最終話 二年生の春が来る
「もう、二年生の春なんだなー」
俺たちは大学会館の講堂前に集まって、のんびり花見と洒落込んでいた。といっても、今日は俺たちにとって特別な日ではない。今日、四月五日の月曜日は、
「もう講義始まって数日なのに今更だよ」
ちょっと感傷的な気分に浸っていたら、予想どうりミユからのツッコミ。
「去年の今頃は「私達を祝福してくれてるみたいだね」とか言ってたくせに」
去年の彼女を思い出して少し茶化してみる。
「そういう意地悪な旦那様は嫌い……!」
ぷいと横を向いて、でも少しくすっと笑っていて機嫌はいいらしい。
「嫁に嫌われると、ご飯も出なくなって困るんだけど」
だからちょっとしたご機嫌とり。
「ご飯だけ?それ以外は?」
もう一声というところか。
「膝枕も出来ない、ハグも出来ない。エッチも出来ない」
だからあえてそんな事を言ってみる。
「それ全部リュウ君がしたいことだよね?まともな回答が欲しいんだけど」
駄目だったか。
「冗談だよ。ミユに嫌われると俺がしんどい」
「もう。最初からそう言えばいいのに」
「夫婦になってちょっと経つだろ。夫婦漫才って奴」
結婚してから約三ヶ月。ミユとは大きな喧嘩もなく、穏やかで楽しい日々を過ごす事が出来ている。ただ、ちょっとひねりを加えてもいいと思うのだ。
「夫婦、か……」
何やら感慨深げにつぶやくミユ。どうしたんだろうか。
「しばらく経つけど、なんか思うことでもあるのか?」
目を閉じて何か考えに浸っている様子だった。
「ううん。リュウ君と当たり前のようにしてこうしてるのが少し不思議なだけ」
当たり前のようにか。確かに、去年の今頃は希望に胸を膨らませて、でも、どこか不安定な関係だった。
「まあ、そもそも、お隣さんに部屋借りたのがミユの努力だったんだよなあ」
俺はのうのうとそんな想いも知らずに日々を過ごしていたけど。
「ほんとだよ、もう。今はこうしてられるからいいけどね」
左手の薬指の指輪を日にかざしながら嬉しそうな顔だ。
先月のお披露目会の後に、改めて二人で結婚指輪を買いに行った。
とはいえ、まだ学生の身だ。三万円程度のゴールドの指輪で妥協した。
無限大を意味する∞を意匠につかった指輪で、
「そういえばさ。ミユは俺のこといつ好きになったんだ?」
ふと、疑問に思っていたことをぶつける。
「いつだったかな。中一か中二のどこかだったとは思うんだけど……」
以前に中二のバレンタインデーの時は本命チョコだったと言ってたっけ。
「うーん。何かきっかけはあった気がするんだよね……」
頭を捻ってうんうん悩みだすミユ。
「いやまあ、別に無理に思い出さなくても」
俺だってきっかけは些細な事だったし。
「もうちょっとで頭から出てきそうなの!……中二……クラス替え……」
ぶつぶつと何かをつぶやいているのは、新入生が見たら怪しみそうだ。幸い、今は入学式の最中だから外に人はまばらだけど。
「あ、思い出した!クラス替えで同じのクラスで隣の席になったよね?」
言われてみると、そんなこともあったような。
「ああ、で、なんか劇的なエピソードでもあったっけ?」
とんと記憶にないのだけど。
「中二だよ?リュウ君が隣の席で、安心できるかなって思ってたらむしろ逆で、隣に居ると妙に落ち着かなくなってたの」
「そういえば、あの頃、若干挙動不審だったような」
「挙動不審って……。あの頃、私も誰かに恋するのかなって思ってた頃だから、リュウ君が隣に居ると思うと、なんだか落ち着かなくて。一ヶ月くらいして、「ああ、これって恋なんだな」ってなんとなく理解したの」
なんとなく、か。
劇的なきっかけが無いのが俺たちらしくも有り、ミユらしいのかもしれない。
「じゃあ、その頃から俺は好意をスルーしてたってことか」
思えば、年頃の女子が妙な態度をとっているのに、まあミユだしと思っていた俺もどうかと思う。
「デートとか勇気出して誘ってみても、「じゃあ、行くか」ってノリだったし」
思い出し怒りという奴だろうか。少し機嫌が悪くなってる。
「悪かったよ。友達と遊びに行く感覚だったんだってば」
高校生にもなれば、多少はひょっとして、という感覚もあったけど。
中二の頃なんてそんなものだ……と思いたい。
「もう怒ってないけど。他の女の子とも遊んでるからヤキモキしてたんだよ?」
「聞けば聞くほど、俺が罪深いな」
「ほんとそう。だから、去年告白してくれたのは、本当に大きかったの」
「ざっと五年越しの恋ってとこか?」
「リュウ君が応じてくれてたら、もっと早く実った気がする」
「なら、お前も告白して来いよ」
「それは……この話題はもう終わり!」
都合が悪くなったのか、唐突に話題を打ち切りやがった。
「ま、でも。ミユも男性恐怖症はほぼ治ったし。良かったよな」
「男性恐怖症とまで言われると違う気がするけど……うん。今は緊張はしないかな」
去年の今頃はトラウマもあって男性不信気味というか、男性恐怖症というか。いずれにしても、男子に対する風当たりが強くなっていたのだった。
「木橋、陽向、俊さん、カズさん……友達も結構できたよな。同じ学部はアレだけど」
二学期の後半に話しかけて来た奴はいるけど、結局まだ友達と呼べるほどの奴らはByte編集部の奴らを除いてほぼ居ない。
