第99話 闇越後
「ここか……」
アルビンとマーカスを連れてヴェルグの表通りに行くと、そこにある一軒の服屋の前で立ち止まる。
異世界の建物が並ぶ通りに一つだけ場違いな日本仕様の和風の店が建っており、店の看板にはこちらの世界の文字で「コトブキ」と書かれている。
「へぇ、これが東洋の作りの店っスか。」
マーカスが暖簾が付いた入り口を興味を示しながら、横式の扉を開き店に入る。
店内に入ると、中は日本での記憶を持つ俺にとって馴染みのある草履や着物と言った和式の衣類が並んでいた。
「見たことない服ばっかっすね。」
「動きづらそうな服ばっかりだな、戦闘には向かなさそうだ。」
珍しい服に興味を持つマーカスに対し、戦闘メインで考えるアルビンはあまり興味が沸かないらしい。
双方対照的な反応なのが面白いが、実際アルビンの様な考え方の方が多いのか、店には他に客はおらず、外でも着ている者もあまり見かけない。
「いらっしゃいませ、本日は何をお求めでしょうか?」
店の商品に目を通していると俺たちに気づいた店員の男が、目を閉じているのかと思うほどのにこやかな笑顔で出迎えてきた。
そんな店員に対し、俺は予め教えられていた言葉を告げる。
「赤いちゃんちゃんこが欲しい。」
するとその言葉に店員がピクリと反応し、笑顔を保ったまま物々しい雰囲気を漂わせる。
「……どの様なものを?」
「物の怪が欲しがる様な血の様に赤く染まったやつだ。」
「……ただいまお持ちしますので、一番右の試着室の中でお待ちください、」
そう言うと、店員はそのまま俺たちを三つ並んだ試着室の右側へと案内する。
試着室の中に三人で入るのは少し窮屈だったが、それもほんの少しのことで、壁からなにやらカタッと音がしたかと思うと、前の壁が回転して中に吸い込まれるように入っていく。
「からくり式か。」
まさか、魔法だのスキルだのある異世界でこんなレトロなものに出くわすとわな。
やはり名前からも考えられるがやはり東洋の国というのは日本に近い国なんだろうな、少し興味が湧いてくる。
開いた壁の先には短い廊下が続いており、その奥には懐かしい障子の戸があった。
廊下を進み戸を開ける、すると中には畳の部屋に一人、女が正座をして座っていた。
髪は花簪でまとめられ、顔を化粧で白く塗り赤い裾引の着物を着ているその姿は、日本でいわゆる舞妓と呼ばれるものだ。
女はこちらと目が合うと小さく微笑み綺麗な姿勢でゆっくりと頭を下げた。
「ようこそ
「店主と話がしたい、取り次いでくれるか?」
「……少々お待ちください」
少し鉛のある口調で話すと揚羽は振り返り、後ろにある襖の奥へと消えていく。
「お待ちしておりました ってことはこちらの動きは全て筒抜けってか?」
「さて、どうだろうな?」
アルビンが何かを察したのかニヤリと笑う、実際知られていたところで驚くことでもない。
「それにしても東洋の国の物は見たことのないものばかりっすねぇ、さっき言っていたモノノケとかちゃんちゃんこってのもよくわかんないっスし。」
「まあ服の店なんだから、どうせ東洋服の名前だろ?」
赤いちゃんちゃんこといえば日本で主に還暦に贈られる服で、俺も還暦を迎えた組の親父に贈ったこともある。
だがその一方、ホラーや都市伝説で語られる話にも出てくると記憶している。
この世界での赤いちゃんちゃんこがどの様な意味を持つのかは知らないが、まあ今の俺が説明すると、色々とややこしくなるので知らないふりをしておく。
それから暫く待った後、襖が開き揚羽が戻ってくると、後ろには腰の曲がった和服を着た老婆と二人の侍みたいな格好をした屈強な男がいた。
闇越後という名前から男をイメージしてきたが現れたのは老婆で、護衛とみられる男二人の格好は侍なのだが、剣は刀というわけではなく背中に盾も背負っているところを見ると、やはり日本とは似ていても違うのだなとも思える。
「ヒッヒッ、よく気なさったねぇ、まあ座りなさんな。」
老婆に勧められると俺は腰を下ろし畳に胡坐をかいて座る。
「あたしゃあ、闇越後の元締めをしている
「ああ。」
「まあ、あそこで誰が商売しようがあたしらには関係ないがね。それで、今日はなんの様でここに来たんだね?」
