第100話 裏切者

「何故だ、何故こんなことに……」


 ビビアン・レオナルドは頭を抱えていた。

 数日前、魔石島から運ばれてくるはずだった魔石を積んだ馬車が何者かに襲撃された。

 襲撃場所に残されていたのは運んでいた兵士達の遺体のみで、魔石が積んであった馬車は馬車ごと姿を消し、現在も行方が分からないままである。


「マズい、これは本当にマズいぞ。」


 ビビアンが焦りと苛立ちに髪を毟る。

 元々この街は西部地方に領地を持つノイマンが魔石島を所持するために強引に手に入れた街である。つまり、魔石のための街でありその魔石を奪われたとなれば、管理を任されているビビアンにとっては大きな失態となる。


 それにビビアンの失態はこれだけではない。

 およそ二年前、魔石を発掘させていた奴隷たちの反逆ににより当時の奴隷全員に脱走されるという事件も起こしている。

 魔石島絡みの失態はこれで二度目となる。


「もしこのことがノイマン公爵の耳に入ればただでは済まない……この事がバレる前にどうにかせねば……」


 今回の一件を乗り越えるにはこの事件自体を隠し通す必要がある。

 どうするべきか、ビビアンが頭を悩みに悩ませていると、部屋の扉を叩く音が聞こえてくる。

 だが扉は部屋の主の許可が出る前に小さな音も立てることなく開き、そして一礼するとともに、中に一人の道化の姿をした男が入ってくる。


「キヒヒ、ビビアン様。随分顔色が悪そうですねぇ」

「ジャッカル……」


 ジャッカルと呼ばれたピエロは青ざめているビビアンを見て陽気に笑う。

 この状況で何を悠長に笑っているのかと怒鳴りたくもなるが、ビビアンはグッと堪える。

 その態度がこの道化師を喜ばせるのを知っているからである。


 今から五年程前に突如現れて自分を売り込んできたこの謎の道化師はビビアンに仕え始めると、人材の発掘や盗賊ギルドや各貴族との関係の立ち回りなどあらゆるところで活躍し、今はビビアンの右腕として仕事の殆どを任されている。

 大した見返りも求めることなく働く有能ではあるがその反面、こちらの良い話にも悪い話にもヘラヘラと笑い続ける、昔も今も何を考えているのかわからない謎の男である。


「先ほど魔石島の兵士から連絡がありましたよ?なんとか今回と同数分の魔石を用意できたのですぐに出荷したとのことです。」

「おお!そうか。と、とりあえず今回の分はなんとかなりそうだな。」

「ええ。ただその際に少々奴隷たちに無茶させたもんだから、数十名が使い物にならなくなったそうです。」

「それは仕方あるまい、奴隷をかき集めるのは少々手間がかかるが老若男女問わずに奴隷を買えば。何とかなるだろう。」


 その場しのぎにしかならないし、費用もそれなりにかかるだろうが背に腹は代えられないだろう。とりあえず、解決策が見えたところでビビアンは少し安堵を見せる。


「しかし、また襲われなければよいのですねえ。キヒヒ」


 ホッとしたところに笑いながら不吉なことを言うジャッカルに苛立ちを感じるが、確かに一理ある。

 襲撃相手はどこの誰かもわからない、もしまた奪われれば意味がない。


「よし、ならばあの三人を呼べ。」

「キヒヒ、承知しました。」


 ジャッカルは軽くお辞儀をした後、身軽に宙返りするとそのまま姿を消す。

 そして暫くすると、ジャッカルは三人の男女を連れて戻ってきた。


 オギニ・ブランドン

 顔に大きな傷のある歴戦の戦士のような老兵で、元はとある小国で忠義の将として名が通っていた剣士だったが、その主である国王を殺害し国を混乱に陥れた大罪人である。

 自らの罪を認め処刑されるところを闇越後が奴隷として引き取り、それをジャッカルの助言でビビアン買い取った。

 正義感が強く、何かと方針に口煩く意見を述べてくるが最後にはどんな命令にも従うところは忠義の将と呼ばれた片鱗が伺える。


 キーリス・ノーマ

 赤い鎧を身に着けた金髪の剣士でドラゴンスレイヤーと呼ばれるノーマ家の一族の男だ。

 王国騎士団の部隊隊長に上り詰めたこともある実力者だが、残虐性を秘めた性格で、部下や敵に対していきすぎた行動をとり、何度も問題を起こしていた。行動ばかりを問題視して自分の実力を認めない国に対して嫌気がさし、ジャッカルの引き抜きに応じて今にいたる。


