第89話 魔剣
壁をすり抜けた先にあったのは、見るからに危険な剣が置かれた台座だった。
何かに剣を捧げているのか、もしくは剣自体をを祭っているのかはわからない。
だが、その剣が放つ禍々しい雰囲気は危険を感じるとともにそれ相応の魅力もあった。
――……ヲ……ヨコセ……
……まただ。さっきから声が聞こえていたように思えていたが空耳ではなかったようだ。
恐らく発しているのはこの剣だろう、しかし上手く聞き取れない。
……少し近づいてみるか。
「それに近づくでない!」
剣へ一歩踏み出すとほぼ同時に聞こえた声に立ち止まり、後ろを振り返る。
すると先ほどすり抜けてきた壁が無くなっており、隣の部屋から焦りを見せるウラッグとアリアが追ってきていた。
普通じゃない剣に焦るウラッグ、先ほどの騎士達との会話からこれが何なのかは察しが付く。
「ということはこれが……」
「……ああ、魔剣じゃよ。」
「魔剣、本当にあったんですね。」
アリアも興味を持ったようだが、ウラッグの言葉に従い近づこうとはしない。
「正確に言えば堕ちた聖剣じゃがな」
「え?」
「……ここで話すのもなんだ、場所を変えようか。」
そういうと、俺たちはウラッグの言葉に従い、隠し部屋のあった工房の小屋から目と鼻の先にあるウラッグの家のへと場所を移した。
――
「で、あれはなんだ?」
三人で一人用のテーブルを囲うと、早速話を切り出す。
「あの剣はな、わしの祖先が作り出した汚点じゃよ。」
「汚点……ですか?」
「ああ、あれは人間の欲によって生み出された、いわば人工的な聖剣なんじゃ。」
「人工的聖剣?」
アリアの復唱した言葉にウラッグは頷く。
「嬢ちゃん、今日はあれを持ってきてるんじゃろ?」
「あれ……あ!はい。」
ウラッグの言葉で思い出したのかアリアは手持ちから薄い緑色をした綺麗な鉱石を取り出す。
「これは?」
「これはメンデス家が管理している精霊石と言って、聖剣を作る素材となる鉱石です。」
そう説明された鉱石は、アリアの手の中でほのかに光を放っている。
「この鉱石は名前の通り精霊の力を宿すことができる鉱石じゃ。『聖剣』のスキルは元々高位の精霊を剣に下ろす召喚スキルの一種でな、別名精霊剣とも呼ばれておる。じゃから精霊に認められなければ例え『聖剣』スキルを持っていても力は使えん。しかし力を発揮できれば大きな力となってくれる、聖剣と言うのはいわば精霊を降ろす依り代のようなもんじゃ。」
ウラッグがアリアの手から石を取ると、アリアの手から離れた鉱石は光るのをやめ、まるで奴隷時代に運ばされたクズ石になる。
この石が光っていたのはアリアの手に残っていた精霊の力の残滓に反応していたようなもんか。
「じゃが昔、王国ではその聖剣をスキルなしで使えるようにする計画があってな。その計画で作られたのが先ほどの剣、歴代最高の鍛治師と謳われた我が祖先、ビブル・ウラッグの作った聖剣と同じ性能を持つ人工聖剣『ヴェノム』じゃ。」
つまり、さっきのはスキルなしでも使えるいわば聖剣もどきのようなものか。
確かにまだ未完成とも言えるアリアの聖剣でもあの強さだ、真似ができるならするだろう。
だが、あれは聖剣とは程遠い存在に見えたが。
ウラッグは話を続ける。
「スキルで高位の精霊を剣に宿す聖剣に対し、あの剣は精霊達を封印し、強引に力を引き出させることによって性能を発揮する剣でな、そこに精霊への敬意などら勿論なく、使用するにあたっては多くの精霊たちが犠牲になったんじゃ。
そして、時が経つにつれ徐々に剣には人間の欲望と精霊の人間への憎悪が乗り移り自我が生まれたのじゃ。自我を持った剣はいつしか手にした者に膨大な力の恩恵を与えると同時に精神を支配し、血を求めて無自覚に人を殺す殺人鬼に変えてしまう魔剣となってしまったのじゃ。」
話を聞いたアリアは、顔を青くさせている。
まあ、そんな上手くはいかないわな。
力を与えると同時にそれ相応のリスクを与えるか、なかなかわかりやすくていいじゃねえか。
「まさかそんな物があったなんて……」
