第101話 密約①

 ヴェルグの街の中央にある時計台は朝、昼、夕と一定の時間ごとに鐘が鳴る。

 鐘の音は鳴ると街全体に響き渡り、ヴェルグで一番高い建物の時計台は嫌でも人の目に付く。

 街に住む物なら誰もが認識しているこの時計台は、領主の屋敷を除けば街で最も目立つ建物である、だがその目立つ時計台の裏側には五大盗賊ギルド達が密会をするために作られた隠し部屋があった。


 東洋の知識で作られたカラクリ式の隠し部屋は、時計台の昼間の鐘が鳴ってから次の鐘までの間に鍵となるものを使用することで開くことができ、それを持っているのは五大盗賊ギルドの五人の団長と、街の管理者であるビビアンのみである。


 五大盗賊ギルドの一つ『イービルアイ』の団長である女性、アルメリアはこの日、数年ぶりに使われる隠し部屋に入るために副団長であるロインと共に時計台に来ていた。

 見張りに周囲を警戒させ、時計台のの入り口の扉を開けて入ると、中に誰もいないことを確認して内側から鍵を閉める。

 そして何の変哲もない壁に触れ小さな窪みを見つけると、ちょうど上の窓から降り注ぐ陽の光を首にかけたルビーの首飾りを通して窪みに当てる。

 すると内側からカラカラという音がすると壁が横に開いていく。


「相変わらず、変わった作りだねえ。」

「これが東洋の国の技術なんでしょうか?」

「さあ?でも機会があれば是非仕組みを知っておきたい作りだね。」


 この世界では珍しい魔法は一切使われていない隠し扉で仕組みもよくわかっていない。

 情報を売りにしている組織としてはその仕組み興味があるが、この隠し扉を作った闇越後の元締である鴉に尋ねても企業秘密として教えてもらえないでいた。


 部屋に入ると中には既に他の二つのギルドの団長達が間隔をあけて設けられた自分達の席に座っており、後ろには護衛を兼ねた副団長が立っていた。

 アルメリアも同じように自分の席に座る、空席はまだ三つあるが、今回呼ばれていないビビアンと壊滅した黒き狼の団長のデクロはいないので来ていないのは一人となる。


「これで後は呼び出した越後のババアだけか、呼び出した本人が一番最後とは随分なご身分だな。」


 『影なき蛇』の団長デオンが不機嫌そうにつぶやく。

 盗みの専門の盗賊ギルドにしては似合わない大柄で筋肉質な男である。


「なんでも我らに紹介したい人物がいるとか。」


 そんなデオンの問いに対し殺し専門の盗賊ギルド『ブラッディラビット』の団長を務める男ベルゼーヌが静かに答える。

 若くガタイのいいデオンとは逆に年齢により白く染まった髪と髭が目立つ初老の男だが、常に冷静なその姿には長年の経験で得た風格が見受けられる。


「ああ、それは聞いてる。だが調べた限りじゃそいつは聞いたこともねえ組織の頭でまだガキって話じゃねえか。俺たちに紹介するほどに値する奴なのか?アルメリア」


 デオンがアルメリアに話を振る。

 恐らく情報屋として動いているイービルアイなら何か知っていると踏んで尋ねてきたのであろう、そんなデオンの問いに対してアルメリアは金銭を示すように指で輪っかを作りながら答える。


「……ざっと百五十万ってとこかね」

「なに⁉高々ガキの情報に百五十万だと⁉」

「……逆に言えばそれほどの価値があるという事か。」

「あたいらも情報これで飯食ってるんでね、譲歩はしないよ。」


 アルメリアの提示した金額にデオンは苛立ちを見せ、ベルゼーヌはそこから情報を読み取ろうと考え込む。

 ここにいる五大盗賊ギルドはこうやって集まりはするが決して仲がいいわけではない。あくまでビビアンを通してつながっているだけで、あくまで他人同士、依頼があれば正当な価格で依頼を行うし、他から引き受けた依頼次第では容赦なく敵対する。


