第138話 お披露目パーティー(後編)

「さて、皆様。本日は、新郎の高遠竜二たかとおりゅうじと新婦の朝倉美優あさくらみゆうの結婚お披露目パーティーにお越しくださいまして、真にありがとうございます!」


 なんて台詞を危なげなく言って優雅に一礼する木橋きばし。こういうとこでとちったりしないのは器用だなと思う。ずっと丁寧語の木橋は少し違和感があるがそれはそれ。


「それでは、新郎新婦の入場に移りたいと思います。皆様、盛大な拍手でお迎えしてください!」


 控えていた陽向ひなたが合図を送ってくる。


「行くか」

「うん」


 少しの緊張と高揚と。そんな気分を抱えながら、一歩また一歩と会場の一番前までゆっくり歩いていく。周りからはとめどなく拍手の音が鳴り響く。


「ちょっと結婚式みたい」

「かもな」


 前にたどり着いたところで、


「それでは、新郎新婦からの挨拶に移りたいと思います」


 さて、事前に考えてきたのはあるけど、どうしたものか。


(いっそ、アドリブにしない?)

(んー。まあ、いっか)


 台詞を読み上げるだけというのも芸がない。


「皆様、新郎の高遠竜二です。この度は俺たちのお披露目のためにお集まりいただきありがとうございます。ちょっと籍を入れるには早いですが、これからも仲良くしていただけると嬉しいです」

「同じく、新婦の朝倉美優です。といっても、既に籍は高遠美優になってしまっているんですが。お披露目パーティーにこれだけ集まってくださって感動しています。今日は思う存分楽しんで行ってもらえればと思います」


 二人揃って開会の挨拶を無難にこなす。


「では、皆様、しばしの間ご歓談ください」


 木橋の発言を機に、皆は席に運ばれた料理を静々と口に運んでいる。

 

「俺達も行くか」

「うん」


 新郎新婦ということで、皆の席を回るのも仕事の内。しゅんさんやみやこ美園みそのちゃんやその彼氏さんの席などを順々に回っていく。


 口々に「結婚おめでおう」の声が聞こえてきて、


「なんか、幸せだな」

「やっぱりお披露目会やってよかったね」


 と小さな声でつぶやきながら、各席を巡る。


「お二人さん、子どものご予定は?」


 などとニヤニヤ顔で聞いてくる陽向には少し閉口したが。


「陽向はこういう時くらい自重せい!」


 と頭をはたかれていた。


「さて、宴もたけなわとなりましたが、次は新郎新婦の幼少から今までを振り返るDVD映像を流します。彼らが幼少の頃、どんなだったか、少し楽しみですね」


 完全に堂々と司会をやっている木橋を尻目に、会場に俺たちのアルバムが投影される。まずは俺たちが出会った頃のアルバム。お互い幼稚園だっただろうか。


「この頃はさすがに記憶が曖昧だよな」

「私は色々覚えてるけど」

「え?」


 次に、父さんが持ち帰ってきたFreeBSDのマシンを得意そうに触っている俺と、キラキラした目で見つめるミユ。


「この映像、父さんが持ってるのは予想外だったよな」

「ね。二人だけの思い出だと思っていたのに」


 息子の記録を残したいのは親として当然のサガなのかもしれない。

 

 さらに、時は移って小学校の時。遠足や球技大会、授業参観や水泳などのイベント時の写真が流れる。


「この頃のリュウ君は可愛かったのにね」

「まるで、今の俺は違うと言いたげだな」

「冗談だよ。今は頼りになる旦那様❤」

「お、おう」


 正面切って言われると少し照れてしまう。

 中学、高校も二人で作った思い出は色々あった。

 それは修学旅行だったり、二人で家でゲームをしたりと色々だったが、本当にミユとは長く一緒に過ごしてきたんだなと実感する。


「この頃はリュウ君が気づいてくれなくて骨が折れたなー」

「だから、それはもう時効だろ」

「でも、もし気づいてくれてたら、高校の時にお付き合い出来たかもだし」

「はいはい、わかりましたよ。今後は思う存分ご期待にお答えしますとも」

「うむ。くるしゅうない」


 なんて寸劇を交わす間にも、時は流れ大学時代へ。


「入学式懐かしー」

「もうすぐ一年なんだよな」


 筑派大学つくはだいがくの講堂で二人で撮った記念写真だ。

 

