第53話 グランデル
――数日前
――何故だ、どうして私がこんな目に……
グランデルは今陥っている自分の状況を唯々嘆いてた。
自分は今、傷だらけの裸体を晒し両手両足を縛られ、目隠しをされまま、数日間床に放置されていた。
事の発端は一週間前だった。
子供の誘拐に雇っていた賊たちが捕まり、自分の行いが領主カルタスに知られ拘束されるも、繋がりのあったブリット子爵とガバスの根回しにより解放されたグランデルは、いつもの生活に戻りつつあった。
コレア・カルタスが死に新領主となった娘のマリスは、ブリットたちの策略によりその評価をどんどん地に落としていた。
タイミングを見計らい、また人攫いの奴隷稼業を再開しようと着々と準備を進めていた、そんな時だった。
使用人のメイドからガバスの使者が来ていると連絡が入った。
その使者を名乗った男は顔をフードで隠し、非常事態が起きたからすぐに指定の場所に来てほしいとだけ言うとそそくさと去っていった。
自分の表向きの仕事は雑貨屋で奴隷稼業の事は使用人たちは誰も知っておらず、内容が内容だけに人気のないところで落ち合う事も別に珍しい事ではなかったので、グランデルは何の疑いもなく指定された場所へと向かった。
しかしそこでグランデルは後ろから何者かに後頭部を殴られるとそのまま気絶し、気が付けば両手手足を縛られ、目か隠しをされた状態で袋に入れられ荷馬車で運ばれていた。
そして次に袋から出された場所は陽の光の届かないどこかの地下室だった。
袋からずさんに放り出されると、グランデルは顔を上げ袋から出した相手を睨む。
だが、そこにいたのは意外にもこんな薄暗い場所とはところには似つかない一人の少年だった。
――紺色の髪に紅の瞳、顔だちも悪くない、売れば高くつきそうなガキだな
こんな状況にもかかわらずグランデルはつい、いつもの癖でその少年を見るや値踏みをする。
一方少年は、拘束され倒れ込むグランデルをジッと見下している。
「ドーチェス・グランデルだな?リンドンに住む富豪商人で、表向きは雑貨を主要にした大きな商会を持つごく普通の商人だが、裏では賊や犯罪者集団から攫ってきた人間を買い取り、非特定の場所で売りさばき活動している、違法奴隷商人。」
「ふん、なんのことだがわからんな。」
少年が読み上げるように言った自分の情報にグランデルは鼻を鳴らし、強気な態度で否定する。
「お前の事は大体調べはついている、ここ最近巷を騒がせていた子供行方不明事件にも関わっていたこともな。」
「その話なら犯人はリンドン領主のカルタスと言う事で話はついている。私を捕まえたのも奴が罪を擦り付けるためにでっちあげたものだ、今さら追及したところで変わらんぞ。さあ、わかったらっささっと解け。」
「ああ、表向きはそう言う話で決着したんだったな、まあ表の事情なんて俺にとってはどうでもいい事だ。」
グランデルの言葉に少年は本当に興味なさそうにする。
「その件に関して
「仕事の話だと?貴様のようなガキが何様のつもりだ!……そうか、さては貴様はスラムのガキだな。どうせワシを攫って金をせしめようとしてるのだろうがそうはいかんぞ!わしの裏には貴族がついている、貴様らのようなゴミなど簡単に潰せるのだぞ?」
相手はまだ子供、少し脅せばビビるだろう、そんなことを考えての脅しだったが……
「……ずいぶんと舐められたもんだな?」
少年は自分の言葉に大きなため息を吐く、そして一瞬の間が空いた後、お腹に強烈な痛みが走ったかと思うと、グランデルはそのまま壁まで叩きつけられる。
「ガハッ、き、貴様……」
「生憎、自分の置かれた状況もわからない馬鹿と話をするつもりはない、少し教育してやる。」
そういうと、少年はその赤い瞳で見下しながら近づくとグランデルに対しひたすら殴る蹴るの暴力を奮った。
少年はグランデルが気を失わないように的確に痛めつけ、謝ろうが悲鳴を上げようが止まることなくそれは小一時間続き、終わった頃には叫ぶ余力すらなくなっっていた。
そしてグランデルは手足を拘束されたまま身ぐるみをはがされ、更に目隠しをされた状態にされると近くにあった牢屋に放り込まれる。
そしてそのまま数日間放置されることになる。
――何故だ、これが今までの報いだというのか……
この身動きの取れない時間はグランデルに色々な事を考えさせた。
グランデルは元はごく普通の奴隷商人だった、貧困に悩む村人の家族や町やギルドから犯罪者を買い取り、国公認の奴隷市場で売り稼いでいた。
しかし村人から買えるのはいつも動けない老人や、無能や黒髪と言った訳ありのばかりで、買い手がつきにくく言い値では売れない、犯罪者などはもってのほかだ。
拠点を持たず各地を転々と渉り生活苦にならない程度に稼いで生活していたがある日、転機は訪れた。
ある時グランデルは旅の途中でモンスターにでも襲われたであろう壊滅した村を見つける。
何か金目のものはないか、壊れた家を漁っていく中、グランデルは生き残りと思われる一人の少女を見つけた。
