第58話 俺と幼馴染が帰省することになった件(5)

 ゲームしたりアルバム鑑賞したりの後で、ふと思い出したようにミユが言った。


「そういえば、美園みそのちゃんのとこ行ってみない?」

「せっかくだし、行ってみるか」


 というわけで、一階下の宮崎みやざきさんのお宅を訪問することになった。


 インターフォンを鳴らすと、ドタドタドタと騒がしい足音と共に誰かが近づいてくるのがわかった。少し懐かしくなって、二人で顔を見合わせて笑いあう。


「竜二兄、美優姉、ひっさしぶりー!」


 元気良く扉を開けて出てきたのは、宮崎美園みやざきみそのちゃん。今は中学3年生で、受験生だ。俺たちがまだ東京に居た頃に何故か懐かれて、それ以来時々一緒に遊んでいた。つくなみ市に引っ越した後はあまり連絡も取っていなかったが。


 最後に会ったのは3月頃だが、その頃に比べても成長したように見える。黒髪を短く切りそろえたショートカットに、女子の中でも高めの背丈、あまり成長していない胸、飾りっ気の無いボーイッシュな服装で、とにかく元気な子だ。


「おー、美園ちゃん。ちょっと成長したな。元気にしてたかー?」


 久しぶりに会った美園ちゃんの頭をよしよしと撫でる。


「もう、止めてよー。私も、もう子どもじゃないんだから!」


 美園ちゃんはそんな抗議の声を上げるが、それでいてどこか嬉しそうだ。


(美園ちゃん、寂しかったみたいだね)

(だな。もうちょっと連絡してやればよかった)


 そんな事をささやきあう。


「それで、どうしていきなり帰ってきたの?」

「ああ。夏休みだから、ちょっと実家に帰ってきたんだ」

「私に連絡くらいくれてもいいのに」

「すまん、すまん。大学も色々忙しかったからな」


 むくれる美園ちゃんに謝罪する。


「そうだ。せっかくだから、家に上がっていきなよ」

「いいのか。いきなりなのに」

「竜二兄と美優姉だから固いこと言いっこなし!」


 引っ張られるようにして、美園ちゃんの家にお邪魔する俺たち。相変わらずだね、なんて事を囁きあう。こうやって慕ってくれるのは嬉しいばかりだ。


「はい、どうぞ」


 手際よく、三人分の麦茶をお盆に乗っけて、テーブルに運んでくる。


「おお、気が利くな」

「私も、お客様をもてなすくらい出来るんだからね」

「ふふ。美園ちゃんも女の子だもんね」


 えっへんと胸を張る美園ちゃんだが、背伸びしているようで少し微笑ましい。


「それで、竜二兄たちは、最近どう?元気してる?」

「まだ大学生になって半年してないからなあ。楽しくやってるよ」

「そうそう。美優姉にサークル入ったって聞いたぞ。どんなの?」

「ああ、Byteのことか。色々変なところなんだけどな……」


 かいつまんで、Byte編集部の事を語って聞かせる。学部の広報誌を作るサークルである事、それさえすれば後は何でもいいこと、変な企画を山ほど立てていることなどなど。


「自動販売機を空にするって面白そう!竜二兄たちもやったの?」


 美園ちゃんが尋ねてきたのは、Byteの昔の企画である「何円で学内の自動販売機を空にできるか」というものについてだ。


「俺たちが入る前だから、何とも。ちなみに、15万円かかったらしいぞ」

「じゅ、じゅうごまんえん!漫画が何冊買えるんだろ……」


 桁が違う額に美園ちゃんはびっくりしたようだ。大学生にとっても決して安くない金額だ。部員たちが皆で出し合って自販機を空にしたらしいが、よくそのためだけにお金をつぎ込めるものだ。


「Byteはほんと面白いところだよー。今度、美園ちゃんもおいで」

「うん。行きたい、行きたい!」


 美優はとりわけByteの活動に積極的だからなあ。ともあれ、美園ちゃんがびっくりしてしまわないか、少し心配だ。


「それで、美園ちゃんは中学どうだ?今年は受験生だろ?」

「それは思い出させないでー」


 嫌そうに首をぶんぶんと振る美園。


「もう、最近は毎週のように塾があるの。あんまり遊べないしさー」

「美園ちゃんのお母さん、教育ママだもんなあ」

「そうなの。もう、竜二兄たちのところと交換して欲しいくらい」

「おいおい、そんなこと言うなよ」


 美園ちゃんのお母さんは、普段は厳しくないのだが、一人娘の教育には熱心で、高校もいいところに通わせたいらしい。俺たちの両親は放任主義だったからなあ。


「そういえば。竜二兄、聞いてもいいかな?」


 急に声のトーンを落として、美園ちゃんが聞いてくる。


「ああ、別になんでもいいぞ」


 しかし、急に真面目な感じになってどうしたのだろうか。


「竜二兄って、その、彼女、できたのかなって……」


 普段、はきはきとしゃべる美園ちゃんには考えられない程、途切れ途切れの質問。さすがに鈍い俺でも、なんとなく質問の意図がわかってしまった。しかし、どう答えるべきか。


「あー、その。居るには、居る、な」

「そ、そうなんだ……おめでと」


 その割になんだか元気がないが、きっと。


(美園ちゃん、リュウ君のこと大好きだったからね)


 美園ちゃんに聞こえないように俺に耳打ちしてくる。だよなあ。


「あ、そ、そうだ。美優姉は彼氏できたか?」


 わざとらしく話題を変える美園。


「う、うん。私もね」

「そっか。美優姉、おめでとう!どんな彼氏?」


 俺の時とは打って変わって祝福する声。しかし、その質問は―


「え、えっと。そこに」


 直接言うのは気が引けたのか、俺の方を指すミユ。


「そこ?竜二兄が居るとこ?」

「うん、それが、彼氏」

「……ええ!?竜二兄が!?」


 言いたいことに気が付いたのか、オーバーリアクション気味に驚く美園ちゃん。


「そ、そっか。竜二兄と美優姉が……二人とも、ほんとにおめでとう」


 見るからに声に元気がなく、しょぼくれている美園ちゃん。俺の事を慕ってくれていた事がわかるだけに、少し心が痛い。


「ちょっとお邪魔し過ぎたから、私たち、帰るね」


 気まずい雰囲気を察したのか、ミユが言う。


「う、うん……」


 まだ衝撃が冷めやらないのか、生返事の美園ちゃん。玄関先まで送ってもらった俺たちは、靴を履いて出ようとする。すると、


「こっちには、もうしばらくいるんだよな?」

「まあ、4日くらいは」

「じゃ、じゃあ。また今度、会いに行っていいか?」

「あ、ああ」

「それじゃ、絶対、遊びに行くからな」

「ああ、いつでも来てくれ」


 そう言って、美園ちゃんの家を出る俺たち。


「なんか、ちょっと気まずかったね……」

「これって、美園ちゃんが俺の事好きだったってことでいいんだよな」

「うん。私たちが大学入る前から」

「そうか。罪作りだな、俺」


 美園ちゃんにしてみれば、唐突な失恋をしたということなのだろう。俺は誰かに振られた経験はないが、きっと、つらいに違いない。


 人生は色々とままならないものだ。

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