「この頃は、まだ男性恐怖症気味だったよな」

「今はもうだいぶ平気になったけどね」


 ミユの言葉通り、だいぶ同年代の男子とも普通に接することができるようになってきた。それもこれも、ミユが少しずつ努力してきたからだろう。


 最後は結婚届を役所に出した後の記念撮影で締められている。


「もうちょっといい場所で撮ればよかったな」

「仕方ないよ。今日の記念写真を後で飾っておこ?」

「そうするか」


 こうして、アルバム鑑賞会は終了。しかし、今となってはそれほど恥ずかしさを覚えないのはやはり結婚したからだろうか。


「それでは、新郎新婦の友人代表として、九条都くじょうみやこさんにスピーチをしてもらいます」


 危なげなくマイクを撮った都はといえば。


「皆さん、はじめましての方ははじめまして。竜二君や美優さんとは中学からの友人で、今は東京の早穂田大学わほだだいがく一年生をやっている、九条都くじょうみやこと申します。二人は中学の時からとってもじれったかったですが、無事ゴールイン出来たようで、友人として嬉しく思います」


 ただ、と続けて。


「竜二君の鈍感さはちょっといただけませんね。明らかに美優さんに好意を寄せられていたのに、何も無い様に振る舞っていましたから。美優さんは、これからも竜二君にやきもきすることもあるかと思いますが、支えてあげてくださいね。それと、私も美優さんに紹介された男の人とお付き合いすることになったのですが、そのきっかけを作ってくれたお二人にも感謝します。これからも幾久しくお幸せに」


 うげ。都の奴も何もそんなことまでばらさないでいいのに。


「竜二が鈍感と言われればまあ納得だな」

「細かいサイン見逃すところあるんよね」

「まあ、男なんてそんなもんやで」


 と好き勝手に騒がれている。


「都が結婚式を挙げるときは、絶対あることないこといっちゃる」

「秋葉原でのエピソードなんかも話したいね」


 なんて行っている間に友人の挨拶は終わり。


「それでは、皆さんご期待の。新郎新婦による誓いのキスとなります。みなさん、「キースッ」「キースッ」の掛け声で参りましょう」


 お披露目会だから好き勝手なことを行ってやがる。


「キースッ」

「キースッ」

「キースッ」

「キースッ」


 ここまで言われてやらないわけにも行かないだろう。

 純白のベールを上げると、そこには笑顔のミユが。

 ミユは俺の嫁なんだよな。

 目を閉じて、少し長めに唇を押し付けて、舌でお互いの感触を味わう。


「なんか、ディープキスしてね?」

「竜二兄、美優姉、だいたんー!」


 しまった。夫婦の営みの癖でついディープキスを。


「あ、ちょっとさっきのは癖という奴で」


 言い訳を試みるも。


「それだけいっつも熱々だって事だろ。遠慮するなよ」

「うう。穴があったら入りたい」

「同じく」


 と少し凹んでいたところ。


「皆さん。もう一度キスは見たくありませんか?見たい方は「アンコール」「アンコール」と叫んでください」


 ええい。もう一度やるのか?


「アンコール」

「アンコール」

「アンコール」

「アンコール」


 隣のミユを目を見合わせる。


(仕方がないよ、リュウ君)

(しゃあないな。諦めるか)


 今度は唇と唇が触れ合うだけの軽いキス。

 パチパチパチ~と会場が拍手であふれる。

 嬉しいけど、色々むず痒い。


 こうして、短いながらもお披露目パーティーは終わったのだった。


◇◇◇◇


「なんだか、ちょっと夢みたい」

「ああ。ちょっと現実味が薄いよな」


 控室で着替えた俺たちは感想を語り合う。


「でも皆が祝福してくれて……。嬉しいもんだな」

「最初、結婚式は諦めていたけど、お披露目会だけでもやって良かったね」

「籍入れるだけだと書類上の表記が変わるだけだからなあ」


 やはり、皆に認められてこそ夫婦と感じるのだろう。


「なあ、ところでさ。一応、今夜は新婚初夜みたいなものなわけで……」

「リュウ君のエッチ」

「ミユが求めて来た事も多いだろ」

「そういうのは、夜にムードのある時に言って欲しい」

「わかった。夜な」


 ということで、夜に約束を取り付けて、会場からは撤収。

 ほんと、なんとか終わってほっと一息だ。


 そして、明日からは、また学生生活が始まるのだろう。

 とはいっても、もう春休みだけど。


(二年生になったら何があるんだろうか)


 なにか変わる気もするし、変わらない気もする。


 ミユはそろそろなにか大きなことをやらかしそうな気がするし、木橋も同じく。俺だけがちょっとできるくらいの凡人代表だ。


 ま、悩んでも出来る事をやるしかないのだけど。


(願わくば二年生の一年間も楽しくありますように)に

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