第105話 幼馴染の誕生日

「「「19歳の誕生日、おめでとう!」」」


 皆の声が響き渡る。 今日は10月20日の土曜日。そして、ミユの誕生日でもある。というわけで、新居に木橋きばしみやこを招いての誕生日パーティーとなった。


 他に、Byte編集部の部長であるしゅんさんや、部員の中でも比較的付き合いのあるカズさんも呼んでみたのだけど、都内で何やらイベントがあるらしく、参加できないとのこと。


「なんだか、ちょっと照れるね」


 隣に座るミユが少し恥ずかしそうにしている。


「あと1年で成人かと思うと、感慨深いよな」

「うんうん。お酒も飲めるようになるし」

「私達も、大人に近づいてきたって感じがしますね」


 そんな事を言い合っていると、


「そういえば。九条さん、やったか」

「はい?」

「いや、えらいべっぴんさんやなあと思ってな」


 木橋のその言葉に、都は一瞬きょとんとしたかと思うと、


「木橋さん、でしたか。お褒めの言葉、ありがとうございます」


 とにこやかに返したのだった。


「あ、木橋君。都ちゃんは彼氏持ちだからね?」

「そうやったんか。いや、別に口説くつもりやなかったんやけど」

「初対面の相手にナチュラルにそう言えるのが凄いな」


 俺なんかとてもじゃないけど、無理そうだ。


「お、このローストビーフ結構美味いな」


 誕生日パーティの料理はケータリングで注文することにした。多少お値段は張るけど、婚約もしたことだし、ちょっぴり豪勢にしたかったのだ。


 テーブルの上には、ローストビーフ、フライドポテト、パスタ、サラダなどが並ぶ。


「ケータリングでこんなの頼めるんやな」

「私が作るって言ったんだけどね」

「さすがに主賓に料理作らせるのはアレだろ」

「だったら、私に言ってもらっても良かったんですよ?」

「来てもらうのに、それはさすがに悪いって」


 そんな風にして、雑談に花を咲かせていると、ふと、都が手元で何やらガサゴソとしている。


「そういえば、これ。誕生日おめでとうございます、美優みゆうさん」


 何やら少し大きめの包みを美優に差し出している。


「ありがとー、都ちゃん。開けてみてもいい?」

「ええ、どうぞ、どうぞ」


 包みを開けると、出てきたのは、高級感あふれる入浴剤。


「なんだか、お肌がツルツルになりそうな感じ」

「私も使ってみたんですけど、美肌効果だけじゃなくて、香りもいいんですよ」

「ありがとう。今度、早速試してみるねー」


 そう言いつつ、ミユがこちらを何やら意味ありげに見つめてくる。ああ、か。


「じゃあ、俺からも。誕生日おめでとう、朝倉あさくら


 木橋が差し出したのは、洋菓子の詰め合わせ。チーズケーキやショコラなど色々なものが入っている。


「うわあ、美味しそう。でも、木橋君がこれっていうのは意外」

「元カノが好きやったブランドでな。味は確かやから」

「後で、食べさせてもらうね」

「にしても、木橋はさすが、手慣れてるな」

「毎年のようにお祝いしとったからね」


 あれ?


「木橋が付き合ってたのって1年くらいって言ってなかったっけ」

陽向ひなたとは昔からの付き合いでな。付き合う前から、毎年お祝いしとったんよ」

「陽向っていうのが、彼女さんのお名前?」

「なんちゅーか、寂しがりな奴でな。いっつも、俺にくっついて来てたんよな」

 

 なんだか懐かしそうに語る木橋。


「ひょっとして……陽向さんという方は、木橋さんの幼馴染だったりします?」


 その言葉に興味を持ったらしい都の質問。


「そう言われればそうやね。俺の住んでた地域は皆ご近所さんで、特別、陽向だけが幼馴染って感じやないけど」

「つーと?」

「同じ小学校の奴は、だいたい同じ中学校、高校に進学するんよ。やから、外から来る奴もおるけど、知り合い率高いっちゅうのかな」

「なんだか、そういうのは少し憧れるな」

「いやいや。ええとこもあるんやけど、誰々がくっついた離れたとか、皆凄い食いつくし、噂もすぐ伝わるんで良し悪しやで」


 そう苦笑いする木橋。そういえば、こいつは地元の風潮を微妙に感じてこっちに来たのだったか。


「すまん、ちょっと無神経だった」

「別に気にしとらんよ。で、俺の話はええんよ、俺の話は。それより、朝倉たちの話聞きたいわ」

「私たち?」

「そっちもご近所さんで育ったんやろ?なんか面白エピソードとかないんか?」

「面白エピソード、ねえ」


 色々想い出はあるけど、特別語って聞かせる程のもの、というとどうだろうか。


「それなら、FreeBSDフリービーエスディーの話とかかな」※第60話参照

「ちょ、あれは俺的には黒歴史なんだが」

「お、なんだなんだ。面白そうな話やん」

「私も、興味あります」

「ほら、食いついて来た」

「わたし的にはいい思い出なんだけどなー」


 そう言って、幼稚園の時のエピソードを語って聞かせるミユ。そして、聞き終えた一同はというと。


「なんちゅーか、甘酸っぱい想い出やなー。羨ましいわ」

「とってもロマンチックですね」


 なんだか生暖かい視線で見つめられてしまう。


「居心地が悪いんだが」

「なんで?私の原点なんだけど」

「単なるシェルスクリプトをプログラムといってどや顔してたのは、死にたくなるぞ?」

「幼稚園児だったら、そんなものだと思うよ。気にしすぎ」


 理屈ではそうだけど、色々割り切れないのだ。


「しかし、それやったら、他にも色々ありそうやな。思い出話、聞かせてーな」

「私も、二人と出会う前の話はあんまり知らないんですよね。是非是非」

「うーん、それじゃあね……」


 とノリノリで、俺との思い出話を話し出すミユ。頼むから、あんまり恥ずかしい話は語ってくれるなよ。


 その願いも虚しく、俺にとっては凄いこっ恥ずかしい思い出話を色々語られてしまって、木橋にも都にもからかわれる始末。


◇◇◇◇


「今日はありがとうございました。また今度」

「また来週な」


 それぞれ、挨拶を残して帰っていく。ぽつんと残される俺たち二人。そういえば。


「俺からの誕生日プレゼント、渡し忘れてた」

「いつ渡してくれるのかなーって思ってたんだけど」

「悪い悪い」


 用意していたプレゼントを渡す。


「19歳の誕生日おめでとう、ミユ」

「うん、ありがとう。開けてもいい?」

「そりゃ当然」


 ミユが包みを開けて出てきたのは、マグカップ。そして、プロポーズをした時に撮影した大学会館での記念写真がプリントアウトされている。


「……これ、すっごく恥ずかしいんだけど?」


 俺を見つめるミユの顔が少し紅潮している。


「俺もそう思ったけどな。でも、せっかく、今年は婚約したわけだし」


 もうちょっといい案がなかったのかと我ながら思う。


「色々考えてくれてありがとう。大切に使うね」

「いや、台所の食器棚にしまっといてくれ」

「なんで?」

「毎日のように、これ見るかと思うと、ちょっと色々駄目な気がしてきた」

「それじゃあ、やっぱり使うね♪」


 少し小悪魔めいた笑みを浮かべるミユ。


「いや、止めてくれ」

「駄目。使う」

「いや、ほんとお願いだから」


 なんて、どうでもいいじゃれあいをしばらく続けたのだった。

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