第2話 罰

   恐らくこれは前世の行いに対して神からの罰なのだろう。

 神とかそんなものは信じないタチだが、こんな非現実な事に出くわしたのなら、その存在を肯定せざるをえない。

 前世の俺『久我龍也』はお世辞でも世間で誇れるような生き方はしていなかった。


 ……前世の俺はヤクザだった。

 それも下っ端なんかではない、百を越える団体を傘下に治め、数万人の構成員をもつ日本最大の極道組織


『青龍会』


 俺はその組織の会長を務めていた。

 密輸、賭博、裏取引、その他諸々、あらゆる社会の非合法と呼ばれる行いの影には常にこの組織が関与しており、日本の裏社会を取り仕切っていた。

 真っ当な人間ならば関わることはないようには組織を動かしてきたつもりだが、それでも何かしらの理由で関わってしまい苦しめられた一般人カタギの人間も腐る程いただろう。

 俺はそんな組織の頂点トップに立っていた男だ。

 そう考えれば、この程度の罰で済んだとするなら随分軽く済んだともいえるだろう。

 ……まあ、実際のところ罰なのかはわからないがな。

 ただ罰であろうがなかろうが、こんな人生をずっと歩み続けるほど俺も利口バカではない。

 今は無理だが、いずれ時が来れば必ずここから抜け出すつもりだ。

 それまでは、せいぜいこのクソッタレな人生を堪能してやるとしよう。

 そしてそれまでにいろいろこの世界の事を調べておかないとな。

 労働と鞭で痛めつけられた体がある程度動けるまで回復すると、俺はゆっくりと立ち上がり、牢屋内を移動する。

 牢屋の中は町によくある集会所程度の大きさで、その中に他の奴隷たちが、今日一日の疲れを少しでも取ろうと寝転がり死んでる様に眠る。

  俺はそれを避けながら部屋の隅へと向かう。

 部屋の隅には少しやせ細った中年の男と、年老いた老人が座っていた。

 二人は近づく俺を見るや、嬉しそうに手招きする。


「よう、今日も来たか」

「ああ。」


 俺は二人のところまで行くと、三角形を作る形で二人の間に座り込んだ。

 この二人は中年の男がラッグで老人の方はルドルフ、どうやら俺と同期の奴隷らしい。

 俺は自分の意識が目覚めてからずっと、この二人から外の世界の話について聞いていた。


「今日もえらく叩かれたな、痣だらけじゃねえか。」

「おお、なんとも痛々しい……おのれ兵士どもめ、いたぶるならこの老いぼれだけを いたぶればいいのに。」


 痣だらけの俺を見るや、二人が表情を歪める。

 まあ、今の俺は見た目こそ子供ガキだからな、孫や子供くらいの歳である俺の傷だらけの姿は、二人には見るに痛まれないのだろう。


「この場所にいる限り仕方がない事だ。」

「相変わらず子供らしくねぇな。だからここの管理者の兵士どもに目をつけられんだよ。」


 ラッグが少し呆れ気味に言う。

 しかしそんなことを言われても仕方がない事だ、今更子供ぶった態度なんかとれないし、とるつもりもない。それに子供ぶったところで変わらないだろうしな。


「そんな事より今日も教えてくれないか?外の世界の事を。」


 話を逸らすため俺は早速本題を切り出す。


「おお、そうじゃったな。さて、昨日はどこまで話たかのう?」

「確か国の話だったよ。」

「あ、そうじゃったな、年を取ると忘れやすくてかなわんわい。」


 ルドルフはそう言って白髪だらけの髪を掻きながらおどけて見せる。

 前回教わったのは主にこの世界の国の話だ。


 この世界は四つの大国を中心に成り立っており、その周囲に幾つもの小国や集落があるらしい。

 そして今いるこの鉱山は、その大国の一つであるベンゼルダと言う国の富豪貴族、ノイマンと言う男が所持する孤島にあるらしく俺達はその貴族の奴隷らしい。

 奴隷というのは前の世界じゃ名前こそ残ってはいたが、とっくの昔に廃止された制度だった。

 だが、この世界では一般的な存在のようだ。

 扱いはどこでも酷いみたいだが、ここの様に毎日のように死人が出るような環境は普通はありえないらしい。

それが、ここがどれだけ劣悪な環境であるかを物語っていた。


「なら次はなんの話をしようか?」

「そうだな、種族とかの話でいいんじゃないかな?」


 二人が俺への勉強プランについて楽しそうに計画を立てている。

 

