第92話 殺意

 魔剣憑りつかれた騎士が、獣のような唸り声を上げながらこちらに敵意を向ける。

 相手がこちらを意識したところで、俺は動くのに邪魔な大剣を捨て手軽な片手剣に切り替える。


 と言っても俺から何かすることはない。

 俺の役目は戦うことではなく、あくまで時間稼ぎ。アリアから注意を逸らせればそれでいい。

 この片手剣は相手に俺を意識させるためだけのいわば飾りだ。


 だが、それであっさりられてしまっては意味がない。

 ウラッグ曰く、魔剣相手に普通の剣ではまともに太刀打ちできず、もし剣で攻撃を防ごうとするものなら、その剣ごと真っ二つという話だ。

 それ以前に無能の俺ではあの攻撃を剣で受けとめることすらままならないだろう。


 ただでさえスキルがない俺は通常の剣の重さで振るわなければならないのに、アリアと互角に渡り合う剣捌きの男とでは話にならない。

 だから回避に徹する必要がある。


 俺は剣を構えたまま向こうの出方を待つ、そして男が動くと同時に後ろに飛び、しゃがむ。

 横に振りぬかれた魔剣が俺の髪を掠めると、その時点で次の回避へと移る。

 向こうの動きに瞬時に反応し一歩先を読んで動き、避ける。

 それくらいしないと間に合わない。

 もしこれが剣だったなら避けるのすら難しかっただろう。


 ……前世にあった敵対勢力との大規模な抗争は俺の中にあったある才能を伸ばした。

 事故、毒、そして銃弾……ごくごく当たり前の日常の中に溶け込んだから自分の身と親のたまを守り生き抜いた時間。

 その時に培った殺意を察知する能力は俺が裏で生き抜き、トップまで登り詰める大きな要因ともなった。

 そしてそれはこの世界でも生かされている。


 魔剣こいつはいわば殺気と憎悪の塊のような物だ、その存在感に俺の中に刻まれた危険察知能力が最大限に働き、剣に触れることを全力で拒む。


 少しでも掠めれば即死、そう感じさせられるほどの殺意との戦い、その時間は長いのか短いのかわからない。

 そうしたやりとりに体は高揚し、実力の限界まで引き出される。

 だからこそ避けられる。


 ――


「……なんじゃ、あれは……あ奴は本当に無能なのか?」


 ウラッグは目の前で行われている魔剣を持つ騎士と青い髪色の少年の戦いに目を疑う。

 魔剣の力は見るより明らかだが、それに対し避け続ける無能の男も異常である。


「無能と呼ばれる方は、一般の人より生まれつき身体能力が人より高いんです。」

「いや、それは知っているが、これほどのものなのか?」


 恐らく憑りつかれている騎士自体はさほど強くはない、しかし男が身に纏っている魔剣から出るオーラには身体強化の効果があり強化されているはずだ。

 そんな相手にスキルも魔法もなし、生身の体だけで攻撃をかわし続けてるその身体能力ステータスは尋常ではない。


「これが、無能……」


 ただ効かない魔法があるだけが特徴だと考えていたウラッグはティアと魔剣の男との戦いをただ茫然と見ているだけであった。


「わからないのも仕方ないです、無能の方は珍しいだけでなく、魔法もスキルも使えないため戦闘をしようなんて考える人もいませんでしたから。でもティアさんはそんな無能という自分の立場に縛られることなく普通の人々と同じように今日までを堂々と生きてこられたんです。……きっと中にはその立場で酷い仕打ちを受けたこともあったでしょう、それでも屈することなく自由に生きてきた、だから凄いんです、あの人は。」


 アリアは目を輝かせながら誇らしげに語ると、手に持つ光り輝く剣を天へ仰ぐように掲げた。


「さあ光の精霊よ、私に力を貸してください、あの人を助けるために……」


 ――


 精神を最大限にまで研ぎ澄ました魔剣との激しい攻防の時間は、恐らくまだ5分も経っていない。

 しかし体感している時間はもう何時間も避け続けている感覚になり、体からは尋常ではないほどの汗が流れている。


 しかし、向こうにも変化が見られ、徐々に動きが鈍ってきている。

 恐らく魔剣の力を使っている事もあって男自身の体力は激しく消耗しているのであろう。

 それに関しては俺と戦う前にやりあっていたアリアとの戦いが大きく影響しているのだろう。


 今なら反撃もできそうだが、普通の剣では太刀打ちできないだろうし、やはりここは無難にこのままでいるか。

 ……いや、そういえばのが一つあったな。

 それが通用するかはわからない。

 だが、このまま逃げっぱなしってのも癪だ。


 ……試しに使ってみるか。


 俺が回避の動きを止めると、その隙を見逃さず男は勢いよく突っ込み剣を振りぬく、それに対し俺は袋から取り出したもので受け止めにかかる。


「⁉」


 剣が石にぶつかるような音が響く。

 男が振り下ろした剣は俺の持つ竜の鱗によって受け止められている。

 流石の魔剣も竜の鱗を斬るのは簡単ではなかったようだな。

 そして力勝負では負けていない、俺はそのまま押し切ると、剣を弾きそのタイミングで男の腹目掛けて蹴りを入れる。

 相手のみぞおちに綺麗な前蹴りが決まると男はそのまま後方へ吹き飛んだ。

 だが、すぐさま立ち上がる。


「ギギイ、ガガガ。」


 それなりに効いているようだな。言葉にはなっていないが憎しみがさらに増しているのがわかる。

 だが、怒っているところ悪いが俺の役目はここまでだ。


「あとは任せた、アリア。」

「任されました。」


 鬼の形相で突っ込んでくる騎士に後ろから颯爽と登場したアリアが新しい聖剣で魔剣を受け止める。

 その剣は今までの剣とはまるで違う神々しさでまばゆく光っている。

 聖なる光の影響かマナを奪っているはずの魔剣を持つ騎士の顔が歪み始めている、アリアはそのまま聖剣で押し切ると大きく振りかぶった。


「我が聖剣の力を見よ!光聖斬!」


 アリアが剣を振り下ろすとあたり一面が真っ白になるほどの光が周囲に広がる。

 ……そして徐々に光が消えあたりが見え始めると、そこには倒れた騎士の男とそのそばに魔剣が地面に突き刺さっていた。


 

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