第29話 幼馴染たちと作戦会議をする件について

『竜二君、美優ちゃん、お久しぶりです』

「いや、ほんと久しぶりだよな」

「私は先月しゃべったけどね」


 時は7月1日。季節はもう夏真っ盛り。今夜は熱帯夜になるらしく、部屋のヘアコンはフル稼働状態だ。


 そんな日の夜、俺の部屋にはミユがノートPCを持ち込んでいて、同じくノートPCの俺ととなり合って座っているという状態だ。


『それにしても、こうして、3人でビデオ会議できるなんて、技術の進歩って凄いですね』


 そう感嘆しているのは、九条都くじょうみやこ。俺たちの中学時代の友達で、それからもちょくちょく連絡を取っていたけど、卒業した後にこうして3人でしゃべるのは初めてだ。


 都は京都の有名な公家である九条家の子孫で、世が世なら一般庶民とは交流も無かっただろうという人間だ。髪を染めるなんて言語道断という堅苦しい家で育ったせいか、黒いストレートヘアーを腰まで流すという有様。


 古めかしい髪飾りをつけているのも、なんだか由緒正しい血筋のお嬢様という印象だ。さすがに、服装まで和服とはいかないものの、白のロングスカートを基調とした、落ち着いた服装をしている。切れ長の鋭い瞳が印象的で、可愛いというより和風美人というのがしっくり来る。


 そんな都は親に相当厳しくしつけられたらしく、所作が整っている。こうしてビデオ会議をしている時も背筋をきっちり伸ばしているし、モニターに向かう姿勢も前に偏らないようにしているのが伺える。


 で、俺達がなんでこんなことをしているかというとー


「で、ミユ。作戦会議と言ってたけど、何か具体策でもあるのか?」

「んー。俊先輩がどういう人かちゃんと伝えとかないと。基本中の基本だよ」

「まあ、そこは外せないな」


 ことの発端は、先月に、彼女が居ないByte編集部の部長であるしゅんさんに、ミユのやつがお節介を焼いて都を紹介すると言ったことだ。その理由については、本人も自覚してないらしいのでおいておく。


『私も、竜二君や美優ちゃんのサークルの先輩としか聞いてませんし』

「もうちょっとちゃんと伝えとけよ」


 いくらなんでもアバウト過ぎる。


「それは今日伝えてればいいんだよ」


 とミユが反論する。あの時は、ほんとに咄嗟の思いつきだったんだな。


川口俊かわぐちしゅん先輩でしたよね。どんな方なんでしょう?」


 都とは中学の頃に結構親しくなったのだけど、彼女はどんな相手にも敬語を崩さない。以前に一線を引いているのかと思って聞いたことがあるけど、誰に対してもそうしているらしい。


「俊先輩は、一言でいうと、変人かな」


 初手からミユのやつがとんでもない事を言い出しやがる。


「ミユ。いきなりそれはないだろ。都の印象が……」

「隠してもいきなりわかるから、こういうのは最初に言っておかないと」

「まあ、それはそうだが」


 もうちょっと話の運びがあると思うんだよ。


『変わった方というのはわかりましたけど。どういう風に?』

「私達のサークルが、ええと、Byte編集部て言って、学部の広報誌を作るところなんだけど」

「はい」

「それの活動のために、深夜の牛丼屋に行って、測りで牛丼の重さを測ったんだよ。それを企画したのが俊先輩」

「ついでにいうと、牛丼ミニと牛丼、どっちがお得かってというネタ記事のためな」


 ミユの言ったことを補足する。


「深夜の牛丼屋で牛丼の重さを測る……とっても面白そうです!」


 モニターの向こうの彼女は、目をキラキラとさせて話に食いついてきた。ドン引きするかと思っていただけに、意外な反応だ。


(ちょっと意外な反応だな)

(都ちゃん、こういうネタ記事、最近よく読んでるんだよ)

(納得)


