第73話 かき氷を作ろう

 外が地獄のような暑さだった8月がようやく終わり、もう9月に入った。去年までだったら、「あー、もう新学期か」と思っていたところだが、まだまだ夏休みは半分もある。つくづく、大学生になって使える時間が増えたと思う。


 そして、また例によって、Byte編集部でだらけている俺たち。バイトが入ったとはいえ、物凄く忙しいという程じゃなくて、のんびり少しずつ作業をさせてもらっている。きっと、山崎やまざきさんの配慮なのだろうが。


「かき氷を作らないか?」


 例によって、しゅんさんが何かを言い始めた。しかし、かき氷か-


「いいですね。そういうの、やってみたかったんですよ」


 かき氷屋さんで作られる、ふわふわとしたかき氷にはちょっとした憧れがあった。


「俊さんにしては珍しくまともだなー」

「ほんと、ほんと」


 他の部員たちが地味にひどいことを言っている。


「俊先輩も、たまには普通の提案をするんだね」

「だから、お前、何気に失礼だぞ」


 俊さんがする提案=変なものという認識はもう部員の間では定着しているようだ。


「俊さん、で、アイススライサーは買ってきてあるのか?」

「もちろん。ちゃんとした業務用のをな。ふわふわなのが作れるぞー」


 業務用というとアレだろうか。刃がウインウイン唸って、どんどんふわふわな氷ができていく、あの凄い奴。


「あの、それっていくらくらいしたんです?」


 気になったので質問した。家庭用のものより、きっとだいぶ高いに違いない。


「ざっと10万円というところだな。完全電動式だから、力も要らない」

「よくそんなお金出せますね」

「金の使い道なんて、そんなに無いものさ」


 しれっと言ってのける俊さんだが、大学1年生の俺にとってみれば羨ましい限りだ。


「氷はどうすんだ?」

 

 カズさんが質問する。そういえば、部室にある冷蔵庫だと、小さな氷しか作れない気がするが。


「心配するな。氷屋さんでキューブアイスを買ってきてある」

「キューブアイス?」

「でっかい氷の塊のことさ」


 なるほど。しかし、なんとも用意のいいことだ。あとは-


「質問!シロップはあるんですか?」

「もちろん。抜かりはない」

「やったー!」


 大はしゃぎのミユ。しかし、俺も正直同感だ。というわけで、部内総出の、屋外でのかき氷大会が始まったのだった。


 ウインウインウイン。アイススライサーが回転する度に氷の塊から、ふわふわの氷が削り出されて行き、お皿に積み上がる。かき氷用のお皿は無いらしく、部員が部室においているマイ皿(部室で飲食するために各自が持ち込んでいるもの)を使っている。


「ほら、高遠。一丁上がり」


 鉢巻をつけた妙に様になる俊さんが、作り出したかき氷を手渡してくれる。シロップは、イチゴ、パイナップル、ハワイアンと色々取り揃えてあるが、まずはハワイアンで行ってみるか。


 シロップをかけていくと、少しずつ氷が青く染まっていく。よくよく考えると、このどぎつい青というのは食欲をそそるはずがないのに、美味しそうに思えてしまうのは刷り込みだろうか。


 そして、スプーンでパクっと一口。


「う、ウマー!」


 思わず叫んでしまう。いや、なんというか、氷がふわふわでなめらかなので、安物のかき氷にありがちなざらざら感が全くないのが凄い。シロップは普通の業務用だが、この触感は病みつきになりそうだ。


 シャクシャクと食べていくと、またたく間にかき氷が減っていく。気がつくと、ミユが隣に来ていた。


「~~~~!」


 何やらこめかみを押さえている。


「どうしたんだ、ミユ」

「あのかき氷食べたときの、キーンって奴が来たの……」

「ああ、あれか」


 そういえば、俺にも覚えがある。かき氷を食べ過ぎると、ほんとに、頭がキーンとなるんだよな。


「いきなり食べ過ぎるからじゃないか?」

「そんな意地汚くないもん」

「でも、ほとんど無くなってるだろ」


 ミユの皿を見ると、もうほとんどかき氷は無くなっているようだ。ちなみに、苺練乳れんにゅうで、甘いものが好きなミユらしいチョイスだ。


「そ、それは、ちょっとだけ、ちょっとだけ、食べ過ぎただけだよ」

「やっぱり食べすぎじゃないか」


 無理やりな言い訳をするミユがなんとも微笑ましい。


「お前ら、相変わらず仲いいな」


 会話に入ってきたのはカズさんだ。彼は、カルピス味(というか、カルピスの原液)を使っている。


「それ、甘ったるくないですか?」

「意外にそうでもなくてな。かき氷にいれるとちょうどいい甘さだぞ」


 シャクシャクと氷を口に運びながら、感想を言うカズさん。そうか、美味いのか。よし、


「じゃあ、俺も次、もらってきます」


 部員が列をなしている中に並んで、次の氷をもらいに行く。


「じゃあ、私も私も」


 ついでミユも。


 そんな風にして、お腹いっぱいになるまで、かき氷を堪能したのだった。


◇◆◇◆


 かき氷大会が終わって、後片付けをする中。ふと、疑問に思ったことを聞いてみた。


「俊さんって、いっつも、躊躇なく大金使いますよね。そんなに収入あるんですか」


 この行事に限らず、俊さんがポケットマネーでドンと何かを出す場面はよく見る。


「いや、新卒社会人よりも一回り下くらいの収入くらいしかないな」

「それっていくらくらいですか?」

「色々差し引かれるが、月20万円ってところだな」


 大学生の俺にとって、それが安いのか高いのかわからないが、バイトとしてみるとかなりのお金をもらっているようにも見える。


「あとは、普段、ほんと金使わないからな。ほっといても溜まっていく」

「羨ましいです」


 同棲の前後で色々出費があった俺達は特に。


「節約のコツはとにかく、欲を捨てることだ。あと、ケチになること」

「言われてみれば納得ですけど、難しいですよ」


 考えてみると、いつも同じ服を着ている(さすがに洗濯はしてるだろう、と思う)のも彼なりの節約術なのだろうか。


 かき氷大会のあとの帰り道。気がつけば、もう18:00近くで、夕方だ。


「ちょっと、今日はお金の節約について考えさせられたよ」

「俊先輩のこと?」


 ミユが聞いてくる。


「ああ、どこに金があるんだろって思ってたんだが、節約の賜物なんだなって」

「そうだよね。私も、要らない買い物とかしちゃってるかも」


 少しの間、黙り込む。


「俊さんを見習って、もうちょっと節約してみてもいいのかもな」

「そうだね。でも、服はボロボロになるまで使うのは駄目だよ?」


 俊さんの普段を思い出したのだろう。言い聞かせるようなミユが微笑ましい。


「わかってるって。というか、その辺はミユが見ててくれるだろ?」


 あの辺りも含めて節約術なんだろうけど、そこまで真似する気にはなれない。


「でも、都ちゃんの前では大丈夫なのかな……」


 そんな不安の声を漏らすミユ。


「後で、聞いてみようぜ」


 というわけで、その夜、ビデオチャットで都に聞いてみたのだが。


「俊ですか?ちゃんと、いつもきっちりした格好してますよ?」


 との事だった。あの、泰然自若とした俊さんだが、さすがに恋人との間では配慮するらしい。

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