第30話 幼馴染が恋のキューピッドをする件について
7月4日の土曜日。ひょんなことから、Byte編集部部長の俊さんと、中学時代の友人である都との仲を取り持つことになった俺達は、秋葉原駅に降り立った。天気は快晴。
「あつー。ほんと、もう夏だよな」
「今日はまだ涼しい方らしいよ」
「これも、地球温暖化の影響だったりするのかねえ」
「関係ないんじゃないかな」
そんなどうでもいいことを話し合う。これで涼しい方だったら、これからどれだけ暑くなるのか、考えただけでも憂鬱だ。
「とりあえず、日陰に行こうぜ」
「うん。待ってる間に干上がっちゃいそう」
というわけで、本命である
「でさ。正直なところ、どう思う?」
「どうって?」
何を聞かれたのかわからないという顔のミユ。
「俊さんと都のこと。うまく行くか?言っちゃなんだけど、俊さんってかなり自由人だろ」
俊さんが単なる変人ではなく、情に厚い一面もあることを最近知ったが、それでも、決まりごとをあんまり重視するタイプに見えない。その一方、都は、何事も規則正しく、というタイプだ。果たしてうまく行くのかどうか。
「私の勘だけどね。服さえなんとかしてくれれば、きっと大丈夫」
「まあ、服は重要だな、うん」
俊さんには、再度、当日はまともな服装をしてくるように言ってあるが、果たして大丈夫だろうか。いつものよれよれTシャツに着古しただぼだぼデニムだと、都はドン引きしそうなんだよなあ。
待ち合わせは10時だが、念のため、俺達は30分前に電気街口にたどり着いていた。あとは、二人の到着を待つだけだ。そう思って、だらだらとしていると、ふと、肩をぽんぽんと叩かれた。
「お久しぶりです、竜二君、美優ちゃん」
振り返ると、そこに居たのは都。
「直接会うの、ほんと久しぶりだよな」
「確か、受験前のクリスマスイブだった気がします」
「あ、そうそう。ちょっと息抜きにって、イブ会やったよね」
当時のミユは例の事件のせいもあって、友達が少なくなっていたが、都を含む中学時代の友達を含めて数人で集まって、クリスマスイブを祝ったのだった。
「その。これで、どうです?」
「どうって?」
「私の服。変じゃないですか?」
自信がないのか、俺達に感想を求める都。今日の都は、白のプリーツスカートに水色のニットといった出で立ちだ。清涼感がでていて、素人目にも見事な着こなしに見える。
「大丈夫だろ。むしろ、気合入れすぎじゃないかってくらい」
「これならばっちしだよ」
「それなら良かったです」
ほっと胸をなでおろす都。まあ、別に都のことは心配していなかったからいいんだが、問題はあと1人の方だ。別に俺もおしゃれがどうこう言える程ファッションに詳しくないが、普段のあの格好で来られたら都がドン引きすることだけは間違いない。
「いやほんと、大丈夫かな」
「俊先輩を信じよう、うん」
そんなことを言っているミユも少し不安そうだ。そんなことを思っていると、ふと後ろから声が。
「お。二人とも早いな」
その声に振り向いた俺たちは、信じられないものを見た。
下はすらっとした体格をうまく見せる黒のスラックス。上は薄緑色のTシャツ。髪も綺麗にカットしてある。細身で筋肉質な体型もあって、ランナーを思わせる。
考えてみれば、俊さんは片道42km以上の距離を平然と自転車で行き来していたわけで、ちゃんとした服装をすれば、引き締まってみえるのも当然なのかもしれない。
「ええっと。俊先輩、です、よね」
問いかけるミユも少しおっかなびっくりだ。
「ああ、そうだが。何か変か?」
「いえ、変じゃなくて、むしろ、ばっちり決まっていてびっくりしています」
最低限、清潔でよれよれじゃない服装をしてくれればいいと思っていただけに、これは予想外だった。
黙っている俺達を見て何を思ったのか。
