第68話 偽善まみれの平穏
ラスタの町は今日も何事もない平穏な日々を送っている。
隣町のリンドンに比べるとラスタは小さな町で、何の変哲もない町である。
強いて特徴を挙げるならばこの平穏こそが特徴とも言えるだろう。
争いの絶えないこの世界では平穏も立派な特徴の一つとも言える。
そしてこの平穏は領主ブリットによって築き上げられたものだった。
ブリットは数年前に不正を働いたとして捕まった、領主の代わりに赴任してきた若い貴族だった。
前任の領主とは違い、今時の貴族には珍しくどんな相手にも親身に接してくる貴族で、ブリットはラスタとその周囲の領地を任されると、領地の発展より領民の日常を守ることを重視した統治を始めた。
町の規模に比べて高かった税を適正な金額まで減らし、放置されていた領地内のはびこっていた魔物、賊の一斉掃討も行った。
その成果もあって、領地内の治安は一気に回復し、それに伴いギルドへの依頼も次第に少なくなっていった。
そしてそれを機に町のトラブルの要因の一つであった冒険者を減らすため、ブリットはラスタにあった冒険者ギルドの拠点も撤去した。
おかげで今町に来る冒険者は、別の町に行く際に経由する程度にしかいなくなり冒険者のトラブルも極端に少なくなった。
勿論ギルドがなくなったことで、ギルドを利用していた者たちから多少の不満は出た。
だかその者達に対してはブリットが兵を出してすべて無償で引き受ける事によって納得させた。
こうして一つ一つ、問題を解決していったブリットは領民達平穏を与え、領主としても厚い信頼をおかれるようになっていった。
――
ラスタの町の通りを抜けた先にある、領主ブリットの屋敷に大きな荷台を引いた馬車が続々と入って行く。
その荷台の中には近々ブリットの主催で行われる、闇オークションに出品する盗品や奴隷達などが詰め込まれていたが、ブリットを信用しきっている住民達は、町中を堂々と通り屋敷に運ばれる大量の馬車を見ても不審にと思う事はなかった。
「首尾はどうだ?」
屋敷の敷地内で馬車の中身を確認している兵士にブリットが尋ねる。
「はい、特に問題はありません。あらかじめ聞いていた内容の物が着々と届いています。」
「そうか、では当日まで丁重に保管しておけ、特に生物類は逃げ出さないようにな。」
「はっ」
兵士が大きな返事を返すと、ブリットは満足そうに屋敷の中へと戻って行く。
「しかしガバスめ、使えないと思っていたがまさかここまで無能だったとは。」
ブリットがガバスのことを思い返し舌打ちをする。
伯爵家の乗っ取りを支援していたガバスが、カルタス家の現当主であるマリスに捕らえられたとの報告を受けたのはつい数日前のことだ。
わざわざ助言や兵まで貸し与えたのにも関わらず、ガバスは見事に失敗していた。
あのマリスが裏で兵士を雇っていたのは予想外ではあったが、それ以上にガバスの不甲斐なさにブリットは苛立ちを隠せなかった。
「平民の子供は
この数年の政策により、領民は自分の事を信じきっており、多少の不可解な事も不審に思ったりはしない。
町からギルドを追い出した事で現状自分の行動を怪しむ者もいない。
こうして作った善意の蓑によりブリットの犯罪に気づいている人間は近くにはいなかった。
そのお陰もあって三大貴族であるノイマンからラスタを闇オークションの主催の場に指定され、ブリットも任される立場になっていた。
決して爵位が高いわけではないブリットが好き勝手にできるのはノイマンという強力な後ろ盾がいるからこそであり、それだけにオークションでの失敗は許されなかった。
「まあいい、今回の目玉となるのは他にあるからな、何とかなるだろう。」
そう言い聞かせるように呟くとブリットは小さく笑う、そして部屋に入ろうかとドアノブに手を掛けたところで兵士が一人やってくる。
「ブリット様、少し報告がございます。」