「今日、Byteの勧誘をしたら、人いっぱい来ないかな?」
そう。実は大学会館に来ている理由がこれ。Byteの『入学お祝い号』を配布しに来ているのだ。あわよくばByteに興味を持ってもらおうという魂胆だ。
「それこそ、ミユが目当てで来る奴居そうだな。お前、可愛いし」
髪をなんとなく撫でてみる。
「大丈夫。私は旦那様だけのものだから!」
元気のいい宣言だけど、
「ミユはミユで今なら好意寄せられても気づかなさそうなんだよな」
そもそも、トラウマのきっかけになった出来事だって、アイツがずっと好意を寄せていたことに気が付かなかった事にあるのだし。
「そんな事ないよー。女の子目当てで来る男の子の視線はよくわかるから!」
「ほんとかー?」
「
木橋と言えば。
「あいつと
あの面倒くさがりがどこまで陽向の猛攻に耐えられるか。
「今年中には結婚してそう。陽向ちゃんは「あともうちょっと」って言ってたし」
「婚約してるし、焦らなくてもいいと思うんだけど」
「木橋君、放っておくとずるずる引き伸ばしそうだし」
「ま、確かにそういうところがあるかもな」
今はByte編集部で待機しているはずの二人を思い浮かべる。しかも、陽向はといえば、一応は入学式のはずなのに「もう大阪の方で入学式は経験したし、ブッチでええわ」と興味なさげだった。それより、婚約者様と一緒に居たいらしい。
「今年度はどうなるだろうな」
「どうなるって?」
「色々。プログラム書くにしても、もう一段階上を目指したいし」
「リュウ君なら地道にやれば大丈夫!」
「情報特別演習とか挑戦してみるのも有りなんだよな」
「私も、情報特別演習はやるつもりだよ!普段作ってるのとは違うの作りたいし」
「やり過ぎて先生方の度肝抜くなんて事もありそうだな」
「だから、リュウ君は過大評価だってばー」
「いやいや、絶対にそうなる。木橋たちもだろうけど」
今更、比較して凄い凹むようなメンタルはしていないが、しかし、まだまだ色々やらなければいけないことは多い。
「じゃあ、二人で情報特別演習、やろ?」
「ええ?確かに、二人が駄目って規定は無かったはずだけど」
「じゃあ、決定!」
「俺がミユに指導されてそうな予感がするんだけどな」
役割分担をするにしても、詰まったところをミユに教えられるなんてシチュエーションになりそうだ。
「夫婦だしそういうのもいいでしょ?」
何やらニヤニヤしている。
「なんで嬉しそうなんだ?」
「夫婦の共同作業って感じがしない?」
「ある意味そうかもしれないけど……」
「よし!じゃあ、今夜、テーマ決めちゃおう?」
「いやいや、気が早いだろ」
好奇心いっぱいのミユは早くも何を作るか考えはじめているらしい。
「今年は去年よりも差をつけられそうだ」
「リュウ君も地力上がってるよー」
「ま、そうだといいんだけど。とにかく、今年も色々楽しみだな」
どんな新入生が入ってくるのか。ミユとの夫婦生活はどう変化していくのか。
バイトでどんな事が出来るのか。二年生だからこそのワクワク感がある。
「うん!今年も仲良くしようね、リュウ君」
「ああ、そうだな。ミユ」
と言っている内に、新入生が講堂から出てくる。
どうやら入学式が終わったらしい。
「よし、冊子配り頑張らなきゃな」
「女の子の新入生をゲットしちゃ駄目だよ?」
「ないない。そもそも、俺、既婚者だぜ」
「夫婦になっても浮気はありえるもん」
「それ言ったら、ミユが年下男子に惹かれることも……」
「それこそ無いよー」
相変わらずじゃれ合いながら、講堂に向かって仲良く歩く俺たち。
少し甘えん坊で今は嫁さんでもある幼馴染と過ごす、イチャイチャな大学生活はまだまだ続きそうだ。
☆☆☆☆あとがき☆☆☆☆
『甘えん坊幼馴染と過ごすイチャイチャ大学生活』はこれにて終幕です。
元々、大学一年生編は書ききると約束していましたが、二年生編もやると止め時が見つからなそうな気がしたので、この日で終わりとなりました。
当初、これだけ長く続くと思っていませんでしたが、それだけ続けられたのは皆様の応援コメントやレビューなど励ましがあったおかげです。それと、関東の某国立大をモデルにした、ちょっと変わったお話が結構多くの人に読んでいただけた事も驚きでした。
私にとっても思い入れのある風景をモチーフにして、かなり多くの登場人物が出てくる作品になりましたが、風景の多くに元ネタがあるこの話は、書いてて色々楽しい回がたくさんありました。R○NR○N回とかクラ○○○回とか。関東の某国立大出身の方は、色々わかったかと思いますが(笑)。
ともあれ、物語としてはこれで終わりですが、これからも彼らは仲良く学生生活を送っていくだろうと思います。改めて、ここまで読んでくださった皆様に感謝を。
あ、もし、読み終わって感じ入るものなどあれば、応援コメント☆レビューなど頂けると筆者がとっても喜びます。
では、また別の連載あるいは短編でお会いしましょう。
甘えん坊幼馴染と過ごすイチャイチャ大学生活 久野真一 @kuno1234
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