「ええと。この方が川口さん、でいいのですよね?」
「う、うん。そうだよ。川口俊さん。私達のサークルの部長」
「川口俊だ。まあ、博士課程で老人みたいなものだが、よろしく頼む」
「は、はい。私は、九条都です。その、よろしくお願いします」
ドン引きされる事態にはならなかったものの、都がぎこちなくなっているのは、人見知りのせいだろうか。
(ええと。川口さんって、聞いた感じだと、もっと服装にだらしないものだとばかり……)
(俺達もびっくりだ。予想外)
(凄く身体が引き締まっていて、かっこいいですね)
そんなことをこそこそと話し合う。どうやら、見た目の第一印象は合格どころか、かなり良いスタートのようだ。
「とりあえず、ファミレスでも行きません?暑いですし」
「賛成ー」
「ですね」
というわけで、駅近所のファミレスであるケニーズに河岸を移すことに。幸い、混んでいなかったようで、すぐに席に案内してもらうことができた。
「で、九条さんだったか?ええと……」
「いえ。年下ですし、名前の方でお願いします」
育ちのせいなのか、都は先輩後輩の序列には敏感な方だ。
「じゃあ、都さんでいいかな」
「はい。それで」
「都さんは、
面接官のような質問を始める俊さん。いきなり攻めてくるな、この人!考えてみれば、初対面の俺達を勧誘したきっかけが、ミユが講義中に超絶技巧を見せたからだったな。
「い、いえ。私なんか、ちょっと今までやってきたことを話しただけですし……」
生来の人見知りに加え、いきなり予想外の質問を食らって、完全に混乱してる都。とりあえず、助け舟を出した方が良さそうだ。
「ちょっと、耳貸して」
(俊さんは、変わった技能とか、そういうのが好きだから。そこは普通に答えれば大丈夫)
(な、なるほど)
少し、落ち着きを取り戻した彼女は、
「ほんとに大したことがないんですけど。ラズベリーパイで、気温や湿度、二酸化炭素濃度を測定して、気温が設定温度を超えたら冷房を、湿度が低いなら加湿器を自動でオンにするシステムを作っただけなんです」
と、いきなりとんでもないことを言い出した。そういえば、都のAO入試の話は聞いたことがなかったな。
ラズペリーパイというのは、市販されている、教育用の小型コンピュータで、別売りの温度計や湿度計などのセンサーと組み合わせて、IoT(Internet of Things)を実現するためなどに使われている。でも、測定するだけならともかく、他の家電と連動させるためには、少々以上技術が必要なはずなんだけど。
「ほう。それは面白いな」
俊さんの目が怪しく輝いた、気がした。
「ちなみに、プログラミング言語は何?」
「無難なんですが、
「あえて、ラズベリーパイで、PythonでなくC++にしたんだ?」
「Pythonの方が楽なんですけど、私がC++に慣れていて。ちょっと情けないんですけど」
「いやいや、その歳でC++を使いこなしているとは、素晴らしい。家電との連携は?」
「特殊なハードを使うと難しそうだったので、スマホをHTTPサーバにして、ラズベリーパイからリクエストを送って、スマホアプリから、家電を操作という感じです!」
「ほう。HTTPサーバは自作かい?」
「別にフル機能は必要ないので、サクっと作りました」
「確かに、そっちが手っ取り早いかもしれないな。センサーからの遅延はどのくらい?」
「実測した限りだと、最悪でも
「ほう。高校生が作ったとは思えないな。都さん、見どころがあるね」
「川口さんも、今の説明ですぐわかるなんて凄いです!」
特に聞き返しもなく、超高速でディープなやり取りが進んでいく姿に、俺は唖然としていた。都のやつ、中学の頃は、そんな技術オタクみたいなこと全然していなかったのに……。
(二人が合うって言った理由、わかったでしょ?)