「何だ?」
「実は最近、近くの村が賊に襲われたと報告を受けまして」
「賊だと?規模はどれくらいだ?」
「はい、数は十人程度らしいのですが、村の若い娘たちが攫われたとの事です。」
――チッ、こんな大事な時期にまた厄介ごとを……だが大事なオークション前だ、少しでも問題となりそうな事の芽は摘んでおきたい。
「三十人ほど兵を連れて討伐に当たれ、ここらへんで奴らが潜伏できる場所なんて限られているし、数も大したことはないからすぐに終わるだろう。」
そう指示を出すと、ブリットは特に問題視することなく、部屋へと戻って行った。
――
ブリット領にある山の中、そこにはいつ誰がどうやって作ったかは分からないが、集団が隠れ住むには十分な大きさの洞穴があった。
俺たちはそこを借り受け、ブリットの領地内にある村から女を攫って来ていた。
「攫って来た女たちはどんな感じだ?」
「へい、皆思った以上に落ち着いていますね。どうやらブリット子爵が兵を寄越して助けてくれると信じきっているようです。」
「そうか、相手は
俺としては、あまり関わらせたくはないがブリットの領民である以上、巻き込むのはやむを得ない。
ただこの場所でも最低限の生活は送れるように努めている。
攫ってきた女達は数名、中型の魔物を捕獲するための檻に入れ、手足の拘束はせず、一応村人の基準以上の食事を用意してある。
とりあえず今はこれで我慢してもらうしかない。
「さて、それじゃあ一芝居演じてくるか。」
俺は髪の色を変え、以前買った祭用の仮面を被り顔を隠すと、捕らえている女達のいる牢獄の方へ向かう。
檻へと近づいていくと、俺に気づいた女達は一斉に警戒するが両手を挙げて無害を示す。
「安心しろ、あんた達には指一本触れねえよ、何せ大事な『商品』だからな。」
「ふん、そんな余裕見せていられるのも今のうちよ、すぐにでもブリット様の兵士がすぐに見つけ出して私達助けてくれるわ。」
檻のそばにいる気の強そうな女がそう言うと、他の女も乗っかってくる。
本当にブリッツを信じているんだな。
俺はわざとらしく笑ってみせる。
「フッ、残念ながらそれはありえねえ、なぜなら俺たちはブリット様の命令であんたたちを攫ったんだからな」
「それはどういう事?」
「言葉の通りさ、俺たちはブリット子爵に雇われている賊だ、元は子爵の命で隣のカルタスの領地で人攫いをやっていたんだ、お前らも噂ぐらいで聞いていただろ?カルタス周辺での子供行方不明の事件は」
「そ、それは……」
女達は言葉をつぐむ、どうやら村にもきちんと情報はいき届いてようだ。
「でも確かそれは隣のカルタス伯爵が犯人だったはず」
「それは子爵がカルタスに罪をなすりつけていただけだ、だが最近変わった当主が思ったより有能でな、仕事がしにくくなっちまったんだ。だが、次の取引も決まっている事もあって早く商品を用意しなきゃならなくてな、その結果、子爵は自分の領土内の小さな村を標的にしたってことだ。」
とまあ、こんな感じの事実を混じえた作り話を話してみる、実際は作り話の方もそこそこ当たっていそうだがな。
マリスを持ち上げたのはオマケだ。
「そ、そんなこと信じるもんか!」
女たちは口では否定するが、表情から見える動揺は隠せていない。
「まあ、嘘だと思うならそのまま領主様を信じて待ち続ければいいさ、一か月後にはあんた達は奴隷の仲間入りだけどな。」
そう言って俺は檻から離れる。
あとは時間が経てば自然と不安と恐怖がブリットへの信頼を削っていくだろう。
信頼関係ってのは築くのは難しいが崩れるのは簡単だからな。
さて、じゃあ後のことは他の奴らに任せて俺も次の準備にかかるとしよう。
久々だな、奴隷に戻るのは……
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