第94話 バグ慰霊祭実行委員

「さて、そろそろ時期が近づいてきたので、バグ慰霊祭の準備を始めようと思う」


 Byte編集部の編集会議にて、部長のしゅんさんが言った。


「すいません。バグ慰霊祭って一体?」


 初めて聞いた言葉だ。


高遠たかとおはこれまでプログラムでどのくらいバグを出してきた?」

「そりゃ、いっつもとしか言いようがないですが」


 プログラミングにおいて、ほぼ必ず発生すると言っていい。ほとんどバグを出さずに大きなソフトウェアを書ききることができるという人もいるが、特殊な部類だろう。


「ということは、この計算機学部では、毎日大量のバグが生産されているわけだ」

「いわれてみればそうですけど、何の関係が?」


 流れがよくわからない。


「作られたバグはどうなる?最終的には潰される運命にあるだろう」

「はあ……それで?」


「人間の都合によって生み出されて殺されたバグたちは可哀想じゃないか?」

「いえ、思いませんけど」


 バグが生きているわけでもあるまいし。


「とにかく、そういう建前で、殺されたバグを慰霊しようというのがバグ慰霊祭だ」

「また珍妙な。俊さん発案ですか?」

「計算機学部の伝統行事だ。俺が入ったころには既にあったぞ」

「マジですか……」


 また変わった風習を一つ知ってしまった。


「ま、難しいことはなくて、近くの森を借りて、プリントアウトしたプログラムを燃やしながら、「祓い給え清め給え~」と言いながら、飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎだ」

「なるほど。ようやくわかりました。お祭りしたいだけ、と」

「主催はうちなんですか?学部なんですか?」


 ミユの質問。確かに、そこは気になっていた。


「実質、うちが取り仕切ってるが、学部から予算も出る。参加者も計算機学部や他学部もOKだ。ま、計算機学部以外の奴が参加することは滅多に無いが」

「よく、そんなのに学部からお金出ますね……」


 呆れるばかりだ。


「で、バグ慰霊祭の実行委員を高遠と朝倉あさくらにやってもらいたい」

「ええ?俺たち、全然段取りとかわかりませんよ?」

「それなら、マニュアルがあるから安心だ。わからないことがあったら、俺やカズ、他の部員に聞いてもらってもいい」

「それならまあ」

「ちなみに、バグ慰霊祭では実行委員が巫女服を着て儀式を行うことになっている」

「巫女服!?」


 少しロマンをかきたてられる。


「リュウ君!?」

「いや、別にミユの巫女服姿とか想像してないぞ。いや、ほんとに」

「それ、想像してるって白状してるよね?」


 そんなやり取りに、周りの部員は爆笑。


「いいじゃねえか。高遠は神主役でもどうだ」


 カズさんが口を挟んでくる。


「神主……ですか」

「まあ、例年はないがな。せっかく男女二人なんだ。ちょうどいいだろ」

「わかりました。やりましょう!」


 ミユの巫女服を拝みたいという不純な気持ちはあるが、面白そうでもある。


「巫女服かあ……ちょっと恥ずかしいな」


 ぼそぼそと言うミユ。そんな様にちょっとときめいてしまう。


「そういえば、巫女服はどこで借りれば?レンタルですか?」


 そういうのを貸してくれるサービスがあるとは聞く。


「毎年、筑派山神社つくはさんじんじゃに借りに行ってる。1着500円だ」

「それは安いですね。もっとするのかと思ってました」

「コネがあるだけで、あっちも商売してるわけじゃないからな」

「なるほど」


 わからないところだらけだが、やれそうな気がする。


「質問質問!実行委員に部外者が居てもいいですか?」


 ミユが質問をした。部外者か……。


「ま、その辺は柔軟に。誰か候補でもいるのか?」

「せっかくだから、みやこちゃんでも呼びたいなって」

「都か……。俺も呼ぼうと思ってたし、ちょうどいいか」


 確かに、二人だけだと不安だし、都も協力してくれるとありがたいな。


「俊さんよ、都って誰だ?」


 カズさんからの質問。


「あ、それ、私も知りたいです!」

「僕も」

「俺も」


 異口同音に、都なる人物の正体を知りたがっている部員の人たち。


「あー、まあ。俺の彼女だ。まだ付き合いは浅いがな」


 少し決まりが悪そうな俊さん。


「おいおい。俊さんに彼女って」

「ちょっと信じられないですよね。あの俊さんが」

「僕もちょっとイメージが湧かないや」


 皆してわりとひどいことを言っているが、彼とて普通の男子なのだ。

 しかし、皆の俊さんへのイメージがよくわかる。


「とりあえず、実行委員引き受けますよ」

「助かる。後で手引きを渡すから参考にしてくれ」

「了解です」


 ということで、バグ慰霊祭の実行委員になった俺たち。


「リュウ君は、私の巫女服みたい?」


 編集会議終了後、恥じらいながらも、聞いてくるミユ。

 どう答えればいいんだろうか。見たいといえば見たい。

 しかし、そうなるとコスプレをしてくれと言っているようなもので。


「……見たい」


 少し考えた末、正直に答えることにした。


「ひょっとして、コスプレさせたかった?」

「いや、その……少しは、な」


 普段着もいいが、非日常的な服装を見てみたいという思いもある。


「わかった。リュウ君が喜んでくれるなら」

「それ以前に、ミユが着てくれなかったら、誰が着るんだよ?」

「リュウ君が巫女役やればいいんじゃない?」

「それはドン引きだろ……」


 さすがに御免被りたい。


「でも、巫女服、私もちょっと楽しみかも」

「なんだ、そうだったのか。なら、聞かないでもいいだろ?」

「リュウ君が見たいと思ってくれてるかは重要なの!」


 強調して言われる。


「そうか。ありがとな」


 言いながら、ミユのふわふわな髪をなでる。


「えへへ」


 嬉しそうに撫でられているミユ。こういう雰囲気はちょっと久しぶりだ。

 バグ慰霊祭は例年11月にやるらしい。

 まだ1ヶ月近く先だが、今から楽しみだ。

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