第112話 バグ慰霊祭の準備(2)~デートの後で~

 11月10日の土曜日。俺とミユは都内にある喫茶店の中で、スマホに表示された画面とにらめっこしていた。といっても何か深刻なことがあるわけではない。エッチな行為をするところ、つまりラブホテルの品定めをしているのだ。


 きっかけは、今日のデートの帰り際。


「久しぶりに、ラブホテル行ってみない?」


 とのミユの一言だった。もちろん、俺とミユは婚約者で、同棲もしているので、そういう事をしようと思えばわざわざラブホを利用する必要はないのだが、ラブホでというのも少し趣向が違って面白いかもしれない。


 というわけで、ラブホを選んでみようとなったわけだが、検索してみると出るわ出るわ。特に、鶯谷うぐいすだに錦糸町きんしちょう渋谷しぶやなどにはかなりたくさんあるようだ。


「ミユ的にはどういうとこがいいんだ?」


 隣に座るミユに聞いてみる。以前、都内にデートに出かけてラブホに寄った時は、2人でゆっくりできればどこでも良かったけど、せっかくわざわざラブホに行くわけで、楽しめるものがいいだろう。


「私は、ちょっと変わったの試してみたいな」

「変わったの?」

「ほら。これとか、王様が寝るベッドっぽくて面白くない?」

 

 検索して出てきたラブホの画像を見せてくるミユ。確かに、天井から、カーテンのような布が垂れ下がっていて、いかにも貴族や王様が使うベッドという風なイメージだ。


「確かに面白いけどさ。落ち着かなくないか?」


 寝心地は不明だが、どうにも見慣れない形のベッドに不安が募る。


「それじゃあ、リュウ君はどういうのがいい?」


 ミユの案を蹴ったんだから、まあそうなるか。うーん……。画像検索で出てくる画面をぱらぱらと見る。


「このメタリックでビジネスホテルっぽいのどうだ」


 画像検索で出てきた内の1つを見せる。内装が全体的に銀色ぽいメタリックなカラーな他は、普通のビジネスホテルのツインルームのようだ。


「悪くないけど、ちょっと普通過ぎないかな……」


 これもイマイチお気に召さないらしい。それじゃあ……


「あ、この木造りの家具が置いてあるところ、面白そう!」


 次にミユが見つけたのは、木造りのテーブルと椅子、扉に、和を思わせるこれまた木造りのベッドが備え付けられているラブホだった。ラブホは全体的に、派手目のものか、ビジネスホテルライクなものばっかりだと思っていたが、こんな変わり種もあるんだな。ミユも乗り気のようだし、俺もこういう味があるのは嫌いじゃない。


「よし!行ってみるか」

「うん」


 というわけで、錦糸町きんしちょうにあるそのラブホを訪れることになったのだった。


「新しくて、綺麗そうだね」

「ああ、ラブホは結構ボロっちいのもあるしな」


 しかし、ラブホのチョイスを平然としている俺達だが、付き合い始めた頃からすると随分関係が変わったなと今更ながら思う。


「うん?どうしたの?」


 反応が無いのを不思議に思ったのだろうか。ミユが尋ねてくる。


「いや、付き合い始めた時だと、ラブホに平然と入れなかったよなと」

「それはそうだよ。というか、今だってちょっと恥ずかしいよ」

「そうなのか?」


 意外だった。


「だって、家だと、雰囲気で進めていけるけど、こういうところに来るっていうのはその。最初から、エッチ、を意識しないといけないから……」


 指をもじもじとさせているミユは大変可愛らしくて、部屋に入る前に襲ってしまいたくなるくらいだったが、それはおいといて料金を先に払って部屋にはいる。さっきの、「和」な部屋は406号室らしい。


 そして、その「和」な部屋を訪れた俺たちの感想といえば。


「思ったより、凄いまったりできそうな部屋だね」

「あ、ああ。雰囲気が盛り上がるどころか、逆に落ち着きそうだ」


 そんなものだった。


「とりあえず、席座ろうぜ。せっかくだし」

「そ、そうだね」


 木造りの椅子にお互い座って向きあう。対面でにこやかな笑顔を浮かべるミユの姿を見ていると、エッチな事をするためにここに来たはずなのに、不思議と気分が落ち着いてしまって、笑いそうになる。


