第107話 らんらん再び
「ほえー。これが噂のらんらんかいなー」
「俺も話には聞いとったけど、凄い行列やな」
「俺たちも最初はびっくりしたよな」
「ほんと、ほんと」
列の後ろで、最初にらんらんに来た頃を思い出しながら、話し合う。
結局、如月は今は無職……いや、浪人としてつくなみ市に住むことになって、俺達が彼女の勉強を教えることになった。で、せっかく、ここに住むのだから、らんらんに行こう、と誘ったのだった。いつも車を出してくれる部長の
暗い夜に見えるらんらんの明かりに安心感を感じるようになった俺たちも、もう毒されて来たなと思いながら、列がはけるのを待ったのだった。
「あ、メニューはBIG丼一つだからな」
「「え?」」
店内に入る途中で注意をすると、二人がハモった。俺たちの時を思い出すなあ。
「BIG丼自体が結構でかいから、最初は小盛りがお勧め。二人は食べる方か?」
「ウチは、普通には食べるんやけど」
「俺もまあ、普通、やな」
「だったら、小盛りにしておいた方がいい」
なんだか、新入生に向けてアドバイスをしている先輩の気分だ。そんな、ちょっとした優越感に浸っていると、
「リュウ君、偉そうな事言っちゃって。自分も数ヶ月前は同じだった癖に」
「ちょっと先輩風吹かせたくなったんだよ。悪いか?」
「悪くないけどね。リュウ君の違う一面が見られたから楽しいかも」
そういうミユにはからかう色はなく、本当にただ楽しそうだった。
「中は普通やな。俺はもっと凄いの想像しとったわ」
「ウチも同じく」
「メニューが来たら驚くと思うぞ?」
「期待しとるな」
和やかムードで食事を待っていると、ふとミユが、
「如月さんと、木橋君ってどういう知り合いなの?昔馴染みって言ってたけど」
「あ、それ、俺も知りたいな」
当然のようにして、如月もこの場にくっついて来ているけど、どういう関係なのか少し知りたいとは思っていた。
「んー。別に面白い話やないんやけどな。官舎言うてわかる?」
「初耳だな。それがどうしたんだ?」
「俺と
なるほどなあ。お隣さんなら付き合いがあるのはわかるが、宿舎全員で付き合いがあるのはちょっと想像し難い。
「健一のオトンやオカンには随分お世話になったもんやなあ」
どこか懐かしそうに如月がこぼす。
「陽向んとこは共働きやったからなあ。宿舎やったら専業主婦が多いのに」
「専業主婦が多いっていうのはどういうことだ?」
「裁判官は、要は公務員で、年功序列で高給取りなんよ。まあ、めっちゃ激務やけどな。やから、一人の手取りだけで家族養えるっちゅうとこ」
「安定して高級取りってのは憧れるな」
「絶対お勧めせえへんで。朝早く仕事に出たかと思えば、帰ってくるのは24時過ぎるんもざらやし。休日も当番制で宿直があるとかでよー出て行っとったし。尊敬はするけど、絶対やりたくはないわ」
「ブラック企業やとかよー言われるけど、裁判官とか超絶ブラックやで」
どこか苦い顔をしていう木橋に加えて、追従する如月。なるほど。
「二人揃ってだから、相当なんだな。で、如月んとこが共働きなのが、どうつながるんだ?」
「説明不足やったな。共働きっちゅう事は、陽向が家に帰っても、ぽつんと一人取り残されるわけや。中学校ならまだしも、小学校の時期にそれやと大変やろ?」
「わかる、わかる。私も、お父さんたちが出かける時に留守番した時に、すっごく寂しかったもん」
「ちゅーわけで、同じ宿舎で、階も近い俺のとこが陽向を一時的に預かったりしとったんや」
「東京の都心部だと考えづらい光景だな」
「そもそも、そんな話自体耳に入ってこないよね」
地域差というか、コミュニティの差というのを感じさせられる話だ。
「そんなわけで、陽向とは兄妹ちゅーかな。そういう感じや」
そう、端的に語り終えた木橋。
「
「悔しいんなら、寂しがりを克服してからにするんやな」
「くっ……。人が気にしとるとこを……!」
そんなじゃれ合いを見て、本当に親しいんだなというのを強く実感する。
「よくわかった気がするよ。お前ら、一緒にいるのが当然だったんだな」
「うんうん。やっぱり、よりを戻して正解だったと思うな」
揃って、うなずく。
「こいつとはそんな大層な関係やないって!」
「そこで否定せんといて欲しいんやけど!」
言い合いをする様子を見て、やっぱりどこか微笑ましい気持ちになる。こういう意地の張り合いをしている関係というのを見たことがなかったからかもしれない。
そんなこんなで話が膨らみ始めた頃、BIG丼がようやく運ばれてきた。どうも様子をみると、店員さんが気まずそうで、
(話が盛り上がってうるさ過ぎた?)
(あ、そうかも)
とひそひそと話していた。ともあれ、BIG丼だ。
「はー。これで小盛りかいな。確かに、正解やったわ」
「だろ?俺も小盛りにしてるし」
「私はいっつもミニかな」
「小盛りとミニって、日本語が崩壊しそうやね」
どこかツボにはまったのか、如月がケタケタと笑っている。
「うん。美味いわ。量だけの店ってよーあるけど、そういうんとも違う」
「ウチはちょいここ通いたくなってきたわ」
BIG丼はつくなみ初心者の二人には好評だったようで、瞬く間に完食。お気に召したようで何よりだ。
らんらんを出て、さて、解散という頃。
「
と如月からの申し出。まあ、木橋の連れだし、俺たちともこれからは木橋を介せずに会うことも増えてくるだろう。ラインのIDを交換することになった。
「高遠さんたち、新婚さんなんよね」
「新婚っていうか、まだ婚約者だけどな」
「学生結婚、期待してるからね?」
「ま、まあ。在学中にはな」
実際、1年生の内に籍を入れてもいいかなと最近は思っているのだけど。
「実質、夫婦やないですか。色々お話聞かせてくださいな」
「ああ、こっちこそ」
「エッチをどうしてはるんかとか、興味あるんで」
「ぶふっ」
いきなりの下ネタに吹き出しそうになる。それは困る。色々な意味で。
「こら、陽向。そのシモネタをすぐ言う癖やめい」
木橋が如月の頭をはたいている。こういうノリを見ると、やはり二人は大阪出身なんだなという印象が強くなる。
「あ、つい。シモネタはもうちょい仲良うなってからな。堪忍な」
そして、凝りていないらしい如月。
さて。自転車で二人して家に帰った後の俺たち。
「木橋一人だけだったら、単に関西弁ってだけだったんだけど……」
「如月さんがいると、一気にノリが変わるよね」
同じ事を思っていたらしいミユ。
「ちょっと、このノリに慣れるのは時間かかりそうだ」
「でも、新しい仲間が入った!って感じで楽しくない?」
「そんなRPGみたいな……」
「でも、共同溝を四人パーティで探検とか面白いよ、きっと」
「ああ、それ楽しそうだな。今度やってみよう」
すっかり、つくなみのノリに毒された俺たちは、そんな会話を交わしていたのだった。
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