第104話 秋の一幕と色恋話

木橋きばしはさ」

「ん?」


 ラーメンをすすっていた木橋が顔を上げる。

 ここは計算機学部の食堂街の一角にあるラーメン屋。

 ラーメン専門店のようなクオリティは期待できないが、味はそこそこだ。


「いやさ。編入して半月以上経つけど、大学には慣れたか?」

「おおきに。だいぶ慣れてきたんやけど……」


 そう言って少し考え込む木橋。


「けど?」

「何につけてもデカイっちゅうか。講義の合間に自転車漕ぐとか思わんかったわ」

「あー、そこは、な。俺も最初の頃はきつかった」

「英語の講義がある時は、ギリギリだよね」


 俺とミユも同意する。


「そうそう。なんで、外国語センターってあんなに遠いん?」

「俺に聞かれてもな。理不尽なのはわかる」


 ここ、筑派大学では英語の講義が必修で、通称「筑派英検」と呼ばれる試験で規定以上の成績を納めない限り、延々再履修のはめになるらしい。幸いにして、そこまで難しくはないのだが、英語の講義が行われる外国語センターという建物が、計算機学部棟からはだいぶ離れているのだ。

 

 講義の合間の休憩時間は15分なのに、数百m以上の距離を移動しなければいけないので、基本的に自転車を漕ぐはめになる。


「大学の設計ミスったんやない?とか思えてくるわ。体育の時もまた別のとこやし」

「4年間体育が必修って時点でなんかおかしいよな。なんで計算機学部だけ?」


 筑派大学は、普通の国立大ともまた違って、体育学部という体育専門の学部がある。オリンピックのメダリストや有名サッカー選手を輩出している事でも有名で、そのせいか、体育の講義の講師も、引退したメダリストが行っていたりする。


 そして、その体育の講義は、計算機学部4年間の間必修になっている。他の学部は3年間だったり2年間だったり、あるいは1年間だったりする。


「噂だと、リュウ君みたいに運動不足の人が多いからだって聞いたことあるけど」

「ま、PCに向かってたら運動不足になるっちゅうのわかるな」

「否定できないんだけど、何も必修にしなくても、とは思うんだよな」

「でも、卓球の講義結構楽しくない?先生の教え方も上手いよ」

「楽しいんだけど、さすがに毎週になるとな」


 体育の講義は、卓球、ジョギング、サイクリング、などなど様々なものからどれか一つを履修する形になっている。俺とミユは卓球を履修しているので、毎週のように体育館の中で、同じ講義を履修した学生と一緒に卓球をしている。


「お二人さん、体育の講義も合わせとるんやね。俺も卓球にしとけば良かったわ」


 羨ましそうに、そして、どこか微笑ましそうに俺たちを眺める木橋。

 その視線に二人して少しばつが悪くなる。


「ま、まあ、付き合う前だったから、なんとなくだったけどな」

「む。私はリュウ君と一緒に居たいからだったんだけど?」


 ジト目で見られる。しまった。やぶ蛇だ。


「さすがに4月の事掘り返すのは勘弁してくれよ」

「冗談だよ、冗談」

「なんやお二人さん。付きおうたのって、大学入った後なんや」


 意外そうな顔でそんなことを言われる。


「ま、そうだな。色々あったんだよ」

「深くは聞かんけど。バラ色の大学生活っちゅう感じで羨ましいわ」

「バラ色かは知らないけど、ま、充実はしてるよ」


 これで充実してないなどと言ったらバチが当たりそうだ。


「木橋君は、高校の時とか付き合ってた人いなかったの?」


 ふと、思い出したようにミユが質問する。


「んー。1年間付き合ってた彼女が居たんやけどな。こっちに引っ越す時に、遠距離恋愛は辛いんやないって話になってな。別れたわ」


 特に何の感慨もなさそうにサバサバと話す木橋。1年間も付き合ってたというのにあっさりしているな。


「あっさりしてるね?」


 ミユも同じ事を思ったのか、そんな事をつぶやいた。


「ま、別に仲悪うなったわけやないし、今でも連絡は取り合うてるしな。話が盛り上がることもよーけあるよ」


 木橋の口から出てきたのはさらに意外な事実だった。


「別れたのに、普通に連絡は取ってるんだな。意外っつうか……」


 理由がなんであれ別れたのに気まずくならないのだろうか。そう思ってしまう。


「あー、それは私わかる気がするな。遠距離恋愛だから……っていうのはよくわからないけど、別れたからって付き合いは絶ちたくないよね」


 しみじみと同意するミユ。


「なんか、やけに実感籠もってるな」


 つい、そんなことを言ってしまったのだが。


「リュウ君に告白して振られたら、って考えてたことなんだけど。私にアプローチされる側だった事忘れてない?」


 恨みがましい視線を向けられる。


「悪かった。失言だったよ」


 そう謝るが、


「別にいいけどね。リュウ君はもうちょっと女心わかった方がいいと思うの」


 その言葉に少しグサっと来る。自分がその辺りの機微に疎い自覚はあるだけに。


「それは認めるけどさ。どう勉強すればいいんだよ、女心なんて」

「あー、わかるわかる。俺の元カノもなんちゅーか、よーわからん所で怒ったり、逆に機嫌良くなったりしたんよな。女心、ほんま難しいわ」

「だよな。ま、ミユはそういうことはあんまないけど」


 高校以前に喧嘩をしたことはあるが、理不尽な怒り方をされた覚えはない。


「私はそういうの苦にならない方なんだけど。女の子って、本音を言葉にするのが嫌な子が多いからね。本音を言わせずに察してあげるのが重要だよ。あと、図星をつくのも駄目」

「あー、言われてみれば。あいつそういうとこあったなあ……」


 どこか遠い目をしている木橋。


「なあ。その話をあえてするってことは、俺にもやれって意味だったりする?」

「私は逆に、そういう察してとかいうのが苦手な方だから。でも、他の女の子と接する時は考えてあげるといいよ?」

「肝に命じておくよ」


 そんな、何でもない世間話をした秋の一幕だった。

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