 メーテル・ノーマ

 キーリスの推薦により最近加入した蜥蜴のような鱗が混じった肌を持つ尾の生えた美女。

 名前からも分かるように同じ姓をキーリスとは血縁者のようで、その容姿は今まで見てきたどの女性よりも美しく妖艶だが、それと同時にどこか怪しげな雰囲気を持ち合わせている。

 新参な者ゆえに色々と未知なところが多いが、あいさつ代わりの手土産として北の山に住んでいる怪鳥コンドルの死体を持ってその実力を示した。


 色々と癖のある三人だが、実力は本物で個の力で言えば、盗賊ギルドにもこの三人を超える者はいないだろう。

 ビビアンは四人が自分の前に並ぶと早速用件を伝える。


「話は聞いていると思うが数日前、島から運ばれてきた魔石を積んだ馬車が何者かの襲撃にあった。幸い代わりの魔石は用意できたが肝心の襲撃犯がまだ見つかっていない。そこでそなたらにはジャッカルの指示に従い新しく運ばれる魔石の護衛及び、盗人の討伐を行ってもらいたい。」


 ビビアンの言葉に静かに頷くブランドンと面倒くさそうに頭を搔くキーリス、そしてメーテルはニコリと笑うとそっと手を上げる。


「話は分かりました、ですがその話は少し危険かと思われます。」

「……危険だと?」


 その言葉にビビアンは眉をしかめる。


「今回の一件、ルートを毎回変えているのにバレていたという事は誰かが情報を相手に流した可能性があると思います。そしてそのルートを知っているのは護衛とその兵士たちに指示を出したもののみ――」


 そう言うと、メーテルはジャッカルに目を向ける。


「キヒヒ、つまり、私が相手に情報を渡したといいたいのでしょうか?」


 その問いに対し、メーテルは頷く。


「元々護衛は黒き狼とかいう実力のある盗賊ギルドの方々に依頼していたのに対し、今回の護衛はたった三人、いくらなんでも少々不自然ではありませんか?そして護衛の兵士を選んだのもあなたと聞いています。」


 だが、ジャッカルはもう何年も仕えている男、今更裏切らない……とは言いきれない男だ。

 そして当の本人であるジャッカルはメーテルからかけられた疑いにもヘラヘラと笑ったままである。


「キヒヒ、成程。私が手引きだと言いたいのですね?ですが、そうなるとあなたも十分怪しいではないですか?なにせ今までこんなことはなかったのにも関わらずあなたが来てから起きたのですから。私が引き入れたのはブランドンとキーリスのみ、あなたに関しては何もかもわかっていない、あなたも十分疑わしいですよ?」


 お互いが笑みを浮かべて見つめあう構図には不穏な空気が流れている。

 すると二人の間に割って入るようにキーリスが反応する。


「疑わしさで言うならブランドンも怪しいだろ、今まで何度もビビアン様の行いを批判し続けていた。裏切ったところで可笑しくはない」


 まるでメーテルへの疑いの目を逸らさせるようにキーリスがブランドンの方に話題をむける、しかしブランドンは特に反応を見せる事なく否定する。


「……元騎士の名に懸けて、主の裏切るような真似はせん。」

「ふん、元の主を手にかけた忠義の将がよく言う。」

「だからその罪を償おうと私は自ら断頭台に立つつもりだった。だがそれは叶わずもう一度誰かに仕えるチャンスをもらったのだ、ならば次こそ主人を裏切るようなことはしない。それに今の話を考えれば、お前がそこの女と手を組んでいる可能性だって十分にある。」

「なんだと⁉︎」

「キヒヒ。つまり、ここにいる四人全員に裏切者がいる可能性があると」


 四人がそれぞれ睨み合う、どの者たちの言い分にも一理あり、誰もないとは言い切れない。 


 ――つまり、ここにいる奴ら全員に裏切者になる可能性があるだと……

「も、もういい。今はとにかく魔石を集める方が先決だ、魔石の運搬に関しての指示は私が行う。そなたらは盗んだ者に関する者の足取りを追え。」


 ビビアンがその場を強引に締めると四人はそれぞれ部屋を出ていく。

 どうにかその場は収まりはしたが、今のやり取りはビビアンの頭の隅に密かに刻まれることとなった。

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