「ど、どうしたの?」


 何かあったのかと慌てて尋ねるミユ。


「いや、ラブホに来たはずなのに、妙に気分が落ち着いちゃったからさ」


 ここからだと、うまいことそういう流れに持っていくのが難しそうだ。


「実は私も。普通にゆっくりできそうだなって……」


 恥じらいながらそう告げるミユの頬はほんのり紅潮していて可愛らしい。


「せっかくだから、ゆっくりするか。エッチの方は気が向いたらって感じで」


 なんだか妙にまったりとした雰囲気になったので、そんなことを提案してみる。


「それいいかも。私、ちょっとお茶入れるね」


 備え付けのティーバッグとコップを使って、手早くお茶を淹れるミユ。備品見るのは初めてのはずなのに、手際がいい。


「はい、お茶」

「おお。サンキュ」


 ずずーっとお茶をすすって一息。


「あー、身体があったまるな」

「最近、だいぶ寒くなってきたよね」


 11月も中旬だ。既に冬服に衣替えしているが、今日みたいに風が強く寒い日もちょくちょくだ。


「……そういえば、バグ慰霊祭、同じ学部連中は、結局、木橋きばしだけか」


 そう。バグ慰霊祭の告知を学部のメーリングリストで流したのだが、反応は特に無かったのだ。もしかしたら、そもそも学部のメーリングリストがほとんど使われていないせいかもしれない。


「同じ学部じゃないけど、陽向ひなたちゃんとみやこちゃんもね」


 俺としては、見知らぬ学部生男子相手にどうなるか心配だっただけに、ほっと一安心だ。過保護だと言われそうだけど。


「で、金城きんじょう先生と野口のぐち先生は参加なんだよなあ」


 おそらく変人度合いでいえば、学部、いや学内でNo.1であろう野口先生に、アフロで何を考えているのかよくわからない金城先生。バグ慰霊祭にあたってコメントをもらうことになっているが、どんな事を話してくれるのやら。


「野口先生は、また変なことしゃべりそうで、心配かな」

「だな。あの人、いっつも悪戯してる印象だし」


 准教授ともあろうものがそれでいいのかと思うが、大学というのは変人でも実力さえあればいいという側面はあるらしい。


「ああ、そうだ。バーベキューの買い出し部隊どうにかしないと」

「俊さんたちに頼んじゃうっていうのはどうかな」

「それが妥当か。俺ら車ないし、野獣の森まで運ぶの大変そうだ」


 他には何かあっただろうか。プリント用紙は既に集めたし、告知はしたし、施設の予約もした。当日の挨拶はまあ適当でいいだろう。


「そういえば。ミユは結局、踊りはどうするんだ?」

「急に踊りは無理だよ。大幣おおぬさを適当に振って終わりにするつもり」


 大幣は、お祓いの時に使われる(らしい)棒のことで、これも筑派山神社から借りてきている。


「残念。ミユの踊りを見たかったのに」

「ふふっ。じゃあ、オクラホマミキサーでフォークダンスとかどう?」


 いいことを思いついたとばかりに楽しそうにいうミユ。


「それ、もうバグ慰霊祭関係ないだろ」

「祭の後に片付け時間あるよね?」

「そんなにやりたいのか」

「だって、高校の時はそんな事する行事なかったし。好きな男の子とフォークダンスって、ちょっと憧れだったんだよ?」


 照れながらそう言われると、望みを叶えてやりたいという気持ちになる。


「わかった。じゃあ、後片付けの時にやろうぜ。フォークダンス」

「やったー!」


 全身で喜びを表すミユだが、それくらいで喜んでくれるなら安いものだ。しかし、なんだか眠気が-


「ふわぁ」

「リュウ君、眠いの?」

「ああ、そろそろ時間も遅いしな」


 気がつけば、24時を回ろうとしていた。


「じゃあ、今日はこのまま寝ちゃおっか」

「だな」


 手早くお互いにシャワーを浴びて、バスローブに着替えて寝転がる。


 のだが、バスローブ一枚だけを羽織った彼女は、まだ濡れた髪やバスローブから覗く胸が扇情的で、直前まで収まっていた欲望がむくむくと出てきてしまった。


「あのさ。寝ようって言って悪いんだけどさ……」


 元々、そういう事をするためにラブホに来たのだが、寝ようとなってやっぱりしたくなったというのは少し気まずい。


「したくなっちゃった?」


 のだけど、ミユは不思議と嬉しそうだった。


「ええと。いいのか?」


 もう寝ようよ―とか言われるかと思っていた。


「乙女心がわかってないなー。最後には、やっぱり……て期待しちゃうよ」


 少し恥じらっているミユの表情をみて、俺もまだまだだな、と実感した。


「それじゃあ……」


 そうして、俺達の夜は更けていったのだった。

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