第122話 クリスマス・イヴの予定

■12月17日(月)


「眠い……」


 めっきり寒くなってきた今日この頃。

 俺たちは、朝の講義を受けていた。


 しかし、空調の入った部屋で講義を受けていると、頭がぼーっとしてくる。


「このように、論理と型システム、証明とプログラムの間には、直接的な対応関係があります。これを、カリー=ハワード同型対応と言います。このため、命題を型として書き下す事も可能ですし、証明を副作用の無いプログラムとして記述することも可能です。……」


 今、受けている講義は、「形式論理と型システム」というものだ。プログラミング言語の「型」と、「論理」の関係について学ぶというもので、大変興味深い……のだけど、眠い。


 教員が悪いわけではない。朝の寒い外から、急に暖かい教室に入ると眠くなるのは仕方がないのだ。


「リュウ君、眠そうだけど、大丈夫?」


 隣のミユが、つんつん、と俺の頬をつついてくる。

 

「大丈夫じゃない。寝落ちしそう……」


 やる気は眠気には勝てないのだということを思い知る。


「頼む、後でノート写させてくれ」


 眠気が限界に来た俺は、そう懇願する。


「でも……。私は、そこまで得意じゃないし」

「いやいや、大丈夫だろ。お前なら」

「二年の講義だから、私もそこまで楽勝じゃないよ」


 渋い顔をされてしまう。

 そうなのだ。二年生が履修する講義を今、俺達は受けている。

 理由は、プログラムに関係するということで、面白そうだったから。

 しかし、内容は数学チック、特に証明に関するものが多くて、簡単ではない。


「しゃあないなあ。俺が後で教えたるよ」


 左隣に居た木橋きばしが仕方ないなという目で見てくる。


「お前、数学苦手とか言ってた割に、こういうのは得意なんだな」

「腐っても、プログラミング言語作者やからな」

「納得。後は、頼んだ……」


 こうして、俺は眠気に負けて、意識を手放したのだった。


◇◇◇◇


「こういうところ、可愛いんだよね。リュウ君」


 何やら、近くから話し声が聞こえてくる。


「もうすっかり夫婦やなあ、美優みゆうも」

「やな。隣に居るのが板について来とる」

「も、もう。そういうのやめてってば」

「もういい加減慣れなあかんよ。来月入籍するんやから」

「でもー」


 だんだん、意識が覚醒してくる。

 どうも、講義は終わっていたらしい。


「よ。お目覚めか?高遠たかとお

「あ、悪い。結局、最後まで寝ちゃってたな」


 周りを見渡すと、ミユと木橋に加えて、陽向ひなたが来ていた。


「陽向は、また木橋のお迎えか?相変わらず仲いいな」

「あんたらにはちょい負けるけどな」

「もうちょい、一人の時間くれたらなあ……」

「それは、もう決着ついたやろ?」


 気がつくと言い合いをしているが、大抵は木橋が折れて終わる。


「なんか、カカア天下って奴だな」

「お前、よりにもよって、なんちゅうたとえを……」

竜二りゅうじ。私ら、夫婦っぽい?」


 渋い顔をする木橋に、頬を手に当てて嬉し恥ずかしな陽向。


「下手したら、俺たちより年季あるんじゃないか?」


 普段、言い合いは滅多にしない俺とミユ。それはそれで仲がいい証拠だと思っているけど、よく言い合いをしてるのに、仲が壊れない二人も仲がいいなと思う。


「竜二はよーわかっとるやないの。私らも、学生結婚とか、どや?」

「どや?やない。まずは受験やろ。陽向は」

「大丈夫やって。ちゃんと勉強は真面目にしとるし」

「ほんとやろな?」

「ほんとやって」


 賑やかな二人を見て、俺達は二人で微笑みあっていた。


◇◇◇◇


「もうすぐ、クリスマス・イヴだよな。今年はどうする?」


 お昼ご飯を4人でつつきながら、年末らしい話題を話し合う。


「やっぱりデートしたいけど……」

「それは俺も同じだけど。どこ行くかなって。木橋たちは決まってるか?」


 大阪出身組の二人がどうするのか気になって、話題を振ってみる。


「関東出てきて日が浅いしなあ。東京の夜景綺麗なところでも行こかと思ってる」

「スカイツリーとかどや?」

「でも、あの辺、イヴやとめっちゃ混んでるやろ。どう思う?」


 今度は、こっちに話題を振られる。


「あー、スカイツリーは二人で以前行ったんだけど……イヴとか混んでそうだな」

「ね。普通のお休みでも混み混みだったもん」


 春に行った事を思い出しつつ、語りあう。


「あー、やっぱ、そうなんや。人混み嫌いなんよな」

「私も同じやっつうの。でも、イヴはどこもそんなもんやろ」

「それもそうなんやけど。どっか、空いててええ場所ないかな……」


 クリスマス・イヴでカップルらしいデートをしようとなると、やはり気になるのは人混みなのは、同じらしい。


「イーヤスつくなみとか、どうだ?」

「あそこも結構混んでそうだけど……いいかも」


 こっちはこっちでデートの場所を話し合い中。

 イーヤスつくなみにはディナーの店もある。

 つくなみ駅の隣の研究学園駅だから、遠過ぎもしない。


「じゃあ、イーヤスでどっかディナー探すか」

「うんうん。リュウ君は何食べたい?」

「俺は……なんか、肉食いたいな」

「じゃあ、ステーキとか?」

「ステーキでもいいし、ハンバーグでもいいし、……」


 と、イーヤスでのディナーの予定を話し合っていると、何やら視線が。


「イーヤスってそんなええとこなん?」


 興味深そうな陽向。なるほどな。


「この辺でデートスポットらしいとこって言ったら、あそこくらいだな」

「やって、健一けんいち?」

「まあ、東京出るよりはええか」

「健一は出不精なんやから。あ、ダブルデートちゅうのはどうや?」


 いい案を思いついたとばかりに、俺達に話を持ちかけてくる陽向。


「まあ、ディナーまで予定ないしな。ミユもいいよな」

「うん。せっかくだし、4人でイーヤス回ろ?」


 というわけで、クリスマス・イヴ当日はイーヤスでダブルデートとなった。


「そういえば、しゅんさんはどうするのかね」

みやこちゃんと一緒じゃないかな」

「いや、イヴにどこ行くのかなってさ」

「都ちゃんのことだから、なんか大胆な予定練ってそう」

「ああ、いかにもありそうだな」


 東京で、いいところのホテルとか予約してそうなイメージがある。


「しかし、考えてみると、ミユと恋人になって、初めてのイヴなんだな」

「リュウ君、今更思い出したの?」

「だってさ、付き合い始めたのが、半年くらい前だろ」

「それもそうだけど……」

「どっちかというと、年末年始の方が色々ドキドキだな」

「挨拶しなきゃだもんね」


 両家からはもちろん承諾は取り付けてある。

 しかし、それはそれとして、緊張はするのだ。


「二人のご両親かー。なんや、見てみたい気がするなー」

「ダメダメ。さすがの陽向ちゃんでも」

「冗談、冗談やって」

「陽向が言うと冗談に聞こえんから悪い」


 そんな風に賑やかに過ぎていく日々を前に、改めて考える。

 クリスマス・プレゼントどうしようかな、と。

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