第93話 魔剣の代価

「終わったか。」

「みたい……ですね。」


 魔剣が男の手元から離れ、動かなくなったのを確認すると、アリアは緊張の糸が切れたのかその場で膝をつく。

 斯く言う俺も思っていた以上に疲労がきていたらしく、アリアに釣られる形で腰を下ろした。

 こいつに比べれば大したことはしていないというのに、何とも情けない話だ。


「お前さんたち、無事か?」


 戦いが終わった事を見計らい離れた場所から見ていたウラッグがこちらに駆け寄ってくる。


「はい、なんとか。」

「そうか、二人とも、本当によくやってくれた!」


 ウラッグが嬉しそうに俺たちの背中を何度も叩き喜びを露わにする。

 ウラッグは魔剣を管理していたものとしてこの一件に責任を感じていたのかもしれないが、幸い怪我人こそいるものの、死人は出ていない。


 アリアはある程度体が動くようになると、すぐに騎士達の手当てを始める。

 こんな奴らを治す必要があるのかと思いもするが、アリアに対してそんなこと考えるのは今更だろうな。


 ……アリアが見せた聖剣の力、あれは俺の前世の経験や知識でどうにかなるものではなかった。

 この先アリアと対峙するかはともかく、俺がこの世界で生きていく中であのような力を持った奴らと戦うこともあるかもしれない。

 やはり俺個人でどうにかできるのはここいらが限界か……

 治療も終わり、ひと段落したところで三人で改めて突き刺さった魔剣を見る。


「で、この剣どうするつもりだ?」

「うむ、やはり同じことが起きぬように厳重に保管したいところじゃが……」

「どこに、そしてどうやって……ですよね。」


 触れれば憑りつかれて体を乗っ取られる、かと言ってこのまま、というわけにもいかないだろう。

 二人が魔剣の処遇についてどうするか話し合い始める、まあこの件について俺が口を出す必要はないだろう。

 しかし……


『……コセ……』


 ……また、脳内に微かに声が聞こえてくる。

 これは恐らく魔剣の声だろう、アリアたちには聞こえていないようだ。

 あの男もこの声に導かれて魔剣を手にし、そして憑りつかれた。

 本来なら無視するべきだろうが……


 俺は重い腰を上げて立ち上がると、二人が話している間に魔剣の元へ行く。

 魔剣は戦場後に残された剣のようにポツンと地面に突き刺さっている。

 聖剣と同様の力……か。


「……意識を乗っ取られるというのはどういう気分なんだろうな。」


 俺は取っ手を持つとそのまま地面から魔剣を引き抜く、すると剣から突如黒いオーラが発生し俺の体に纏わりつく。


 これは……


『……クルシイ…クルシイヨ……』

『イタイ……タスケテ……』

『ユルサナイ……カナラズコロシテヤル……』


 魔剣から溢れ出るオーラから憎悪と苦しみが伝わってくる

 これは恐らく、犠牲になったという精霊たちの声だろう。


 その痛み、苦しみ、絶望がまるで自分の事のように脳内に流れこむ。

 成程、これが魔剣の力の要因か、怒りや憎しみは力を引き出す感情の一つ、そしてこれほどの人間への憎悪を刻み付けられれば手にした者が見境なく人を斬りつけるのも頷ける。


『……キサマ。マナヲ持タヌ人間カ?」


 先ほどまで掠れたような声だった魔剣の声がはっきり脳内に響く。


「だったらなんだ?」

『……ちからガ欲シクナイカ?』

「力?」

『ソウダ、ワカルゾ、貴様モマナヲモタヌ故ニしいたゲラレテ来タノダロウ?|奴ラニ復讐スルちからヲ、我ガ与エテヤロウ。』


 魔剣の囁くような声が脳内に流れる。


「……それはあの聖剣よりもか?」

『……アア、モチロンダ、マナヲ持タヌ貴様ニモ使エルちからダ。』

「生憎復讐に関しては今のところ間に合っている、だが力は欲しい……何をすればいい?」

『ククク、話ガ早イナ……血ダ、憎キ人間ノ血ヲ我ニヨコセ。チョウドココニ人間ガイル、ソノ人間ノ血ヲ……』


 ……


「ティアさん⁉」

「おぬし何故魔剣を⁉」


 気が付けば魔剣を持つ俺を見て二人が慌てて駆け寄ってくる。


「こいつが語り掛けてきたんだ、人間の血が欲しいってな。」

「なんじゃと⁉」


 驚く二人の前で軽く剣を振る。


「へえ……」


 他の件とは違い片手でも簡単に振れてしまう、これが普段のスキルがある奴らが剣を持っている感覚か。

 俺はそのまま片手で剣を構える。


「ティアさん、まさか⁉」

「いかん、こ奴も魔剣に――」


 俺は試し切りをするように魔剣を振り下ろす。

 すると魔剣はシュッっと風を切る音と共にいとも簡単に腕を切り落とした。


「お、おぬし、何故……」

「ティ、ティアさん……どうして……どうして自分の腕を⁉︎」


 二人が自分で斬り落としたを見て青ざめているが、今はそんなことはどうでもいい。


「なるほど、軽く傷つけるつもり程度だったが、いい斬れ味じゃねえか。」

『貴様、ナゼ自ラノ腕ヲ……』

「血が欲しかったんだろ?力をくれるんだろ?ならそれ相応の血をやらんとな。この俺の血をくれてやったんだ、精々気張って働けよ?」


 この世界で初めて使った人間離れした力に自然と笑みが零れる。