「隠してあったから無理もない、あれは危険じゃが触りさえせねば問題ないんじゃがな。」
「あ、じゃあもしかしてウラッグさんが王都への招聘に応じないのは――」
「うむ、こんな代物を王都に持ち込むわけにはいかんからなあ。まあ、ここが気に入ってるってのもあるが。この話はお前さんの親父さんから国王にも伝わっているはずなんじゃが、最近は知られてないのかよく頻繁に騎士が来るのう。」
「それは――」
アリアは何か言いかけたところで口を紡ぐ。
まあ大体察しはできる、つまり国王ではない別の者の命で動いているのだろう。
アリアが名前を出せない相手…王族関係といったところか。
「しかし、お前さんが壁をすり抜けた時は焦ったぞ。」
「俺だってすり抜けられるとは思ってみなかったが、魔法が壊れてたのか?」
「いや、わしらにはちゃんと機能しておったぞ、お前さん魔法を無効化にするスキルでも持っているんか?」
「スキルどころか魔力自体持っていない、俺は無能だからな。」
「なんと!いや、それならばわかるか。」
そういうとウラッグも見慣れた反応を見せるが、嫌な顔はせず、何故かその言葉に納得した様子を見せる。
「どういうことだ?」
「あれは元々魔法を防ぐ結界の応用として作られたもの、人間の中にあるマナを通さないことで行く手を阻む物なんじゃが、無能には効果がないようじゃの。」
つまり、無能だから魔法が機能しなかったのか、これは今までにない例だな。
「無能だからこそ通じない魔法もあるんだな、」
「そんなもん探せばいくらでもあるわい、無能はそれ自体がスキルのようなものじゃからな、例えば鑑定のような体や魂にかける魔法は通じるが生物のマナにかける魔法やスキル、さらには毒もあるからそういうものには一切通用せん。」
へえ、それは面白い話を聞いた。
もしその魔法が事前に分かれば、敵と相対するときの駆け引きなどにも大いに役立てられる。
やはり無能も捨てたもんじゃないな。
「さて、話も終わったところでワシはそろそろ作業に移るとするかの。」
「え?今からですか。」
気がつけば時間はもう夕刻を過ぎ始めている。
「あ奴らのせいでまだ準備もできていなくてのお。今から進めれば明日には完成するじゃろう。お前さんらもあやつらと村で出会すのも辛かろう。今日はここに泊まっていくとといい。」
ウラッグはそう言い残すと、工房のほうへと戻っていった。
「……えーと、私たちはどうしましょうか?」
「とりあえず今日は言葉に甘えたらいいんじゃないか?明日のことは明日決めればいい。」
と言うことでその日はウラッグの言葉に甘え、そのまま家に泊まることにした。
アリアは工房に籠るウラッグに夜食なども作っていたようだが、作業に集中していたのかウラッグは工房から出てくることはなかった。
――その夜
「クソ!あのメンデス家の小娘め、男爵の娘の分際で我らの仕事を邪魔しおってからに、こんな気分じゃ酒も不味くなる。」
近くの村で滞在している騎士の一人、デービス・ブラハムはジョッキを一気に飲み干しそのままテーブルに叩きつけると貸切状態の酒場におおきく響き渡る。
「仕方ありませんよブラハム様、メンデス家はノーマの家系と同じく元平民家系です、我ら、特にブラハム様のような由緒正しき貴族とは違いまだ平民の血が残っているのでしょう。」
「それに酒がまずいのはこのど田舎の店の酒が不味いだけですよ。」
「ハハハ、そうだな。」
部下の騎士の言葉に少し気を良くすると、
デービスはジョッキをカウンターに投げつけ、次の酒の催促をする。
「しかし、本当に魔剣なんてあるのでしょうか?」
「あるさ、お前らは聞こえなかったのか?あの魔剣の声が」
「声ですか?」
付きの騎士たちは顔を見合わせて首を横に振る。
――やはり私にしか聞こえてなかったようだな、つまり私は魔剣に選ばれたということだ。
「よし、明日もう一度工房へ行く。メンデスがいても関係ない!ドワーフを殺してでも魔剣を見つけ出すぞ!」
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