「とにかく、俊先輩は型破りな人で、いきなり私を勧誘したり、面白い店に連れて行ってくれたり。行動力の塊みたいな人だよ」

『川口さん、でしたか。なんだか、とても楽しそうですね』


 興味しんしんという様子なので、まずは第一段階クリアといったところか。


「それに、部室で突然寝っ転がってたりするんだよな」


 最初にあの風景を見たときはびびったものだった。すると、都の表情がなんだか、微妙な感じに。


(ちょっとリュウ君、そこは伏せて伏せて)

(あ、すまん)


 都は服装の清潔感には特に厳しい。ちょっとまずったか。


「ああ、ごめんごめん。俊さん、初めての人に会うときはちゃんとした服装してくるから」


 いや、正確にはそうして欲しい、という願望なんだけど。


『あ、はい。そこはお二人を信じます』


 依然として少し不安そうだったが、ここは俊さんを信じるしかないか。


『お土産は持っていた方がいいんでしょうか?』


 都は都内の国立大学理系学部に通う1年生だ。持ってくるとしても、東京土産になりそうだ。


「俊さんなら気にしないとおもうけど。心配なら、食べ物が無難かな」

『東京ばななとかでしょうか』


 確かに、東京のお土産といえばあれが定番だよな。


「いいんじゃないかな。持っていくだけで俊先輩、喜ぶよ」


 で、お土産はいいと思うけど、肝心要の俊さんの話が抜けているような。


「あと俊先輩、服装は無頓着な方だからシンプルにね。下手に凝った服だと先輩苦手そう」

「そこは同感だな」


 ちゃんと聞いたことはないけど、機能性は重視するけど装飾がついた服は好まなさそうだ。


『なるほど。今日みたいな服でいいんでしょうか?』


 自分の服を見下ろしながら聞いてくる。


「ちょっと動きにくそうだけど。いいんじゃないかな?」

「もうちょっと工夫してもいいと思うんだけどね。これでもいいかな」


 よっぽど奇抜な服を着てこない限り、あの人は驚かないだろう。


「そうそう。俊先輩、物事をはっきり言う人が好きなタイプだから、猫かぶらなくていいからね」

『別に猫なんて被ってませんよ。直接言ってしまうと、気分を害してしまうから、配慮するだけです』

「猫はおいといて。都ちゃん、言い方が遠回しになっちゃうことがあるけど、はっきり言った方がいった方がいいって事」

『私もはっきり言っているつもりなんですけど……』


 都は少し不満そうだ。遠回しな言い方に慣れると、気づかないものなのだろうか。


『それで、当日は、秋葉原駅午前10時でいいんですよね』

「とりあえず、そうしちゃったけど、都ちゃん大丈夫?」

『土日はいつも朝8時に起きていますから』


 何事にも規則正しくをモットーとする彼女らしい答えだった。


「あ、そうそう。ミユから、彼氏が欲しいって聞いてるけど、ほんとか?」

『べ、別に彼氏が欲しいっていうわけじゃないです!好きになれる人がいれば、とは思いますけど……』


 慌てて顔を赤くして、都が反論する。見ていて、ムキになっているのがまるわかりだ。


「都ちゃん、それが彼氏欲しいって言うんだよ」


 ミユはそうばっさり。何事も遠回しに言えばいいというものでもないんだよな。


『とにかく、川口さんとは会ってみますけど、まず会ってみるだけですから』


 都はあくまでも予防線を張ろうと必死だ。強調すればすれほど彼氏が欲しいことがわかるんだが。


「んー、はいはい。都ちゃんならそう言うよね。それはどっちでもいから」


 ミユはもう諦めてスルー気味だ。


『なんだか、馬鹿にされてる気がします』


 都は頬を膨らませて、不満そうだ。こういう仕草にはミユとはまた違った可愛らしさがあるな。ともあれ、素直に彼氏が欲しいと言えずに、そう遠回しな言い方をするからだろうと心の中で突っ込んだ。