(ああ、よくわかったよ)
二人がぺらぺらと議論を繰り広げている横で、こそこそとそんな話を始める。その後も30分ほど話を繰り広げた後。結果として。
「川口さん。いえ、川口先輩。師匠とお呼びしてもいいでしょうか?」
「俺はそこまでじゃないさ。遠慮せずに下の名前で呼んでくれ」
「では、俊先輩。よろしくお願いします!」
二人はすっかり意気投合していたのだった。その後も、電子工作の店によっては、俺にはわからない高度な議論を繰り広げていたり、パソコンパーツの店に寄っては、このグラフィックカードの性能がどうだとか(こっちは俺にもわかった)、技術オタク的な会話を繰り広げていて、あ、これ、俺達いらないのでは、と思えてくる程。
そして、秋葉原の有名な牛タンチェーン店にて、昼食をとることに。この後は、俊さんと都は別行動の予定だ。まあ、心配しなくて良さそうだけど。
「んー。ここのとろろご飯って美味しいんですよね」
牛たん定食を頬張りながら、幸せそうにしゃべる都。
「普段は来られないけど、麦飯とスープもいいよな」
「都さんはよく来るのか?」
「大学のキャンパス近くの店ですけどね。ちょっと贅沢したいときによく来ますね」
「そういえば、早穂田近くにもあったな。今度、味と量と値段を比べてみたいところだな」
牛丼企画を提案した俊さんらしいぶっ飛んだコメントにも。
「是非是非!案内しますよ!えーと、いつがいいですかね……」
前のめりで大興奮の有様。こんなにテンションが高い都は初めて見た。しかも、いつか行きましょうじゃなくて、スケジュール帳を見てるし、本気だ。
「い、いや、別に今すぐでなくていいんだが」
コメントをした俊さんも困惑する有様。
俺とミユはといえば。
(ま、まあとにかく、うまく行きそうでよかった、のか?)
(そ、そうだね。あとは、二人に任せればいいよね)
と、二人をそっとしておいてあげることに決めたのだった。
そして、昼食後。
「じゃ、私たちとは解散で。また今度ね」
ミユが解散の合図を告げる。
「はい。ありがとうございます」
「いやはや、なかなか面白い子だな。これから、化けそうだ」
俊さんの小声でのコメントが何かずれている気がするが、気にしないでおこう。
そして、解散後、ミユと二人っきりになった俺達。
「だ、だから、予想した通りになったでしょ?」
想像以上に意気投合した二人に戸惑っているミユ。
「いや、ミユだってこれは予想してなかっただろ。なんだあのやり取り。ハードが専門じゃない俺には、さっぱりついていけなかったぞ」
「だって、私は、都ちゃんが最近電子工作やっているって聞いたから、なら、合うだろうなって……」
「ほんと、都のやつに何があったんだろうな」
二人で訝しむ。電子工作の初歩の初歩なら俺にもわかるが、あの会話は明らかに手慣れてる人間のものだった。
「中学の頃、都って、あんな技術オタクな会話、ついていけてなかったよな」
「うん。それは、私も覚えてるけど……何があったんだろうね」
二人でしばし、ぼーっとする。
「二人は大丈夫そうだし、私たちもデートしよ?」
「だな。あの二人なら、放っておいても大丈夫だろうし」
実は、当初の計画では、一度解散した後、夕方に合流する予定だったが、あの様子ならそのまま放置した方がいいだろうということで、そのままにすることになった。
「で、私の服を見て、何か言うことはない?」
じーと俺の方を見てくるミユ。あ、そうか。
「いや、その、似合ってるぞ。活発な感じでイメージに合ってるっていうか」
今日のミユの服装は、下は黄色のショートパンツに、上は白のシャツ。完全に、二人のことに気を取られてて、感想を言うのを忘れてた。
「ふふ。そんな慌てなくてもいいのに」
慌てて感想を言った俺だが、くすくすと笑われてしまった。
「じゃあ、行こっ」
服が褒められてご機嫌なのか、何なのか、腕を組んで歩き出すミユ。
(ま、二人のことは心配しないでよさそうだし)
俺達は俺達のデートを楽しもう。
まず、手始めに寄ったのは、ゲームショップ。最近、何か新しいゲームが出ていないかをチェックしたかったのだ。
「あ、あつ森だ。一緒にやろうよ」