 種族か……

 

 それについては、この場所にも元のいた世界では見慣れない姿の奴らが何人かいて、俺も少し気になっていたところだ。


「ならそれで頼む。」

「おお、食いついたようじゃな、では説明しよう。」


 内容が決まるとルドルフが意気揚々と説明し始める。


「この世界にはワシら人間の他に様々な種族がおる。尖った長い耳が特徴の大自然と共に生きるエルフに、小柄で顔を半分を覆い尽くすほどの髭を持ち大地の精霊に愛され土と共に生きるドワーフ。そしてその他に外見がトカゲの姿の蜥蜴族リザードマンや獣の血が混じった獣人族、そして魔族など沢山の種族がおり、儂らはそれらを一括りに亜人と呼んでおる。」


 エルフ……ドワーフ……魔族……


 元の世界でも聞いたことのあるような単語がちらほらと出てくる。

 そしてあまり聞いたことがない蜥蜴族というのは向こうで寝ている言葉通り、トカゲの姿をした人間の事だろう。

 まあ、俺からしたらその姿も珍妙で魔族みたいなもんだが、また違うのだろう。


「そして種族によって姿、形が違うのはもちろんの事、寿命、そしてマナの扱いについても違ってくる。」

「マナ?」


 ルドルフから聞きなれない言葉が出てくる。


「そうじゃ。マナと言うのはこの世界のありとあらゆる場所に存在する力の事で、この世界の生き物はそのマナによって魔法を使ったりスキルを習得したりするんじゃ。マナを操るのが上手いエルフは、魔法に長けており、マナの影響を受けやすい身体のわしら人間は、スキルを習得しやすい体質になっている。」


 ……ほう、それは少し興味深いな。


 魔法と言うのは前の世界でもよく耳にした言葉だ。

 ただゲームに出てくる魔法と、童話などに出てくる魔法使いが使う魔法には若干違いがみられるが、まあこの世界観から言えば前者だろう。

 スキルというのは前の世界では技能的な意味合いだったが、マナがどうこう言うのであれば、前の世界とはまた違う意味合いの可能性があるのでとりあえず今は置いておくとしよう。


「なら二人も魔法が使えたりするのか?」

「いや、魔法は兵士や冒険者と言った訓練した者なら使えるが、わし等のような農民や町人と言った普通の人間が魔法を使うには例え簡単な魔法でも魔術書や杖といったマナをコントロールする魔道具と言われる道具が必要になる。」


