第148話 平和

「全く!何なのよあの女は⁉」


 今日一日を終えたアーシェ・グスマンが寮部屋に帰ってくると、早々にテーブルに置かれてあるお気に入りのカップを怒り任せに薙ぎ払った。

  昨日から始めたマティアス・カルタスを潰す計画は、わずか半日で潰えてしまった。


 本当であれば集団無視から始まり、嫌がらせなどでジワジワと精神的に追い込み、自主退学させる予定だったが、一体どうやって調べたのか、マティアスはクラス全員分の情報を持っており、授業中に一人一人の秘密を暴露して、無視する者達に自分を強引に認識させていった。

 何とか止めようと他の生徒達と共に昼休みに呼び出し、脅そうとたが、そこでは思わぬ邪魔が入り失敗。それどころか皆の前で自分の浮気を暴露される始末だった。

 結果、午後からも暴露は続き、クラスは嫌がらせどころではなくなってしまっていた。


 特に午後から暴露された生徒の内容はかなり過激なものもあり、事実なら恐らく処罰されるものもいるであろう。

 そして、浮気を暴露されたアーシェも令嬢たちの仲で孤立する形になっていた。


「全くありえないわ!せっかくマンティス様のお目にかかるチャンスだったのに!」


 孤立した彼女にはマティアスをどうにかできるような力はない。

 グスマン家は伯爵家と言えど、メフィス家のように富豪でもなければ、お抱えの組織があるわけでもない

 精々下級貴族や派閥のトップであるマンティスの名を借りて周囲を動かすのが精いっぱいなのである。


「そもそもあの子たちもあの子達よ、たかだか遊びにムキになっちゃって……」


 アーシェは親指の嚙みながら怒りの矛先を令嬢たちに向ける。

 確かにつるんでいた令嬢たちの婚約者とも関係は持ってはいたが、である。

 にも関わらず、マティアスは具体的な相手と人数を濁したせいで、全員が浮気相手は自分の婚約者ではないかと疑いを持ち、関係のない者たちにも責め立てられていた。


「これも全部あの女のせいだわ!せっかく、巡ってきたチャンスなのよ!とにかくどうにかしないと……」

「いいえ、お姉さまは何もしなくて結構ですよ。」


 自分の独り言に、扉の方から聞こえてきた声が返事をする。

 振り返ると、扉の前にはアーシェの妹であるリーシェがメイドと一緒に立っていた。


「リーシェ!何の用よ⁈それに何もしなくていいって……」

「お姉さまが今日、クラスで派手に失態を犯したと聞きましたのでお見舞いに参りました」

「な⁉もう、別の学年にまで……」


 一つ下のリーシェが知っていると言うことは、少なくとも高等部には今日の出来事は知れ渡っていると言うことだろう。となれば他のクラスの仲間にも見放された可能性が高い。


「それと、これ以上、下手に動かれて我が家がのし上がるチャンスを逃したくないので忠告しに来たんですよ。」

「なんですって⁉なら、あなたはどうにかできるというの!」

「ええ、できますよ。」


 まくしたてるアーシェに対し、リーシェはきっぱりと言い切る。


「ああいう気の強い方にあんな陰湿な方法じゃ勝てませんよ?やるならあの気の強さを利用しないと……」

「……何か考えがあるの?」

「ええ、勿論。ですから暫くは大人しくしておいてくださいね、来週には終わってると思うので。」


 ――


 つまらん


 昨日行った暴露大会から一夜明けると、教室はいつもの教室に戻っていた。

 いや、以前とは少し違うところがあるな。


 皆平等がモットーな俺は、午後からも暴露を続け、きっちり全員の秘密を暴露しておいた。

 お陰で昨日は中々楽しめていたが、今日になるとその件で停学になった奴や休む輩が多くて、教室はずいぶん静かになっていた。

 首謀者の一人であった、アーシェ・グスマンがてっきり今日も仕掛けて来るかと思ったが、残念ながら今日はお休みのようだ。


 お陰で、以前よりも過ごしやすい教室になってしまった。


「つまらん。」

「つまらないに越したことはないでしょう。」

「そうそう、平和が一番だよ。」


 考えていたことを不意に口にすると、友人二人から反応が返ってくる。

 昨日距離をとるように言われていた二人だったが、それも一日で終わってしまったので、今日からまた一緒に過ごしている。


「でも意外だったわね、あの学長が正当に裁くなんて……」

「ええ、カール先生なんて公爵家の分家の方だから絶対処罰されないと思っていましたわ。」


 今停学を食らっている生徒の殆どは、それなりに爵位のあるものばかりなのだが、全員きっちり処罰を受けている。うちの担任であるカールは、男子生徒の一人から金を受け取り、その見返りとしてテストの答えを渡していたのだが、その事を俺が男子の事を暴露すると、誰かが学長に告げ口したらしく、現在その生徒と揃って謹慎中のようだ。


「このまま帰って来なければいいのにね。」

「もう、アルテったら……」


 ルナも苦笑しながらも否定はしない、二人も色々言われていただけに不満はあったようだ。

 二人と団らんと過ごしていると、一人の女子生徒がこちらに向かってやってくる。


「マティアス・カルタスさん!」

「あなたは……確かフラワーさん。」

「フランソワですわ!」


 そうだった、フラワーというのは俺が脳内でつけたあだ名だったな。

 こいつは昨日二時限目で暴露した女子で、自分を主人公に見立てたオリジナル小説を書いている少女だ。

 イケメン全員に好かれたりと、凄く都合のいいような物語ばかり書いているのでお花畑フラワーと呼んでいた。


「それで、何か御用ですか?お花畑さん」

「お、おは……」


 間違えた。


「そ、それよりもですわ。あなた、ロミオ様とはどう言う関係なの?」

「ロミオ?」

「ロミオ・ベーシス先輩の事だよ。」

「ああ、別に?ただの知り合いですけど」


 向こうは友人と言ってたけど、まあいいか。


「嘘おっしゃい!あなたが二人っきりで街の喫茶店入っていた事は多数の令嬢が見てるんですわよ!」


 そのフラワーの言葉に、静かだった教室がざわつく。


「たかだが、二人で茶シバいたくらいで大袈裟でしょ。」

「ち、茶をシバ?」

「……お茶をしただけよ」

「ロミオ先輩はね、複数の女性の行く事はあっても、女性と二人っきりでお茶に行くことなかったの、ただの知り合いな人と二人でいくわけないわ!」


 成程、あの男、あの見た目で意外とそう言うところはしっかりしてたんだな。

 そう言えば、前もそんなこと言ってたな。


「本当なら私が行く予定だったのにぃぃ」


 フラワー奇声を上げながら地団太を踏む、頭の中の妄想ではどうやら自分がそのポジションにいたようだ。

 少し悪いことをしてしまった。

 その後何度も弁明したが聞きいれてもえず、変な噂が広まってしまった。まあ、それも週末になればその噂も消えるだろう。

 今週の休日は、エマとデートだ。プランの中にはそこも予定に入っている、下見で言っていたと言えば何とかなるだろう。

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奴隷の帝王~無能な奴隷に転生した最強ヤクザの最底辺からの成り上がり~ 三太華雄 @551722a

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