第31話 名前
「なるほど、つまりここに俺を呼んだのは報復が目的というわけか?」
面白い。
早速準備運動のように指の骨を鳴らしていくが、それを見たエッジが慌てて否定する。
「待て待て待て!別にもうアンタとやり合うつもりなんてねえよ!俺の身体みりゃわかると思うが、この一年まともに飯にもあり付けねぇで、以前と比べてかなり体力も筋力も落ちてんだ。それに比べアンタは見違えるほどいい肉付きになってる。今と逆の状態だった一年前すら一方的だったのに今更報復なんて考えねーよ!」
「……それもそうか。」
エッジの必死の弁明に割とあっさりと納得してしまう。
まあ、俺もこの一年で食の大切さは随分思い知らされたからな。あの巨漢だったエッジが誰かわからないほど痩せこけてんだ、恐らく以前ほどの動きもできないのだろう。
それに渡した剣も所持していないところを見ると、売ったか取られたか、どっちにしろ報復なんて考えてる状況ではなさそうだな。
「だったら何の用だ?」
「別に、アンタが街にいるって話を聞いたから一度会っておきたいと思ってな。」
「おかしな奴だな、報復でも考えているならまだしも、近くにいるから態々会おうなんて考えるような間柄でもないだろうに。」
俺は言うなればこいつらを今の状況に追い込んだ張本人だ、恨まれることはあっても好き好んで会おうとする様な相手ではないはずだ。
「ああ、確かにそうだな。アンタのせいで俺はこのザマだ。アンタにやられた後、俺の情けねえ姿を見て元部下も含めて他の奴らは皆、俺からあっさり離れていって行った。傷だらけの俺を見捨てずに残ってくれたのはここにいる物好きな三人だけだ。」
エッジはそう言うと仲間の三人を見る。
三人はマーカスの他に二十代前半に見える若い男が二人、覚えていないが恐らく俺達と一緒に脱走した元奴隷達だろう、金髪と青髪の見るからに人が良さそうな奴らだ。
「だがな、逆に今はこれで良かったと思っている。以前アンタにも言われた通り、あんな上から命令していただけじゃ、結局のところ遠からずに見放されて、最悪の場合殺されていたかもしれねえ。それに、今は四人で協力しながら暮らしでいるが、こういう生き方も悪くねえってわかったからな。」
……なるほどな、こいつらにはこいつらの一年があってその期間でこいつも変わったんだな。
「今思えば、アンタにも悪い事をしたな。折角あの島から脱出させて貰ったのに『無能』ってだけで恩を仇で返すのことしちまって。」
「別に気にするな、
正直そっちは心底どうでも良かった。
元々俺が逃げるために巻き込んだだけなので、謝罪される覚えもない。
「……アンタはその様子だと上手くやっていたようだな。」
エッジは改めて俺の姿を見て言う。
島を出たときはほぼ同じだったのに、今ではその格好に天と地ほどの差が見えるから当然だな。
「まあそれなりにな……と言っても、それも今日までだがな。」
「あん?」
「俺に国際指名手配がかけられた、今日からまた逃亡生活の始まりだ。」
その言葉に思わずエッジが声をあげた。
「は、はぁ⁉国際指名手配って、あんた何したんだよ。」
「帝国貴族を殺した。」
「て、帝国貴族って……なんでそんな奴を……」
「うちのもんに手を出されたからな。」
「うちのもん?」
「何でもアニキは、エッジのアニキが襲った家族に拾われて旅をしていたらしいっすよ」
疑問を浮かべていたエッジだったが、マーカスが補足したの一言で全てを理解したようだ。
「ああ、あの商人たちと……確かにあの時いた女二人はなかなかの美人だったからなあ、それで貴族に目を付けられたのをきっかけに殺っちまったということか。」
「……俺はあの家族に受けた借りを返しただけだ。」
「へ、あんたらしいっちゃらしいな。」
「それで、アニキはこれからどうするんスか?」
「さあな、とりあえずどこかのスラム街で
とは言ってみるも、実際はそんな簡単な事じゃないがな。
スラムはいわば街で見放された地区、切り捨てられた地区と言ってもいい。
確かにそこなら国からは身を隠すことはできるだろう、だが、その代わりとなる警戒すべきものも沢山ある。
何せ無法地帯だ。盗み、強盗、殺人、人攫いが当たり前のように起こり誰も助けてくれなどしない。
いくらそう言う輩と前世から縁があり、慣れてると言っても、仲間もいない状態で一人、相手をするにはそれなりの覚悟も決めなければならない。
「それなら、アニキもここに住んだらどうっスか?」
「ここに?」
「ええ、ここなら人目にはつかないし隠れるのは持ってこいっすよ。」
ここというのは言葉通りこの倉庫の事なのだろう。
確かにここは路地裏の奥に隠されたように建っており、事情でもなければわざわざ入ってくる奴などいないだろう。しかし……
「いいのか?」
俺はこれから国中から追われる身になるが、こいつらは貧しいながらも、普通に暮らせている。
こいつらからしたら厄介者以外の何者でもないだろう。
「アッシはいいっすよ、脱出できたのはアニキのおかげですし、なにより心強いっス。」
「それを言ってしまえばここにいる奴らは誰も文句は言えねえな。」
エッジの言葉に他二人も頷く、正直この申し出は非常にありがたい。
だがそれと同時にその厚意に不信感を募らせてしまう。
マーカスにはアニキなどと呼ばれているが、実際それほど長い付き合いではない。
それに他の二人はともかくエッジの方は俺と遺恨はある、今はそれもなくなっているようだが、それが何がきっかけでそれが復活するかもわからない。
生憎今の俺の首には十万の値もついている、それだけの金があればこいつらもやり直すには十分可能だろう。
金に目がくらんで売られるなんてことも存分にあり得る。
……いや、それはどこに行っても一緒か。
それに俺の首に十万の値打ちがあるなら俺自身に十以上の価値があると思わせればいいだけだしな。
「わかった、なら世話になる。」
「じゃあ、改めてよろしくっス、アニキ。」
「へへ、まさか、またアンタと一緒に行動することになるとはな。」
改めて俺は四人に挨拶を交わすと、関わりのなかった他二人とも紹介し合う。
「俺の名前はルース、元農民だ。」
「僕はビレッジ、元は親が商人をやってたけど、見事に失敗して借金の型として売られてしまったよ。」
青髪の男がルースで、金髪の方がビレッジか。
しかし、そこでふと自分が名前を名乗ってなかった事に気づく。
「ああ、そういえばまだ俺の名前をまだ名乗ってなかった。」
「え?、確かアニキは名前がなかったんじゃ?」
「流石に、この一年名無しでは生きていねーよ。」
さて、どう名乗るかだな、もうあの家族に借りは無いから前の女みたいな名を名乗る必要もない。
……ないはずなんだが――
――『名前がないのも不便だから仮の名前を用意したの、名前はティアラで愛称はティア。』
『キラキラした名前だよね!』
……
「俺の名は…………ティア、そう呼んでくれ。」
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