恐らく親はもう死んでいるだろう、このまま放っておけばこの子供も恐らく死ぬ、容姿が良ければ引き取りも考えたが特に目立った所のない少女にグランデルは興味が沸かなかった。
善人であれば近くの街まで送り、教会にでも預けるくらいはしたであろうが、そんな善意はグランデルは持ち合わせておらず、目ぼしいものもない事からそのまま素通りしようと考えてたが、そこでふと思いとどまる。
このまま放っておいてもこの少女はどうせ野垂れ死ぬだろう。ならば奴隷として売った方が有意義になるのではないか?そう考えたグランデルは、怯える少女を捕まえ奴隷市場へと流した。
そして出たのは驚きの結果だった、特に何の特徴のない少女だったにもかかわらず、普段売っている奴隷の十倍の買値がついていた。
それに味を覚えたグランデルは、それからと言うもの売っても問題のないような身寄りのない子供を探したがそう簡単には見つからず、各地の村を転々とし警戒の薄い子供を見つけては攫って売りに出すようになった。
しかし、小さな子供達ばかりを売ってばかりでは徐々に怪しまれる、公業の奴隷市場で売るには限界があった。
そんな時だった、ブリットが声をかけてきたのは。
ブリットは滞在しているの町の領主で一見評判のいい領主だったが、裏では貴族達をターゲットにした違法奴隷だけの奴隷オークションを開いていた。
ブリットはグランデルに対し、オークションの商品となる子供を集めてくる直属の奴隷商人になるよう言うと、その見返りとして裏で動くための偽装用の商会をもらい更に、兄コレアの失墜を目論むガバスからはカルタス領地で動けるよう拠点をもらった。
おかげで、グランデルはこの数年間で多くの子供達を攫っては売っていた。
「どうだ?少しは落ち着いたか?」
……今までの出来事を振り返っていると、声をかけられ目隠しが外される。
朦朧とした意識で見た少年の姿にグランデルは酷く怯えた、その姿はまさに今まで攫って売ってきた子供達を代表するような姿だったからだ。
「……随分汚しちまったな、まあ見慣れてるがな。」
少年は数日間の放置により、汚れた床を見ながら呟く。
「わ、わしが悪かった……もう悪い事はしない……全て白状するから助けてくれ。」
グランデルが力ない声で謝罪をする、だが少年はその謝罪を鼻で笑った。
「悪いが初めに言ったようにお前の罪なんかに興味なんかねえ、お前が俺の知らないとこで何しようが俺には関係ないからな。」
「じゃ、じゃあ何をすれば……」
「……ようやく耳を傾けるようになったか、これで俺はお前と
少年は、その言葉を待っていたかのように笑みを浮かべるとしゃがみ込んでグランデルに目線を近づける。
「俺は今、とある人物の依頼でブリッツ潰すために動いている。」
「ブ、ブリッツ様を……」
「だが、動くにも準備するにも金が必要だ。そこでだ、お前自分の命、いくらで買う?」
「なっ⁉」
「おっと、先に言っておくが、俺は今のところお前を殺すつもりはないぜ?その逆だ、お前の命を守ってやるって言ってるんだ。」
「ど、どういうことだ?」
「簡単な話だ、お前は今、命を狙われてる、それもお前の雇い主にな。」
「ま、まさか……」
少年の言葉にグランデルは目を大きくする。
「ば、馬鹿な。私が死ねば奴隷の確保が難しくなるのでは?だからこそ私を助けたんじゃ……」
「うぬぼれるな、お前みたいなやつ探せばいくらでもいる、お前を助けたのはお前がカルタスに余計な事を話さないよう遠ざけるためだ。そして、もうそれも必要は無くなったという事だ。」
少年の言葉をグランデルは未だ信じていないが、ブリッツの事を知っているグランデルとしてはそれを否定できずにいた。
「まあ、信用するしないはお前次第だ、だが、今家に戻ればきっと殺されるぞ?」
「……」
「そこでだ、ここで俺が匿ってやるよ。その代わり、活動資金の提供と、お前の持っているブリットの情報をすべて渡せ。こちらの仕事が終われば無事解放してやるよ。」
「そ、それは私にブリッツ様を裏切れと?」
その問いに対し少年は何も言わない。
「も、もし断ったら……」
「現状俺がお前にどうこうする理由はない、が、もしお前が向こう側につくという事になるなら……俺が貴様を殺る理由もできるという事だ。」
「ひ、ひい⁉」
少年が顔に当たる寸前まで拳を振り下ろす、それだけでも今のグランデルには十分な脅しとなる。
「……さて、そろそろ来客に備えて、ここを綺麗にしなければならねえんだ、てめえも少しその間じっくり考えな。」
「え?いあ、待っ――」
何か言おうとするグランデルを無視して少年はグランデルを再び袋に入れると部屋の壁に立てかける。
そしてグランデルはそこからマリスが訪れるまでの数日間を袋の中で過ごすことになる。
暴行を受け、拘束され、そしてこの数日間を飲まず食わずでいたグランデルの心身は完全に疲弊しきっていた。
「資金提供、勿論してくれるよな?」
「わ、わかった、なんでも言う事を聞くから、もうやめてくれ!」
もはやグランデルに断る選択は残ってなかった。
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