第110話 筑派山観光

 登山、というものに縁があるかどうかは人それぞれだろうが、少なくとも、筑派大生つくはだいせいにとって、筑派山つくはさん登山に縁があった人は少なくないだろう。何故なら、新入生がオリエンテーションの一環として、4月に登山をする事が恒例行事と化しているからだ。


 筑派山登山は、当時体力のない俺にとってはややつらいものだったが、へとへとになった分、筑波山頂駅にあるソフトクリームが美味しかったのをよく覚えている。そんな筑派山だが、今回は登山ではなく紅葉を楽しもうという事と相成った。


「割と寒いな……。厚着してきて良かったよ」


 11月3日。木々が赤く色づき始めた筑派山の麓にて、つぶやく俺。


「でしょ?山頂はもっと冷えると思うよ」


 ロングスカートに厚手のセーターといった、冬の装いをしたミユ。俺もコートを着込んで来たが、幸いしたようだ。


「うわ。こんな寒い中、登山する奴いるのか」


 登山道に向けて歩く一団が見えたのだが、俺たち以上に分厚い服を着ている。防寒対策は万全といったところか。


「でもでも、そういうのも結構楽しそうじゃない?」

「俺は体力無いからパス」

「じゃあ、もうちょっと体力つけようよ―」

「そこは今後に期待ということで」


 秋になってから、時折ミユと一緒に走ったりして鍛え始めた俺だが、この登山道を通って登頂出来るかと言うと少し自信がない。


「まあ、今日はケーブルカーだから気楽だな」


 そう。今日は登山ではなく、ケーブルカーに乗って、筑派山頂駅まで行ってのんびりしようということになったのだった。


「ちょっと風流だと思わない?」


 ケーブルカー乗り場に行く道の途中で、振り返ってそんな事を尋ねてくるミユ。


「風流……ねえ。綺麗だとは思うが」


 紅葉を綺麗だと思う心はあるが、それが風流かと言われるとよくわからない。


「もう。筑派山って結構歴史があるし、大昔に詩を詠んだ人もいるんだよ?」


 そう言って、検索した結果を見せてくる。確かに、西暦700年頃に成立した書物の中で、筑派山を詠ったものがあるらしい。


「1300年前かあ。ちょっと想像もつかないな。何時代だっけ」

「奈良時代辺りかな。納豆710食って平城京へいじょうきょうなんて語呂合わせがあったよね」

「あー、そういえば、なんかそんな語呂合わせもあったな」


 高校で習った歴史知識など、もうだいぶ忘れてしまっている。


 しばらく歩くと、ケーブルカーの駅に到着。幸い、人は比較的少ないらしく、切符を買ってすぐに場内に入ることが出来た。


「ケーブルカーって初めてだから、ちょっとワクワクするな」

「私も、私も。こんなに急な傾きを登っていくって凄いよね!」


 初めてのケーブルカーにちょっとはしゃぐ俺たち。そして、早速、ケーブルカーに乗り込んで発車を待つ事になったのだが、少しドキドキしてくる。


 そして、ガタン、と音を立ててケーブルカーがゆっくりと線路を登り始める。見る間に高度が上がっていくのだが、下を見ると急な傾斜になっている。


「ちょ、ちょっと怖くないか?」


 もし、電気が止まったら一直線に落ちそうな気がしてしまう。


「リュウ君、ガラス張りもだけど、「落ちたら死にそう」ていうの苦手だよね」


 隣に座ったミユはと言えばケロリとしている。まあ、下を見ないようにしよう。


「見て見て!山がすっごく綺麗だよ!」


 つられて、ケーブルカーの窓から外を見ると、確かに、山一帯が紅と黄色に色づいていて、思わず怖さを忘れて見入ってしまった。


 しばらく、ぼーっと色づいた山の景色を眺めていると、あっという間に山頂駅に到着。この間、わずか8分という短さだった。


「なあ、かなーり寒くないか?風も強いしさ」

「う、うん。ちょっと甘く見てたかも」


 山頂駅付近は、びゅーびゅーと風が吹いていて、もっと厚着してくればよかった思うくらい冷え込んでいる。


「展望台に避難しようぜ」

「う、うん」


 山頂駅付近で、雨風を凌げる場所である展望台に慌てて避難した俺たち。


「はー、展望台があって助かったな」

「うん。ぬくいー」


 地獄から天国といった感じで、しばし温々ぬくぬくとしていた俺たちだが、ふと、俺の腹の虫が鳴る。


「ここでご飯食べる予定だったよね」

「そうそう。名物のうどん食べなきゃな」


 慌てて避難したせいで、当初の目的を忘れそうになっていたが、ここでうどんを食べながらゆっくりするのも目的の一つだった。


 というわけで、展望台2階にある食堂で、名物のうどんを食べる俺たち。


「味は普通だな。寒いからちょうどいいけど」

「観光地の名物ってそんなものだよね」


 別にまずいわけではないが、ごく普通のうどんを堪能した俺達は、しばし、展望台から見える麓の景色を見てぼーっとすることに。


「筑派大ってどの辺だろうな」

「ここからだと小さすぎて見えないけど……あ、望遠鏡!」


 ミユが指差した先には、望遠鏡があって、コインを入れれば麓の景色が楽しめるようだった。


「うーん。それっぽいところはあるんだけどな……」

「あ、そこそこ。F棟だよ、F棟!」

「マジか……。おお、確かに、少しだけ見えるな」


 望遠鏡を使うと、筑派大学で一番高いと言われているF棟らしきものが見えた。少し感動だ。


 その後、存分に眺めを楽しんだ俺たちは、お土産に、有名らしいガマガエルのキーホルダーを買って帰ることにしたのだった。


「これ、可愛くない?」


 とミユは言うのだが、選んだガマガエルのキーホルダーは不気味で、どこが可愛いのかよくわからない。まあいいか。


 ケーブルカーで下山途中。そういえば-


「そろそろ、バグ慰霊祭までもうちょっとだな」


 その事をふと思い出した。一応、最低限の施設予約はしたのだけど、それ以外の手配がまだまだだ。


「キャンプファイヤーみたいに焚き火をするんだよね」

「燃やすのは、プリントアウトしたプログラムだけどな」

「うう。そういえば、私が巫女役なんだよね」


 少し憂鬱そうな顔をするミユだが、俺はといえば、むしろそっちの方が楽しみだ。


「巫女装束、期待してるぞ?」

「前にもう見たでしょ」

「本番だとまた違うと思うんだよ」

「まあ、リュウ君が喜んでくれるならいいけど」

 

 少し恥ずかしそうにするミユが印象的だった。

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