行ってないっちゅうわけやないんや。でも、あいつは寂しがりでなあ。暇があれば俺ん家に入り浸ろうとするんよ」
少し困ったように言う木橋。
「
うんうん、とうなずくミユ。
「そういえば、いつの間に名前呼びになってるんだな」
「陽向ちゃんの方から、言って来たの。相談に乗ってあげたのが良かったのかな?」
「相談?」
「それはさすがに秘密」
人差し指を唇に当てる仕草をする。ちょっと可愛い。
「そりゃそうか」
何にせよ、仲良くなるのはいいことだ。
「入り浸ったので、なんか問題があるのか?俺とミユとか、一緒の時間多いけど」
「そりゃお二人さんは実質夫婦やし、部屋は広いし、趣味も近いからなあ」
「木橋の部屋ってどんくらいの広さだったっけ?」
「俺ん家はワンルームやな。しかも、ユニットバス」
ワンルームにユニットバスか。確かに、そういう物件は少なくない。が、
「それで、二人一緒にとなると、色々きつそうだな。キッチンもIHとかだろ?」
最初につくなみに来るときに、ワンルームの部屋を内見したことがあるが、7畳くらいの広さの部屋に、トイレ兼お風呂への扉だけがある簡素なものだった。キッチンは、IHクッキングヒーター専用という代物で、凝った料理には向いていない。
「おとんに負担かけたくないんで、選んだんやけどなあ。二人やとちときついわ」
「陽向ちゃん、よく木橋君のとこに泊まって行くもんね」
そんな事まで、もうやり取りしているのか。
「ワンルームに二人分の布団とかほんまぎりぎりやで。しかも、ほぼ毎日」
「それ、もう半同棲だな」
「そうなんよ。あいつ、いつ自分ちに帰っとるんやろ」
木橋が嘆く。しかし、それだけ狭い中に二人となると確かに多少しんどいのはわかる。俺とミユがお隣さん同士だった頃、お互いの部屋で寝泊まりする事はあったけど、それでも週1くらいだったし。
「如月がおまえにべったりとは言ってたが、マジだったんだなあ」
まさか、毎日のように寝泊まりまでとは。
「しかも、すっごい求めてくんねん。嫌やないんやけど、もうちょい頻度をな……」
「ああ、わかる、わかる。一時期のミユがなんかそんなんだった」
今でこそ落ち着いているが、割と強引に迫られて、そのままいたしてしまうこともしばしばだった。男の性で、そうされるとその気になってしまうのが悲しいところ。
「リュウ君!その事はもう終わったと思うんだけど?」
ムっとした様子でミユが言ってくる。
「いや、もちろんそうだって。ちょっと話の流れで、な」
「別にいいけど」
少し不満そうだが、納得してくれたようだった。ミユなりにあの時期はちょっとやり過ぎだったと反省しているらしい。
「で、木橋はその辺言ってみたのか?泊まりはいいけど、数日に1度くらいにして欲しいとか。迫られすぎると困るとか」
「俺も、遠恋っちゅう身勝手な理由で別れ切り出したっちゅう負い目があってなあ。どうも言いづらいんよ」
ふう、とため息をつく木橋。
「しかしまあ、聞くほど、遠恋とか無理そうだな。如月には」
「そうかな。むしろ、陽向ちゃんだと、無理やりにでも会いに行きそうだけど」
意外なことにミユが異論を挟んだ。確かに、それだけの行動力があるのなら、大阪とつくなみという距離をものともせずに、毎週のように会いに行くことすらあるかもしれない。
「
「木橋はどうしたいんだ。別にまた別れたいわけじゃないだろ?」
べったりだから困るというのであって、拒絶しているわけじゃないように見える。
「あいつは、甲斐甲斐しいとこあるしな。ご飯作ってくれたし、掃除してくれたり」
「なんつーか、愛が重いってのが近そうだな」
そうまでお世話をしたがるとなると。
「重いのはええんやけどな。せめて、もうちょい一人の時間くれたらなあ……」
俺も、多少は一人の時間だって欲しいと思うので、言いたいことはよくわかる。
「木橋君。そのこと、陽向ちゃんにはっきり言ってみたの?」
「それが言えたら苦労しとらんよ」
「陽向ちゃん、木橋君と元の関係に戻れて、嬉しくて夢中みたいなの」
「そ、そうだったんや」
そういうのは、案外、当人には気が付かないのかもしれない。
「だから、はっきり言ってあげないと、気がつかないんじゃないかな」
「それ、如月とラインでやり取りして思ったことか?」
「うん。木橋君がいいなら、と思ってたけど、どうもそうじゃないみたいだし」
「そうやな。でも、あいつを傷つけないとええんやけど」
依然として心配そうな木橋。
「大丈夫だと思うよ。陽向ちゃんも、時々、やり過ぎかなって気にしてたし」
「そっか、助かるわ。ちゃんと話してみるな」
「うんうん。そうしてあげたらいいと思う」
少し気分が晴れたようだ。その後、夕食を食べ終えた木橋を見送った俺たちはというと。
「ミユがそれだけ如月と仲良くなってるってのは予想外だったな」
まだ、そんなに日も経ってないだろうに。
「お互い、好きな人が幼馴染だからなのかな。妙に気が合うっていうか、色々盛り上がるんだよね」
少し楽しそうにそんな事を語るミユ。しかし、
「なあ、それ。俺とか木橋のこと肴にして、色々おしゃべりしてるってことか?」
「別に悪口は言ってないから、安心して?」
「それは心配してないけど、なんか思い出したくない事とか言われてそうなんだが」
「いい思い出しか話してないから大丈夫!」
笑顔でそんな事を言うが、こいつにとっていい思い出でも、俺にとっては黒歴史にしたいことはいっぱいあるんだが。
「あー、気になる……」
「言っておくけど、秘密だからね?」
「じゃあ、俺が木橋と、おまえらの事肴にしてもいいんだな?」
「え」
予想外の言葉だったのか、ミユが目をまんまるにしている。
「だって、お前だけだと不公平だろ。俺だって、色々語ってみたいぞ」
「ちょっと。恥ずかしい事は言わないでよ?」
「大丈夫。いい思い出しか話さないからな」
ミユと同じ言葉で返事をする。ちょっとした、意趣返しだ。
「私にとっては恥ずかしい事、いっぱいありそうなんだけど」
「だったら、如月と話した事、白状するか?」
「それは、恥ずかしい……。わかったけど、ほんとに、変なこと話さないでね?」
「大丈夫、大丈夫」
そんな風にして、ちょっと楽しい一時を過ごす俺たちだった。
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