第91話 魔剣と聖剣
時間は少し遡り、ティアとアリアが鍛錬に熱中している頃、不在状態となった工房には第四騎士団の三人が訪れていた。
「……誰もいないようですね」
「それは好都合だ、またメンデスの小娘がいたら面倒だったしな。」
「しかし本当にあるのですか?」
「あるさ。俺には聞こえるんだ、魔剣の声がな……さあ探せ!」
デービスの指示と共に三人が工房の中を荒らし始める。
「……それらしきものは見当たりませんね。」
「でも流石名が知れた鍛冶師だけあって魔剣じゃなくてもいい剣はあるな、へへへ、これも大儀のためだ折角だしもらっとくか。」
そしてそれから三十分程時間が経ち、大方荒らし尽くしたところで騎士たちは一度手を止める。
「やはりどこにもありませんよ?」
「いや、声は確かに聞こえる……ここからだ。」
そう言って、デービスは何の変哲もない壁に触れる。
「ここから聞こえる。」
「え?でもここには何も――」
デービスはそのままその壁に向かって魔法を放つ、そして壁が崩れ去るとその中から剣が置かれた小さな部屋が見つかった。
「ハハハ、やっと見つけたぞ。」
「……まさか、本当にあるとは。」
驚く二人をよそにデービスは部屋の中に入ると、いかにも危険な封印が施されている剣に近づいていく。
――……ヲ……ヨコセ……
「やはり俺を呼んでいたのはお前か。」
「なんか本当にヤバそうですけど大丈夫なんですかね……」
「大丈夫さ、なにせ俺は魔剣に選ばれし者だからな。」
デービスは自らを選ばれし者と名乗り、部下の忠告を無視して魔剣を手に取る。
すると魔剣が放っていたオーラがデービスの体を包み込んでいく。
「おお、これが魔剣……ハハハ、これは凄いぞ!握っただけで力があふれてくる、これなら聖剣使いにだって遅れ、を……」
「……デービス様?」
高笑いをしていたかと思うと、急に無言になり立ち尽くすデービスを不審に思い部下の一人が声をかけながら歩み寄る。
「……を……ヨコセ」
「へ?」
「血を……ヨコセ……憎き人間の血ヲォ!』
――
「あの眼、正気じゃないな。」
剣を持った男の眼はまるで薬中の奴らのように視点が定まっておらず、息を切らしているそしてこちらに気づくや今にも襲い掛からんばかりの形相を浮かべる。
「あの方は危険です。ここは私に任せて、ティアさんは下がってください。」
そう言ってアリアが俺を守るように前に出ると、光の剣を作り出しそのまま魔剣を持つ男へ突っ込む。
男の間合いに入る到達時間は一秒も満たないほどの速度だったが男は繰り出されたアリアの攻撃をいとも簡単に弾き返す。
「なっ⁉」
受け止められたことに驚きを見せたアリアがすぐさま男と距離をとる。
『ヒヒヒヒ、サア血だ、血をヨコセ。』
声には男の声ともう一つ別得体のしれない声が混じって二重に聞こえてくる、
男は不気味な笑みを浮かべるとアリアへ襲い掛かる。
アリアも同じように聖剣で受け止めるが、力負けしてそのまま後ろへ吹き飛ばされる。
「一体何事じゃ!」
騒ぎを嗅ぎつけたウラッグが部屋から出てくると、半壊している工房と今の状況を見るや戸惑いを隠せずにいる。
「こ、これは一体……」
「まあ色々あってな、アレを抑える方法を知らないか?」
男と戦っているアリアのほうを親指で示すとウラッグもすぐに状況を理解した。
「こ奴ら、まさか魔剣に触れたのか。」
「そのようだ。」
「愚か者どもめ!あるとすれば、魔剣を持った男から剣を取り上げるくらいじゃ!」
やはりそうなるか、だがそれは容易なことではない。
アリアとの戦いを見ていればわかるが魔剣を持った男の動きは尋常じゃない、男の元の実力は分からんが今の時点では人間離れした動きを見せている、それについているアリアも凄いが力に関してはアリアに分が悪い。
そして少しずつだがアリアの動きが鈍くなっている。
「ハァ、ハァ、なんだか、力が……」
「いかん⁉魔剣が聖剣のマナを吸収しておる!このままでは嬢ちゃんが力尽きるのも時間の問題じゃ!」
「ならどうする?」
「うむ……実力的にはほぼ互角じゃ、ならばこの聖剣を使えば互角以上に渡り合えるかもしれん、しかし……」
ウラッグが完成した新しい聖剣を見せるが、言葉の歯切れが悪い。
「何か問題でもあるのか?」
「この聖剣にはまだ精霊の加護がついてはおらん、いわばただの剣じゃ。これを聖剣として扱うにはこの剣で精霊と再契約をせねばならんのじゃ。」
精霊と再契約か、だが今はとてもそんなことできる状態ではなさそうだな。
「精霊との契約するまでどれくらいかかる?」
「それは、分からん。」
「そうか……仕方ない、あんたのとこの剣を借りるぞ。」
そう言って俺は散らばった剣をいくつか袋に詰め込む。
「それは構わんが、なにをするつもりじゃ_」
「時間稼ぎくらいなら俺でもできる。」
「無茶じゃ、魔剣相手に普通の剣では剣ごと叩き切られるぞ、それに奴は魔剣の力を得ておる。無能であるそなたが相手にするなど――」
「大丈夫だ、あの男の動きは速いが、ただ見境なく振り回してるだけだ、あれなら避けるくらい俺でも何とかなる。それに無能の俺ならマナを吸い取られる危険もないしな。」
先ほど拾った集めた剣の中から短剣を取り出すと、タイミングを見計らい男の背後めがけて投げつける。
やはり簡単に防がれたが、二人の戦いに水を差すことはできたようだ。
「ティアさん?」
「アリア、俺が時間を稼ぐからお前はいったん退いて新しい聖剣で精霊と再契約をしろ」
「新しい聖剣⁉……ですが、それではティアさんが――。」
「大丈夫だ、時間稼ぎくらいならできる。」
「しかし……いえ、わかりました、どうかお気をつけて。」
アリアが俺の指示に従い後ろに下がると、男もそのままアリアを追おうとするが、大剣を振り降ろしその間に強引に割って入る。
『……』
「やっとこっちに目を向けたな。さて、女の尻を追っかけてるところ悪いが、少し野郎にも付き合ってくれや。」
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