第93話 二学期編入生
今日は10月7日の水曜日。今朝の講義は、一限二限合わせて
通常の数学扱う連続的な値などに対して、連続でないもの、たとえば、論理や集合、木やグラフ(※棒グラフなどのグラフとは別のものです)を扱うらしい。
今日は初回の講義で、一限で授業の概要説明と、その導入として、「論理とは何か」が説明されていた。高校の数学で多少論理についてはやったし、一学期に別の講義をたまたま受けていたせいで、すんなりとついていけた。逆に、退屈になるくらいに。
一方、右隣のミユはというと、すぐ理解したようで、同じように退屈そうにしている。この辺りの話はプログラミングでてくるので理解しやすいということもある。というわけで、一限はあくびを噛み殺しながら聞くことになったのだった。
一限の終了直前、教室の後ろからそろりそろりと男子が入ってくるのが見える。大方、遅刻したやつだろう。大学の講義ではこういう風景は珍しくない。幸い、この講義は出席を取ってないし、そいつも大丈夫だろう。
と思っていたら、空いた席を探していた男子はミユの右に着席した。黙ってるならともかく、ミユに変なこと言わないでくれると助かるんだが。と思ってたら、あちこちをきょろきょろと見回してきた。
「あ、あのさ。講義資料ってどこにあるかわからへん?」
関西弁をしゃべったその学生は、どうも、講義資料を探していたようだ。それで、ミユに話しかけて来たようだけど。
「それなら、多めに取っちゃったので。どうぞ」
少しビクっとしたようだけど、普通の顔で講義資料のコピーを手渡すミユ。以前に比べたら凄い進歩だ。
「あー、ほんと、助かるわ―」
講義資料を渡し終えたところで、ちょうど一限の終了を告げるチャイムが鳴った。
「さっきはほんと助かったわ。俺は、
人懐っこそうな顔をした関西弁の男子は、木橋というらしい。友好的で人当たりも良さそうだ。
「私は、
少しだけ緊張しつつ、でも、笑顔で挨拶と自己紹介を返すミユの姿に少し胸が熱くなる。一学期はほんと大変だったから。しかし、
「一学期、木橋っていたか?あ、俺は
横から割って入る俺。
「あー、そういえば言っとらんかったが、俺は二学期編入生なんや」
「えー、そんな制度があるんだな。初めて知った」
「前にパンフで見た気がする」
「まー、数はメタルスライム級に少ないからな」
なんてギャグを飛ばしてくる木橋。最後のギャグはイマイチだけど、親しみがある。
「それで、高遠、やったっけ、朝倉とはどういう関係なん?」
いきなり、そんなことを聞かれて返事に困ったが、隠す必要はないか。
「あー、付き合ってるんだよ」
そう正直に述べたのだが、
「恋人じゃなくて婚約者でしょ!?」
意外にもミユがそんなことを言ってきた。
おいおい。
「おう結婚を前提のお付き合いなんや?」
楽しそうに俺たちのやり取りを見つめてくる。
「あー、ミユが勝手なこというから。まあ、そういうこと」
「私としては、堂々としててほしいんだけど」
なんてやり取りを繰り広げてたのだが、
「別に隠さんでええやん。学生結婚やってある時代なんやし」
とあまり気にした様子はなさそうだった。
それから、二限の授業が終わって、さて、昼飯を食べに行こうかと思ったのだが、
「まだ知り合い少のうで心細いんで、一緒に飯食わん?」
木橋が少し言いづらそうに頼んできた。ミユに視線を送って聞いてみる。
コクコクとうなずかれる。
「よし、じゃあ、一緒に行こうぜ、木橋」
というわけで、今日は学食に三人で行くことにした。
席をとって、木橋が学食を注文して戻るまで少し待つ。
「にしても、ミユはだいぶ平気そうだったな」
「最初、ちょっと緊張しちゃったけど」
「いや、あれくらいできれば大丈夫だって」
編集部での経験で、だいぶ抵抗感が減ったのだろうか。
「よっし、おまたせ」
と木橋が席について、三人でご飯を食べ始める。
「しかし、お二人さん、さすが婚約者やな。弁当作って来てもらってるとか」
どこか羨ましそうな目で俺たちを見てくる。
「まあそれはな。ミユが料理得意だし」
「一人分作るより二人分作る方が楽だし」
それぞれの返事。
「そういえば、木橋は関西弁だけど、関西出身?」
「ああ、大阪生まれの大阪育ち」
「へー、じゃあ、普段からボケツッコミしてるの?」
興味が湧いたミユが質問する。
「あー、まーな。ボケツッコミできんと、面白くない奴みたいなんはあるな」
少し微妙そうな表情で言う木橋。
「ひょっとして、何か嫌な思い出でもあったか?ごめ」
「いや、大したこと無いんや。ただ、妙な同調圧力強うてな」
「ひょっとして、つくなみに来たのって……」
「大阪に居るのがちょいつらなってな。進学先は関東にしたかったんや」
少し重い告白。なるほど。大阪というのは、明るくて陽気なイメージがあったけどそういう部分もあるのか。
「高遠と朝倉は?」
「俺たちは都内出身だな。こっちは、計算機関連が強いって聞いて進学した」
「ああ、そうやな。一年から計算機の事教えるって聞いとるわ」
「そうそう。簡単なのもあるが、面白い講義も多いぞ」
そんな風に何でもない会話を交わした後、
「じゃあ、またな。おふたりとも」
と手を振って去っていった。
「なんか、さっぱりした奴だったな」
「そうだね。いい人っぽい」
「あいつなら友達になれそうか?」
「うん。たぶん、大丈夫」
「そっか。だいぶ前進したな」
ほんとうに。いずれは、他の同期とも、もっと普通に話せるようになるともっといいけど、きちんとミユが変われたことを再確認しただけも良かった。
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