集まれ化物の森(あつ森)は、化物が跋扈する無人島を発展させていくスローライフゲームだ。腐りかけたやら熊やら、ゾンビがうじゃうじゃいる島のどこがスローライフなんだと思うが、スローライフとサバイバル要素を組み合わせたゲーム性が大受けして、カルト的な人気を誇っているシリーズだ。
「あつ森はちょっと殺伐としてないか?おれ、ミユと殺し合うの嫌だぞ」
あつ森では、ネットを通じて、他人を自分の島に招待することができるが、招待されたプレイヤーのキャラを殺害して、財産を自分のものにするといったことすら出来てしまう。
「さすがに、私もそんなことしないよー」
笑顔でミユのやつはそんなことを言うが、過去にプレイヤーキル要素ありのパーティーゲームでミユに惨殺されまくった事は忘れていない。ゲームなら、無邪気にプレイヤーキルをするのがミユなのだ。
「じゃあ、わかった。殺しはなしな。約束だぞ」
「わかったよ」
というわけで、あつ森を2個買った俺達。いや、ほんと、約束、守ってくれるよな。
ゲームを買った俺達は、次に漫画ショップへ。最近は、だいたいが電子書籍でも買えるものの、実店舗だと、陳列されている商品を一覧できるのはメリットだ。
「あ。Fisher☓Fisher。新刊、出てたんだね」
「あの作者。いつ休載してるか、全然わからないよな」
Fisher☓Fisherは、フィッシャー(漁師)になるための試験を受けるために主人公が旅立つところから始まる能力バトル漫画で、面白い事は面白いのだが、作者があまりに頻繁に休載をするため、ファンでもついていけなくなった人が続出していることで有名だ。
「最後に読んだのいつだっけ?」
「確か、5年前だったんじゃないかな」
既についていけなくなった組の俺達は、新刊をスルーする。
その後も、いくつか新刊コーナーを回ってみたものの、目新しいものは見当たらず。
「ま、電子書籍でいいか」
「後で買えるしね」
読めればいい派の俺たちは、特に紙にこだわりがないのだ。
さらに、同人ショップやフィギュアなど、普段買わないものも冷やかしで眺めたりして、気がつけば、日が沈もうとしていた。
「うーん。満喫したね。あつ森も、楽しみだなー」
「ほんと、穏当にプレイしてくれよ」
そんな事を話していて、ふと、途中解散した都と俊さんの二人組を思いだした。
「俊さんと都、うまくやってるかな?」
大丈夫だろうとは思うが、一応、結果が気になる。
「あ、都ちゃんからメッセージ来てる」
「なんて?」
「都ちゃんの大学のキャンパスを案内してあげることになったんだって。牛タン屋も行ってくるって」
一体何がどうなってそんな話になったのだろうか。
「それは良かった。他には?」
「絶対落としてみせます、だって」
「なるほどなあ。ま、なんとかなるか」
何はともあれ、今日の目的は達成できてほっと一息だ。そんなことを思っていると、ふと、横から、
「リュウ君、今日は帰りたくないな……」
その言葉に心臓がビクンと跳ねそうになる。しなだれかかって来て、声のトーンもいつもと違っていて、その、なんていうか、ずるい。
「お、おまえなあ。わかってやってるだろ」
「別に、これも本音だよ?それにリュウ君もこっちの方がドキっと来るでしょ?」
楽しそうな顔でそんなことを言われてしまう。単純なアタックだけでなく、こんな手練手管まで覚えてくるとは、ミユにはずっと勝てそうにないな。というか、ドキっとさせられてしまった時点で、こっちの負けなわけで。
「じゃ、ホテル検索してみるな」
「あ、ネットで変わったホテルを前に見つけたんだけど、ここ行かない?」
スマホを見せてくる。そこにあったのは、豪華なジャグジー付きで、内装も豪華な感じだ。
「じゃあ、そこにしようか」
そこまでどこのホテルにするかこだわりがないので、オッケーをした俺なわけだが。ミユもなんていうか、そういうことに積極的というか。いや、俺の方が草食過ぎるだけなのだろうか。
(まあいいか)
ミユの尻に敷かれるのも悪くない。そんなことを思ったのだった。
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