 魔剣の声が聞こえないこいつらには今の俺は怪奇的に見えるだろう。

 アリアは少し呆けた後、すぐさま俺に回復魔法をかける、傷口は見る見るうちに塞がり出血は止まるが流石に落ちた腕をくっつけるほどの力はないらしい。

 ま、片腕くらいなくてもどうでもいいさ、それ以上の力が手に入るならな。


「それとも、これじゃあ不服か?」

『……ククク、クハハハハハ、オモシロイ!我ニ宿ッタ憎悪ヤ苦シミヲ物トモセズ受ケ入レ、ちからヲ得ルタメニ自ラ代価ヲ差シ出スカ!マナヲ持タヌ者ヨ、名ハナントイウ?』

「今はティア・マットと名乗っている。」

『ホウ、懐カシキ邪竜ノ名ヲ名乗ルカ、イヤ、、貴様ハ我ちからヲ何ノタメニ使ウ?』

「剣は斬るためのものだろ?それとも杖替わりにでも使ってほしいのか?」

「ククク、愚問ダッタナ。イイダロウ、タカダガ数十年ノ時間ダ、貴様ノ命ガ朽チ果テルマデ、我ガちからデ己ノ欲望ヲ存分ニ満タスガイイ』


 オーラが俺の切れた手の部分を包み込む、すると切り落とした部分から黒い腕が生えてくる。


「へえ、こんなこともできるのか。」

「魔剣のオーラがティアさんの手に変わった?」

「……ありえん、魔剣を従えたというのか⁉おぬしは一体……」


 感覚こそないが元の手足と同じように動かせる、そして念じれば消すことだってできる。

 いい力だ。


「この剣は俺がもらう、依存はないな?」

「……あるわけがなかろう。」


 初めとは予定が違ったがこうして俺は新たな力を手に入れた。



 そして翌日、アリアの手当てもあってか、怪我が治った騎士団の奴らが再び工房へとやってくる。

 ……ウラッグの罪状を持って。


「こんなの、おかしいです!どうしてウラッグさんが殺人未遂の罪なんかに――」

「おかしいことなどない、こやつが持っていた魔剣のせいで我々が危うく死にかけたのだ、これは十分罪に値する。よってこのドワーフは犯罪者として王都へ連行する。」

「それはあなたたちが勝手に――」

「どれだけ騒ごうがこれは決定事項だ、ちゃんと上にも報告し許可はとってある。このドワーフは犯罪者奴隷として王都で働き生涯を尽くして罪を償ってもらう。」

「しかし――」


 アリアは三人の騎士たちに必死で食い下がっていたが、それをウラッグの手が遮った。


「もうよい、嬢ちゃん。これもあんな魔剣を作ってしまった者の子孫としての報いかもしれん。」

「で、ですが――」

「それにもう魔剣あれについての心配はもうせんでいいしな、ここらで区切りかもしれん。」

「ウラッグさん……。」


 諭すように微笑みながら言うウラッグにアリアはそれ以上の言葉を失う。

 ウラッグは一度俺のほうを見たあと、素直に手を出し縄をかけられる。


「これよりこの罪人を王都に連行する。馬鹿な奴だ、素直に招集に応じていれば王都で裕福な生活ができただろうに……この俺たちを傷つけたんだ……楽に生きれるとと思うなよ?」


 騎士団たちは手荒くウラッグを引っ張り馬車に乗せると、村人たちに注目される中、村を出発した。

 残された俺とアリアはただそれを無言で見送るしかなかった。


「……やっぱり、こんなこと許されません、ウラッグさんは悪くない!私、上に掛け合ってみます、絶対ウラッグさんを助けて見せます!」


 俺にそう強く宣言したアリアは、後を追うようにすぐに村を出た。

 だが、残念だがあいつには止められないだろう。


 国としては、好待遇など金をかけて招集を試みていたウラッグを奴隷として働かせられる事ができるんだ、真実はどうあれこのまま知らぬふりをした方が得策だ。


 アリアが考えているほど世界は優しくできてはいない。

 お前が正義の名のもとにどれだけ人を助けようが、それはお前の正義であってこの国の正義ではない。


 今ある事実はこの社会では騎士団たちが正しくウラッグが間違っているという事だ。

 ……そして、その社会の裏に俺はいる。


 ――


 揺れる馬車の中ウラッグは目を瞑り、王都に着くのを待っていた。ウラッグは今年で七十になる、ドワーフとしては人生の折り返し地点と言ったところだがやりたい事は大体やり尽くしていた。大きな未練はない。


 ただ一つ、気になることがあるとすればあの魔剣を手にした少年の事だ。

 アリアの友人ということで特に警戒していなかったが魔剣を従えるなど普通ではない恐ろしい危険性を秘めているように思える。

 だが、それでも何故か魔剣を託すのに自分の中で異論は出なかった。


 ――ガシャン!


 順調に走っていた馬車が突如大きな揺れと共に止まる。


「な、なんだ貴様ら?我々が王国騎士団と知っての……ぎゃあ!」

「く、クソ、下劣な奴らが――ひ、ひい⁉お助け――」

「待て、金ならやるだから命は――がはっ!」


 外の騒がしさにウラッグは顔を上げる、すると扉が開き、目の前に血まみれの剣を持った若き青年が立っていた。


「よう、あんたがウラッグっていう鍛冶師だな?」

「な、なんじゃ、お前さんは?」

「うちの大将があんたを呼んでいる、悪いが一緒に来てもらうぜ。」

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