 成程な、扱いが慣れてない者には補助する物が必要という事か。それはどのジャンルでも同じだな。


「つまり、俺も訓練するか、もしくは魔道具を使えば魔法が使えるようになるって事か?」

「それは……」


 聞いた話ではそのはずだが、何故か二人はバツの悪そうな顔を見せる。


「……実はな。お前さんは恐らく無理なんじゃ。」

「なに?」

「確かにマナと言うのは誰もが扱える力じゃ。しかしごく稀にそのマナを一切扱うが事が出来ない人間が生まれてくる事がある。」

「……それが俺と。」


ルドルフが小さく頷く。


「ああ、そう言った者は『無能』と呼ばれ、この世界では蔑まされておる。恐らく、お前さんが奴隷になったのもそれが原因じゃろうな。」


無能、か……


 ここの兵士達が俺に対してよく無能呼ばわりしてくるのはそう言うことか。


「つまり、俺は魔法も使えないし、スキルとやらも習得できないと。」

「あ、でも、全部が悪い事じゃないんだぜ?無能は確かに魔法やスキルが使えないけど、マナの負荷が体にかからない分、普通の人間よりも身体能力ステータスが高いんだぜ?」

「じゃがやはり、それでも魔法やスキルを持った人間達と比べると劣っていてな、あまり良くは思われんのじゃ。」


 まあ、そうだろうな、いくら身体能力が高いと言っても限度がある。

 世界一強い男といえど、火や雷とかで攻められたらあっさり死ぬもんだ。

 現に昔あった事件には有名な格闘家が酔っ払いとの喧嘩で刺されて、あっさり命を落としたなんて事件もあった。


「なるほどな……」

「なんだ、もっと落ち込むかと思っておったが割と、あっさりしてるな。」

「無いものを嘆いたところで仕方ないだろ、ならば今の自分の状況で、いかに生き抜いていくかだ。」


 まあ、半分強がりは入ってはいる、実際魔法なんて使えるならそれに越したことはない。

 だが、元々魔法のない世界でも暴力で生きてきたんだ、問題はないだろ。

 そんな事を頭の中で考えていたが、ふと前を見ればその言葉に二人は呆けた顔を見せる。


「どうした?」

「いや、なんて言うか、相変わらず、思考が子供離れしてると思ってな。」

「ああ、だからこそ見てみたい気もするがのう、お前さんが外の世界で普通の暮らしをして育ったらどうなるかを……」

「そうか、なら安心しろ、俺もいつまでもこんなところにいるつもりはない。今はまだ無理だがいつか機を見て抜け出すつもりだ。」

「ああ、是非そうするといい。なんだかお前さんならできそうな気がするわい。」

「何言ってるんだ、他人事のように言ってるが、言っとくがそん時はあんたらも一緒だぜ?」


 俺が二人の方を指差しそういうと、なぜか二人は再び呆然とした表情でこちらを見る。


「……なんだ?」

「いや、その言葉は嬉しいんだが、ただな……」


 ラッグが何かを言いかけたところでルドルフがそれを手で遮る、そして……


「ありがとう。」


 代わりに答えるようにルドルフが満面の笑みを見せて感謝を告げた。

 ラッグがその時一体何を言おうとしたのか、それは後日わかった。


 一週間後…………ルドルフは死んだ。


 今考えれば、わかることだった。

 ロクな食事も与えられず肉体的にも精神的にも過酷なこの環境に老人が耐えられるわけがなかった。むしろ数週間持ったことが奇跡だろう。

 だが、それでも俺はああ言わずにはいられなかった。

 同じ境遇の同情からか、それとも世話になった義理を果たしたかったからか……恐らくどちらもあったのだろう。


「爺さん、最後は幸せだったと思うぜ。」

「幸せ?」

「ああ、食い扶持を繋ぐためとはいえ、家族に捨てられ、本来なら誰にも気にかけられることなく死んでいくはずだったのを、孫ほどの歳のお前さんに慕われながら死んでったんだからな。」


 ……本当にそうだったのだろうか?


 二人でルドルフの亡骸がゴミの様に運ばれてる光景を眺める。

 実際こいつ等からしたらゴミ同然なんだろう。ここでは毎日のように死人が出て捨てられ、またすぐに新しい奴隷が追加される、それがここでの当たり前なのだ。

 こんな環境の中で死んで行って本当に幸せだったのだろうか?

 それは本人にしかわからない。


「……なあ。」

「なんだ?」

「お前は絶対生き延びろよ。」

「……ああ」


 そう約束を交わした半年後にはラッグも動かなくなった。

 他の者達もそうだ、どんな人間でもここでは一年、生きられれば長いくらいだった。

 毎日ロクな食事も取れず、鉱石を掘り、重たい岩を運ばされ、鞭で叩かれる。

 

 そんな環境に、俺はひたすら耐え続けた。

 来たる日が来るまで……



――十年後……


 今日もいつもと変わらず石を運び、俺の背中に鞭が打たれる。

 だが……




「…………慣れた。」


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