第91話 幼馴染あらため婚約者とジョギング再び

 今日は10月5日の月曜日。今日からいよいよ本格的に2学期の講義が始まる。ただ、その前に-


「リュウ君、準備はいい?ストレッチちゃんとやった?」

「ちょっと待ってくれ」


 足のストレッチがまだだった。今朝は、運動不足解消のためのジョギングを始めることにしたので、ミユに付き合ってもらうことにしたのだ。


 新居の下のスペースは広々としていて、準備体操をするのにも十分だ。しばらく、足の筋肉を曲げたり伸ばしたりと入念に準備をした。運動不足でいきなり運動を再開するには、準備運動が大切だ。


「よし。準備運動終わったぞ」

「それじゃ、出発するね。リュウ君はあくまでゆっくり」

「はいはい」

「それじゃ、行っくよー」


 ミユは、元気ハツラツといった感じで掛け声をする。さすがに普段から運動をしているので、この辺りは段違いだ。前の住居に近い、今の甘久保あまくぼ四丁目のマンションも、筑派大学内のジョギングコースに出るのはすぐだ。


 朝のんだ空気を吸い込みながら、ゆっくりとしたペースで走る。


「なんかさ。もうすっかり秋って感じだよな」


 ゆったりとコースである林道を走りながら、まだ紅葉には少し早い周囲の木々を見渡す。あと1か月もすれば、美しい紅葉が見られるらしい。暑さもすっかりなりを潜めていて、過ごしやすい季節だ。


「来月には筑派山つくはさんが紅葉シーズンなんだって!」


 筑派山は、つくなみ市のみならず、茨城県でも有名な山だ。標高1000mにも満たないのだが、古代からの歴史がある由緒ある山でもあり、日本百名山に数えられている。しかし、筑派山。


「じゃあさ、来週辺り、一度筑派山行ってみないか?」

「いいけど、紅葉はまだ先だよ」

「入学後のオリエンで一度登ったっきりだし、また行ってみたくなってさ」

「珍しく、リュウ君が運動に積極的だね。でも、いきなり登山で大丈夫?」

「普通の人用の楽なコースあっただろ。大丈夫だって」

「ちょっと心配なんだけど、あそこならいつでも降りられるし、いっか」


 というわけで、週末は筑派山デートだ。しかし、ゆっくり走っているが、だんだん身体が温まって来ている。


「なんか、意外と楽だな。運動不足の割にさ」


 走りながら、運動不足なのに楽に走れているのが少し違和感だ。


「それは、フォームがちゃんとしたからだと思う。靴もだけど」

「以前、美優みゆう先生にしっかりご指導いただいたからな」

「なに、それ?もう」


 冗談めかして、「美優先生」なんて言ってみると、ミユは可笑しそうに笑う。


「こうやってミユと一緒に走るのって、贅沢な気がしてきたよ。空気もいいし」


 澄んだ秋の空気の中を、彼女……いや、婚約者と一緒に話しながら走る。そんな何気ない時間だけど幸せを感じる。


「これくらいでいいなら、いつでも付き合うよ?」

「じゃあ、明日からも付き合ってもらっていいか」

「もちろん!私も、一人で走ってるとちょっと退屈だったんだよ」


 そんな本音を打ち明けてくれる。そうか。淡々と走っているように思えたけど、退屈ではあったんだな。


 走っていると、気がつくとループ道路をほぼ半周していた。


「やっぱ、全然、息切れないな。さすが美優先生の指導力」

「もう、それはいいって。でも、ジョギングでのフォームが重要ってことよくわかったでしょ?」

「ほんとにな。体力だと思ってたけど、そうじゃないんだな」

「フルマラソンだと、そうも言ってられないけど。私、そのうちフルマラソン出たいなーと思ってるんだ」

「ミユなら楽々完走できそうだな。今も俺に合わせてかなりペース落としてくれてるだろ?」

「でも、私でも、20kmまでだから、フルマラソンは色々不安だよ。もっと鍛えないと」

「それでも、まだ鍛えないとなのか。フルマラソン大変だな」

 

 俺なんかだと、20kmどころか10kmでへばってしまいそうだ。 


「ね、ちょっとペース上げてもいい?」

「ああ。俺が着いてけるくらいにしてくれると助かるが」

「それはもちろん」


 そう返事するなり、ミユの走り方が歩幅を広く、強く地面を蹴る方向に変わる。

 俺も遅れないように、一気にペースをあげる。


「はっはっはっはっ」


 急激に息が切れていくが、同時に、この感覚が不思議と快感だ。


「はっ。はっ。はっ。はっ」


 息継ぎはこれでもまだミユには余裕があるらしい。凄いもんだ。


 そんなペースの早い走りをしばらく続けたかと思うと、急にがくんとペースを落とされた。


「ん?ペース落としていいのか?」

「インターバルトレーニングって言ってね。短い時間だけ強い運動をするの」

「それってどういう意味があるんだ?」

「心肺機能に効果があるかな。短い時間だけ、心肺に負担をかけることで、かえって効率よく呼吸ができるんだよ」

「なるほど。よく考えられてるんだな」

「今のスポーツは、がむしゃらにやるんじゃなくて、効果的なトレーニングの方法が確立されてるからね。ちゃんと考えてトレーニングするのが重要なの」

「おみそれしました」


 しかし、たかがジョギング一つ取っても奥が深い。俺も、教本の一つでも買って勉強しようかな。


 そして、しばらくゆっくり走ったかと思えば、また、ペースの速い走りを数回繰り返して、気がついたら元の場所に戻ってきていた。


「はー、ちょっと疲れたな」

「ペース上げ過ぎちゃった?ごめんね」

「いやいや、別に大丈夫。いい汗かいたし」

「それじゃ、クールダウンしようか」


 少しの間、呼吸を整えて、そしてストレッチをしてから家に戻る。


「服が汗だくだ。シャワー浴びたいな」

「私も私も」

「一緒に入るか?」

「いいけど、エッチなことはなしだからね」

「そんな朝っぱらから、盛らないって」


 お互いに服を脱ぎ捨てて、浴室で交代でシャワーを使う。


「~~~~♪」


 気持ちよさそうにシャワーを浴びて、シャンプーで髪を、ボディソープで身体を洗っているミユ。念入りに洗っていて、やっぱり普段から肌のお手入れに気を遣っているのだなとわかる。


「やっぱり、ミユは努力家だな」

「どうしたの?いきなり」

「だって、すっごい丁寧に洗ってるからさ」

「女の子だとこれくらい普通だって」

「そうなのかな……」


 ミユ以外の女子の入浴風景などお目にかかったことがないので、なんともいえないけど。俺も交代でシャワーを使う。適当にシャンプーで髪を洗って、垢が出たところをスポンジで少し擦るという適当さだ。


「でも、湯船に入っても良かったな」

「浸かると全然違うよね」

「じゃ、次のジョギングの時は一緒に入るか」


 そんな、同棲生活の、というより、婚約前だったら考えられない会話を平然としている俺たち。相手がずっと一緒に過ごしていく人だと思うと、今までだったら恥ずかしい会話も普通にできることが増えてきて。やっぱり、こいつと婚約して良かった、と思うのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る