第2話 幼馴染が甲斐甲斐しい件について

「ふわあー」


 膝の上で寝ていたミユが大あくびをする。なんだか猫みたいだ。


「あれ。私、寝ちゃってた?」


 まぶたをこする様子が、やっぱり猫っぽい。


「ぐっすりとな」


 丸々2時間くらい俺の膝の上で寝ていた。よく人の膝で長い事寝られるものだ。


「そろそろ晩御飯の買い出しに行かなくちゃ」

「はいはい」


◇◇◇◇


 揃って、アパートから出る。


 早速、ミユがぎゅっと腕を絡めてくる。昔は、胸の感触がなどと思っていたが、今は日常茶飯事だ。繰り返して言うが、断じて付き合ってはいない。本当に。ミユの住んでいるアパートは俺の隣だが、同棲をしているわけでもない。


 俺たちの住んでいるのは甘久保あまくぼ三丁目。筑派大学つくはだいがくから徒歩0分という超近距離にある。徒歩0分とは何の冗談だと思うが、事実だ。


 筑派大学はつくなみ市に建設された総合大学だ。南北4km以上に渡る巨大なキャンパスがあって、大学のキャンパス内に街があるようなものだ。


 徒歩0分という立地は大変ありがたいが、欠点もある。スーパーやドラッグストアが並ぶ佐倉さくらまで徒歩15分かかるのだ。外食は甘久保三丁目にもあるが、できるだけ節約したい。


「今日は何が食べたい?」


 買い出しの度にミユに聞かれる定番の文句。


「なんでもいいよ」


 投げやりな返事を返す俺。


「それが困るんだっていつも言ってるでしょ?」


 唇を尖らせて文句を言ってくる。何か好みを言ってくれた方が良いらしい。


「ミユの作るの、どれも美味しいだろ」

「褒めたって何もでないんだから」


 顔を背けるミユ。照れ隠しだとわかるくらいには、付き合いは長い。


「いや、事実だし」


 夕日に照らされた道路を東へと向かう俺たち。研究学園都市けんきゅうがくえんとしといっても、ド田舎だ。街路樹がいろじゅが延々と続く他は、ぽつりぽつりと店が立ち並ぶのみ。


 歩くこと20分。大型スーパーミドリに到着。


「キノコと魚中心で行こうと思うんだけど、いいよね?」


 カートを押していると、そんなことを聞いてくる。結局、何にするかは決めてくれたようだ。


「明日と明後日とその次の日の分はー♪」


 野菜や魚、肉、とカートに放り込んでいく。自炊が得意じゃないので、ミユにお任せだ。カートに食材を放り込むミユを眺めていると、見知った顔が居た。


朝倉あさくらさん。こんばんは」


 昼間、ミユを狙ってた奴か。少しおびえている。途端、ミユの鼻歌も止まる。


「こんばんは。それで、何か用?」


 ミユの声が冷たいものに切り替わる。


「用って程じゃないんだけど。そこの高遠だっけ、そいつとは?」


 ミユの隣にいる俺が気になったようだが、その話題は止めといた方がいいぞ。


「下心丸出しで近づいて来ただけじゃなくて、人の事情を詮索?最低」


 前回、言葉のナイフでめった刺しにしたと思うんだが、さらに追撃する。


「いや。すいません。失礼しました」


 すごすごと引き下がる男子学生。確か、安井だったっけ。


(もうちょっと穏便に対応できればいいんだけど)


 ミユがそうできれば苦労はしないだろうが。


「まだ寒いし、鍋物とかどうかな?」


 ミユはもう普段の笑顔に戻っていた。やっぱり、この表情が一番いい。帰って来るなり、ミユは冷蔵庫にドサドサと食材を詰め込んでいく。


「支度するから、ちょっと待っててね」

「へーい」


 手際よくフライパンで炒め物をしたり、キノコを包丁で切り刻んでいる。よくもこんなに手際よく出来るもんだ。俺には真似できそうにない。


「出来上がりっと。運ぶの手伝って?」

「はいはい」


 出来上がった夕食を素早く配膳して、食べ始める。


「このキノコのソテー、美味いな」

「良かった。時短じたんレシピ試してみたんだけど」


 キノコのソテーに、焼いたホッケ、ご飯というメニューだ。


「いつもありがとな」


 食べながら、話す。


「何が?」

「いっつも料理作ってくれるのとかさ」

「私がしたいだけだから。それに美味しいって言ってくれるだけで十分」


 本心でそう言っているのがわかる。


「ならいいんだけどな」

「ちょっと口にキノコ付いてるよ」


 ウェットティッシュで俺の口を拭うミユ。最初は恥ずかしかったこんな光景にもすっかり慣れてしまった。


◇◇◇◇


 部屋に帰るミユを見送って、自室で寝っ転がる。


(ミユの奴、ほんと甲斐甲斐しいんだよな)


 付き合ってもいない奴にこんなお世話をする女子はいないだろう。


(なんとかしたいな)


 好きな奴が出来たときのためにも、トラウマを克服させてあげたい。


(ま、俺の事が好きだったら、なんて思ったこともあるけど……)


 結局、こんな、近い距離に居て、意識する様子もないんだから、勘違いだったんだろう。

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