「あんたと取引がしたい、」
「ほう、取引ねぇ……」
そう呟くと鴉は俺たち三人に目を通す。
「……ふむ。」
初めは後ろ二人を見て薄い笑みを浮かべていた鴉だったが、最後に俺の方をじっくりと見るや、その表情を険しくさせた。
「……アンタ、この店にある物がどんなものか知っているかい?」
「詳しくは知らない。」
「とある貴族の家宝、他国にしかいない魔物、落ちた小国の貴族の奴隷、ここにあるのはどれも普通じゃ手に入らない物ばかり、そして値段もそれに見合った金額だ。これに並ぶ物と金額を
そう言うと鴉が俺をゴミを見るような眼で見下してくる。
なるほど、こいつも鑑定持ちで、さっき見ていたのは俺たちを鑑定してたってことか。種族によって少し反応が異なることがあったから、無能が下に見られるのはこの国だけかと思っていたがどうやらそれは世界共通らしいな。
「どうだ、アンタらもウチで働かんか?鑑定スキルとS級冒険者並みの実力を持つ剣士、どちらもこんな無能が持つには勿体無い人材だよ。」
鴉が無能の俺を無視して後ろ二人に目を向ける。
「え、ええと……」
「俺はかまわねえぜ、引き抜きは商売戦略の一つだ。」
「悪いが小物と下につくつもりはねぇ。」
どう返せばいいか戸惑うマーカスに対しアルビンは欠伸をしながら、即答する。
そしてそれに便乗するようにマーカスも断りを入れた。
「小物だと?」
アルビンの答えに後ろの護衛が剣に手をかけるが、鴉が手で遮る。
「やめな、折角の個室を血で汚されたくない。しかし勿体ないねえ、それだけのスキルと実力を持ち合わせておきながら肝心の見る目がないとは、まあいいさ、ならお前さんたちに用はない。とっとと消えちまいな。」
そう言って鴉が話を切り上げ立ちあがろうとすると、今までやり取りを無言で見ていた揚羽が声を上げる。
「鴉様、せっかくなので話だけでも聞いてみては?」
「八ッ、無能なんかの話を聞く価値なんてありゃしないだろ?」
「しかし、この方……どうやら魔剣をお持ちの様ですよ?」
揚羽の言葉に鴉がもう一度こちらを見るとそのまま俺の持つ魔剣に目を向ける。
「……確かに。」
「魔剣を持つ様なお方です、もしかしたら面白い物を見せてくれるかもしれませんよ?」
「……まあ。あんたがそういうなら仕方がない、それで?一体、何を見せてくれるんだい?」
「マーカス。」
「へい!」
俺が名前を呼ぶとマーカスはマジックバックを取り出し、逆さにして中身を畳の上に落とす。
「なんだい?この石っころは……なっ!これは⁉」
鴉が置かれた石を一つ手に取りジッと見つめると、この石の正体に気づくき目を細める。
ここいらでこの石が手に入る理由なんて一つしかないからな。
「どうだ?」
「どうだって、こりゃあ魔石じゃないか!こんなもん買い取れるわけないだろ⁉︎」
「なんだ、これじゃあ不満か?それともこの店には魔石が有り余っているのか?」
「そうじゃないが、これはビビアンの所から奪ったもんだろ?そんなもん買い取るわけには――」
「別にいいじゃないですか?」
すると、再び揚羽が俺たちの会話に割って入ってくる。
「魔石はどのルートでも手に入りにくいもの、これを手に入れるまたとない機会ですよ?」
「しかし……」
「伯爵から直接奪い取った訳じゃないのですから問題ないですよ、私達が取引しているのはあくまでこの竜王会の方々……私たちはなにも知らない、気づいていない、そうですよね?」
「ああ。」
俺が揚羽の言葉に頷くと、鴉は唸りながら考え込む。
「鴉様……」
「ああ。わかったよ。」
揚羽がさらに強く推すと最後には鴉が諦めたように頷いた。
「それで、いくらで売りつけるつもりだい?」
「悪いが金じゃない。」
「なに?」
「俺が求めるのはアンタを含めた五大ギルドとの話の場だ、それだけでいい。」
その言葉に鴉は不可解そうな目でこちら見て来るも、断る理由がなかったのか承諾する。
そして後日、俺は五大ギルドと顔合わせをすることになった
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