「あ、そうそう。当日の段取りだけど。途中になったら、私とリュウ君は抜けるから」

『え、ええ!?』


 都の困惑した声が響き渡る。


「だって、ずっと私達が一緒だったら、俊先輩と二人で話せないでしょ」

『それは、そうですが……』

「大丈夫。俊先輩、色々知ってるから、質問続けてれば、人見知りの都ちゃんでも大丈夫」

『人見知りじゃありませんってば。ちょっと、話が下手なだけで……』


 中学の時から都を知っている俺たちからすれば、苦笑いだ。都は打ち解けた相手には本音で言い合えるけど、初対面の人だと過剰に緊張してしまうことがある。


「ミユの案には俺も賛成だな。俺達が一緒だったら、お互い、知りたいことを聞けない気がする」

『竜二君まで……。わかりました。自信はないですけど、頑張ってみます!』


 まだ見ぬ相手が気になるのか、なんだか期待している様子。これが、期待はずれにならないといいんだけど。


 その後も、秋葉原のどこを回るとか、俊さんが好みそうなスポットとか、色々話し合っていると、気がつけば24時近くになっていた。


『なんだか、あっという間ですね。こうして、3人で話すのも懐かしいです』

「それは同感。技術サマサマだよな」

「Webカメラだと、表情がはっきり見えないから、もっと高性能のがほしいけどね」


 そんなことを話し合っていると、ふと都の視線が俺の方を向いた気がする。Webカメラだから、ミユを向いているか、俺を向いているかはわからないのだけど。


『そういえば、竜二君と美優さん、お付き合い始めたんですよね。おめでとうございます』

「まだ、付き合ったばっかりだけどな。ありがとう」

『美優さん、苦労していましたから。良かったですね』

「うん。ほんと、苦労したよ。ずっと煮え切らない態度なんだもん」


 何か思い出したのか、口をとがらせてそんな文句を言ってくる。


『ですよね。美優さんからの本命チョコにも、お礼だけでしたもの』


 これって、なんだか、俺を攻撃する流れ?


「いや、ひょっとしたら本命かなって気持ちはあったけどさ。告白もされてないのに、「俺も好きだよ」とか言えないって」


 慌てて弁解する。


「じゃあリュウ君、私からの義理チョコだって思ってたの?」

「いや、だってさ。昔からもらってたから、どこまで本命かわからなかった」

「告白のメッセージカードを付けたこともあったんだけど」


 恨みのこもった視線を向けられる。


「そ、そんなのあったっけ。いや、確かに何か紙がついてるなと思ったけど、そのまま開けてなかった」

「リュウ君、それはギルティだよ」

『有罪ですね』

「わ、悪かったよ、悪かった」


 たしかに、メッセージカードを見逃したんだったら、責められても仕方がないか。


『ふふ。竜二君を虐めるのもこれくらいにしましょうか』


 楽しそうな表情でそういう都。これは、遊ばれたな。


「わかってて弄ぶのやめてくれよ」

『今は恋人同士でしょう?それくらい、いいじゃないですか』

「精神衛生上良くないから、勘弁してくれ」


 昔の自分の罪状を読み上げられるのは、正直心臓に悪い。


『まあ、それは冗談ですけど。ほんとに、想いが通じてよかったですね』

「うん、まあ、それは、ね」


 恥ずかしくなったのか、急にうつむいてしまうミユ。


「あ、そうそう。聞いてくれよ。ミユの奴、付き合い始めた途端、すっごい積極的になってさ……」


 さっきさんざん弄くられた腹いせもあって、告白してからミユがいかに大胆に迫ってきたかを都に暴露する。自爆してる気もするが、気にしない。


『美優さんがそんなに積極的になるなんて。中学の頃からすると考えられないですね』


 少し、昔を懐かしむような都。


「だろ?最近はもう毎日のようにさ……」


 やけになって、色々なことを話す。


「リュウ君、後で覚えててよ……」


 すると、都は


『なんだかんだ言って、竜二君も嬉しいんじゃないですか。ほんと、ごちそうさまです』


 と一言。


「ああ、そりゃまあ、嬉しいに決まってるけどさ……」


 そう言われると、何も言えなくなってしまう。こんなんだから、俺はまた弄くられるんだな。


 そうして、対策会議から始まった3人の話は、いつの間にか俺達の恋話になっていたのだった。しかし、都もなんていうか、気を許した相手にはこういう風になるのは、変わっていないなあ。

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