 だが、確かにこの金額は個人の人間の情報としては他と比べてはるかに高い、だがこの人物にはそれだけの価値があるとアルメリアは見ている。

 何故なら調べた情報の殆どが自分でも信用できない様な内容だったからだ。


 鴉が紹介しようとしているのはここ最近この街にやってきた組織、『竜王会』のリーダーの名前はティア・マットという人物だ。

 緋色の髪と紅の眼が特徴で、外見から二十歳未満の少年と推測される。

 『竜王会』という組織こそ最近できた組織で無名ではあるが、ティアマット自体は貴族殺しの名で貴族たちの間で名が知られ始めている国際指名手配犯である。

 金銭目的で貴族の屋敷に忍び込み、屋敷の主人と兵士を皆殺しにするという前代未聞の事件を起こし、その後は消息が途絶え、どこかに身を隠したかと思えば今度は仲間を率いて貴族たちが主催している闇オークションに乱入し、商品を根こそぎ奪い取るという騒ぎを起こしていた。


 大胆不敵、まさに怖いもの知らずの暴れっぷりだが、そんな情報の中で最も疑わしく思えたのはこの男が『無能』であるという話だ。


 これだけ無茶苦茶な人物でどれが本当の情報なのかもわからない、だがこれが事実ならばこの男を通常の物差しで計ることなど不可能であろう。そう考えればこれからもこの者の情報の価値は更に上がっていく。

 そう思えば百五十万など安いものだろう。


「ちっ、まあいい。どうせすぐわかるだろう。」


 そう言うとデオンはそれ以降言葉を発さず、椅子にもたれながら本人が来るのを待っていた。

 そして暫くした後、再び壁が開いて外から闇越後の元締めの鴉と副店主の揚羽が入ってきて、その後ろに続いて話題に人物であるティア・マットとその護衛と見られる部下のアルビン・ヴィクスが入ってくる。


 姿を見るのはこれが初めてだが、容姿は情報通りの顔立ちで、緋色の髪と紅色の眼を持つ美しい少年だった。あまり年下の男に興味を持たないアルメリアでも思わず手元に置いておきたくなるほどきれいな顔立ちをしている。

 しかし、そんな考えはその少年の周りを纏わりつく異様なオーラにより一瞬で吹き飛ぶ。

 そのオーラの根源は腰に身に付けている剣でそれが魔剣であるという情報も掴んでいる。

 そしてそれに他の二人も気づいたのか、険しい表情を見せ、護衛の副団長達も警戒態勢に入る。


「……そいつが紹介したいと言っていた奴か?」

「ああ。」

「一体何の用だ?」

「ヒッヒッヒ、さあね?あたしは貰うものをもらってただ場を設けただけさ。要件は本人に聞くといい。」


 そう言って鴉が席に座ると、ティアマットは空いた黒き狼の席へと移動する、そして座る前に一度こちらを見渡すと深く頭を下げた。


「この度はお集まりありがとうございます、私、竜王会の頭を張らせていただいておりますティアマットと申します、以後お見知りおきを。」


 予想外の礼儀正しい挨拶に部屋にいるメンバー全員は思わず呆気にとられる。

 そのような態度を示したのは今まで調べた情報にもなかったので、アルメリアも驚きを隠せなかった。


「それで、今回はどういうご用件で?」


 その態度にベルゼーヌも真摯な言葉で尋ねる。


「はい、実は各々方にお願いしたいことがあり、この場を設けさせてもらいました。」

「ほう、お願いとな?」


 その言葉に他二人の目つきが再び鋭くなる。

 恐らく、黒き狼が無くなったことにより空いた五大盗賊ギルドの席に加わりたいという事だろう。


 確かにその実績は十分ある。他の四人は知らないだろうが、アルメリアはこの男がきっかけで黒き狼が壊滅していたことを知っている。

 そして、今後ろにいるアルビン・ヴィクスはをデクロを殺した張本人である。

 それを言えば加入は可能かもしれないがあの事件は極秘とされているので証拠がない。

 自分が証言すれば信憑性は高まるかもしれないが、生憎それをする義理はない。

 この男がどうやって自分たちを説得するか、アルメリアは四人の会話を外から傍観することに決め込む、しかしティアマットの提案は予想外の事だった。


「これからこの街で起こる出来事に関し、一切目を関与しないでいただきたい。」

「……なに?」


 そう思ったのは自分だけでなく他のメンバーも驚きを見せる。


「そしてそれに関し貴方方にも迷惑をかけてしまう事をご了承していただきたい。」

「……つまり、お前が起こす事に関わるなという事か?」

「ええ、それだけです。」

「それで、何をするつもりなんだい?」


 傍観することを決め込んでいたアルメリアが思わず口をはさむとその宝石のような緋色の眼がこちらに向けられる。


「……ビビアン・レオナルドの首をとる。」

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