第102話 密約②
「ビビアンレオナルドの首を取る。」
誰もが予想していなかった言葉にこの場の空気が凍りつく。
いや、少なくともアルメリアには予想することならできた。
今から少し前、イービルアイの元に竜王会がビビアンの兵士と揉めているという情報が入ってきていた。
しかしその後、送り込んでいた間者からの連絡が全員途絶え、詳細を知る間者は誰も返ってこなかったので内容まではわからなかったが、何かしらの動きがあることは予想できた。
だが、ビビアンに楯突こうと考えるとは予想にもしなかった。
ビビアンは国の大貴族ノイマンの遠い血縁者でありこの街の管理を任されている者、五代盗賊ギルドですら手を出すのは躊躇うほどだ。
だがらアルメリアはこの男の狙いが五代盗賊ギルドの空位に入る事でビビアンとの一件を収めようとしているのではと考えていた。
しかし、今の言葉はそれとは真逆のことといえよう。
誰もが呆然としていて言葉を返さない、言葉が返ってこない事を確認するとティア・マットはそのまま続けた。
「あなた方がビビアンと手を組んでいる事は承知の上です、その為迷惑を被る事になるのでしょう、なのでこちらからも条件として、もし私がビビアンの首を取ることができたあかつきには、ビビアンから手に入れた物全てをあなた方に差し上げましょう。」
――全て……
その言葉に鴉とアルメリアが反応する、金に関しては最近上から搾り取られているようだが、ビビアンは収集家で持っている絵画や道具などにも価値のあるものが多い。
もし手に入るならもらっておきたいところだ、しかし……
「……何故だ?」
今までティアマットの話を静かに聞いていたベルゼーヌが口が開くと威厳のある声が部屋に響く。
「何もいらないなら何故ビビアンの命を狙う?」
「そこはこちらの私情であなた方が気にすることではないでしょう、まあ、強いて言うなら『邪魔だから』とでも言っておきましょうか。」
――『邪魔だから』その一言で本当にノイマンの息のかかったあの男を敵に回すというのだろうか?
ティアマットの言葉がどこまで本気なのかがわからなくなる。
「成功する確率はどれくらいなんだい?」
「多く見積もって五割といったところですかね。」
――五割……
鴉の質問への答えにアルメリアは考え込む。
本当なら最低でも七か八割くらいの成功率は欲しいところだが、それはあくまで自分達が関わった時のことで今回は傍観するのみ、もし失敗しても自分たちに被害はない。
聞いたときは少し驚いたが改めて聞くと、こちらにとっては悪い話ではない。だが、少し気が狩りもある、そしてそれを感じたのは他の者たちも同じようでベルゼーヌがその点に関して問いかける。
「なるほど、話は分かった。では後ろ盾に関するところはどう補うつもりだ?」
盗賊ギルドの後ろにはビビアンが、そして更にその後ろには大貴族ノイマンがいる。
それこそ五大盗賊ギルドがビビアンと繋がっている理由である、ノイマンの力は表社会ではもちろん、裏社会でも通じるところがある。国は踏み込んでこれないし裏の者達も迂闊に手を出してこない。
それだけの人物の息のかかった人間と関係を結べるのはこの上なく大きく、この五大盗賊ギルドが十年以上も
ビビアンが消えれば十年以上続いてきた五代盗賊ギルドとの関係が消えてしまう。次に来る町の管理者がどう言うものなのかもわからない、そう考えるとやはりこの後ろ盾をなくすのは惜しい。それに見合ったものがあるのかとベルゼーヌは問うが、ティアマットはそれに対し険しい表情を見せる。
「……そちらに関しては正直に申し上げるなら、こちらでどうにかできることはないですね。まあそこも踏まえての報酬ですが、活動場所なんて探せばいくらでもあるでしょうに。」
「いや、ビビアンは我々のようなものに安全な場所を提供してくれている。もしそれをなくすと言うのなら、これに代わるものを用意してもらいたい。」
「……つまり、安心して隠れ、仕事ができる場所が欲しいと?」
ティアマットの言葉に皆が無言で肯定する。
「……温いな。」
その一言は先程までの丁寧な言葉とは打って変わるほどひどく冷たい言葉だった。
「なに?」
「後ろ盾がないと活動できないとは、五代盗賊ギルドともあろうものが随分と情けねえ話だな。それとも十年以上も飼われてるうちに、自分を守る檻がないと吠えることもできない名ばかり大きくなったら獣になったか?」
先ほどまでの礼儀正しい姿から別人のように態度を崩すとティアマットは足を組んで机に乗せる。
「まあ、十年も貴族に飼われれば牙も抜けるか。」
「なんだとてめぇ!」
今まで聞く側に回っていたデオンが勢い良く立ち上がる。
「風でも吹けば吹き飛ぶような弱小組織の頭の分際で、俺達五大盗賊ギルドに随分とでかい口叩くじゃねえか。」
「てめえみたいに人からもらった組織で組織の意図も考えず暴れてる馬鹿よりはマシだよ。」
「殺す!」
見事なまでに挑発に乗せられたデオンが背負っていた大剣に手をかける、その姿にティアマットからは嘲笑され他のメンバーからはそういうところだと言わんばかりの眼で見られている。
だがそんなことは構わずに大剣をティアマット目掛けて振り下ろす。
するとティアマットはそれを片手で受け止めた。
「な⁉︎」
デオンがそのまま押し切ろうと力を込めるが、受け止めている手は素手であるにも関わらず血一つ流れず、ビクともしない。
そして、ティアマットがフッと笑うと、突如受け止めていた手が黒く染まったかと思うと霧状に分散し、デオンはそのまま前に倒れ掛かる、霧状になった腕はそのままティアマットの腰に付いた魔剣に吸い取られていく。
腕だった物が全て剣の中に消えていくとティアマットの右腕は切り取られたかのように綺麗に無くなる、そしてそのまま目の前まで倒れ掛かったデオンを睨みながら見下ろす。
その眼にデオンが思わず怯むと、ティアマットはそのまま視線をこちらに向ける。
「温いんだよテメェらは、裏で生きようとする奴が安心や安心なんて求めてんじゃねえ。ここにいる連中はそんな世界に息苦しさを感じて集まったんじゃねえのか?そんなに平和に暮らしたきゃ、金で海外にでも飛んでこの業界から足を洗えばいいだよ。俺の要件はただ一つ、ビビアンの首を取ることだ、俺の邪魔はするな、以上だ。」
それだけ言うとティアマットは護衛と共に部屋から出ていく、それから暫くの間、部屋には沈黙が続いていた。
圧倒されたことにデオン、何かを感じたかのように目を瞑り考え込むベルゼーヌ、焦りにも見た汗を流す鴉、そしてにはアルメリアは茫然としている。
所詮子供の戯言、そういいかせるがその言葉に高揚してしまっている自分がいる、そしてそれは自分だけではない。
それは四人の団長の後ろに控える者たちにも影響があったのかティアマットが出ていった扉の方をじっと見つめている。
去り際に言い残したティアマットの言葉は部屋にいる者達全員の心に深く突き刺さった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます