第96話 ビビアン・レオナルド

 ビビアン・レオナルドは一人自室で頭を悩ませていた。

 今からニヶ月ほど前、ビビアンが管理を任されている街、ヴェルグに根城を築く五大盗賊ギルドの一つ、『黒き狼』が壊滅した。


 犯罪者組織の壊滅は普通であれば悪いことではないが、五大盗賊ギルドそれぞれから多額のを受けていたビビアンにとっては一つの組織が無くなることは大きな痛手となっている。


「さて、どうしたものか。」


 机に置かれた通信機を見ると、青白く光り反応を見せている。

 誰かがこの通信機を使ってビビアンに連絡を取ろうとしているようだが、その相手も大方予想はついている。

 このまま取らない訳にもいかず、ビビアンは軽く咳をして声を整えると、通信機越しでもわかるほど遜った口調で応答する。


「はい。こちらビビアン・レオナルドです。」

『やあ、ビビアン君、僕だよ。』

「おお、これはアボット様。ご無沙汰しております。」


 通信機から聞こえてくる若い男の声は予想していた通りの人物の声だったが、ビビアンは白々しい反応で対応する。


『君も、元気そうで何よりだ。』

「ええ、これもたるアボット様のお陰ですよ。」

『フフッ』


 ビビアンはアボットが喜ぶ言葉を強調し機嫌を取る。


「そ、それで今日はどういうご用件で?」

『ああ、実は少し気になることがあってね。』

「気になることですか?」

『ああ、ここ二ヶ月ほど前から家へ寄付金が随分減っているように思えるんだが、これはどういうことかな?』


 ――やはり来たか。


 大方予想していた通りの要件だ、しかし今は言い訳が見つからないのでビビアンは正直に説明する。


「ええ、実は最近いつも多額の寄付金を収めてくれていたが一つなくなりまして……」

「ふーん。それじゃあさ、に寄付金をもっと要求すればいいんじゃない?」

「そ、それは……」

『どうせその団体とやらは僕達にビビって逆らえないんだしさ、うちの名前を使ってちょっと脅してやれば靴でも舐めるでしょ。』


 ――そんなわけないだろ!


 ビビアンが心の中で叫ぶ。


「ハハハ、確かにそうかもしれませんが、しかし、今後のことを考えると少し厳しいかと――」

『……ビビアンはさあ、誰のおかげで今もこうして生きていられると思ってんの?』

「それは……」

『そう、君があの大失態を犯しながら、今もこうして生きているのはこの次期当主たる僕、アボット・が父上に進言したからだよねえ?』

「……はい。」

「あの能無しな兄達じゃあ、有能な僕が次期当主なのは確定だと思うけど、それでももっと父上からの評価を上げたいからさ。だから、僕のためにももっと死ぬ気で稼いでよ。それじゃあ。」


 それだけ言い残すと、通信は途絶えた。


「クッソオオオオオオ、あの若造がああああ!」


 通信が切れたのを確認すると、苛立ったビビアンが机に向かって勢いよく腕を振り下ろす。


「何が有能だ!何が次期当主だ!ただ正妻の息子で、私から金を毟り取ってるだけではないか!」


 ビビアンが怒り任せに何度も机をたたく。

 アボット・ノイマンは自分の親族であり、国の三大貴族と称されるノイマン公爵家の三男に当たる男だ。

 年齢は二十代前半と若く、上にはそれぞれ母親が違う二人の兄と姉が一人いるが、正妻の息子である自分こそが次期当主になると疑わない。


 確かに上の子供たちはそれぞれの事情で後継者としては不十分かもしれないが、だからと言ってアボットが次期当主に確定されるほど優秀というわけではない。


 アボットが家に入れているお金は全てビビアンが稼いだお金であり、これは元々自分の懐に入っていたお金だった。

 この街は十五年前に魔石島を管理するため、アボットの父親にして公爵家の現当主であるバルデス・ノイマンが手に入れた街だ。

 そしてその際に街の管理を任されたのがノイマン家とは親戚にあたるレオナルド伯爵家の次男、ビビアンだった。


 十五年前、パーティーで話をしたことある程度だったバルデスに突如、ヴェルグの街の管理を任されることになった。

 特にこれといった秀でているものもなくいったい何を評価されたのか分からなかったが、このチャンスを逃すまいとビビアンはその話を二つ返事で承諾した。

 バルデスの要求は魔石のみで、それさえしっかり納めていれば、それ以上のことは言ってくることはなかった。

 なのでビビアンは言葉通りヴェルグの街を好き放題していた。

 住民から多額の税を巻き上げ、金さえ払えば犯罪も見て見ぬふりをした、しかし公爵家の領地という事もあって国から何か言ってくることもない。

 一時期ヴェルグは無法地帯の街と化していた。


 そしてそんな噂を聞きつけやってきたのが、後の五大盗賊ギルドと呼ばれる五つの組織だった。

 五大ギルドはそれぞれが別々の目的としてこの街にやってきて多額の寄付金を収め、ビビアンはそれを自分の懐に収めてその組織を見て見ぬふりしていた。

 全ては順調だったのだ……あの事件が起きるまでは。


 今から二年ほど前、自分が管理を任されている魔石島で奴隷たちが兵士を殺して脱走するという事件が起きた。

 すぐに死んでいなくなる奴隷の管理が面倒で奴隷の烙印を押すのを怠ったのも災いし、逃げた奴隷の足取りもつかめず、その噂は瞬く間に世間に広まった。

 ノイマンの名を汚したビビアンは命を持って責任を取らされそうになったが、そこをアボットの提言により救われたのだった。


 お陰で今もこうして町の管理を任されているがそれ以降、ビビアンはアボットに逆らうことはできず、自分に入っていた金は全てアボットへ毟り取られていた。


 ――確かに命を救われたのはありがたいが、これではただの奴隷ではないか。


 そして要求は日に日にエスカレートしている。

 今盗賊ギルドから受けとっている寄付金はギルドと交渉の際に、お互い合意した上での金額だ。

 それを何の理由もなく上げれば当然反発されるだろう。


 アボットは盗賊ギルドたちが、自分たちの下についていると思っているようだがそうではない。

 向こうはそれ相応の金を払いこちらは対価として居場所を提供する、お互い利害があるからこその対等の関係である。

 そして向こうにとってヴェルグはいい環境の場所というだけで、必須な場所でもない。

 もし、今の関係を破棄しギルドを国に売ったとしても向こうは代わりの場所に逃げ込むだけだろう。

 そして暗殺者を送り確実に自分を殺しに来るだろう。


 だからこれ以上要求すれば自分の命が危ない。


 ――ならばどうする?


 黒き狼の納めていた金額は町の税を上げるだけではまだ足りないだろう。


 ――……そういえば、黒き狼の後に入ってきた奴らはどうだ?


 まだ小さい組織で現在闇市を開き稼いでいるようだが、一応寄付金を収めているようなので特に気にしていなかった。

 話では黒き狼の後に来た組織ではあるが盗賊ギルドと関わりがあるというわけでもない。

 それなら問題はないだろう。


 ――この組織に黒き狼と同等、いや、それ以上の金額を納めさせるしかないな。


「よし、そうしよう。」


 ビビアンが手を二度叩く、するとどこからともなく仮面をかぶったピエロの格好をした男が姿を現した。


「キヒヒ、どうかなされましたか、ビビアン様。」

「街に増税の御触れを立てろ、そして竜王会という組織に兵を派遣しろ。」

「竜王会にですか?キヒヒ、了解しました……これは面白いことになってきたな。」


 ピエロの格好をした男が最後に何やら小さくつぶやいた後、再び姿を消すと部屋は再び静かになる。


「とりあえず、これで少しはなんとかなるだろう。しかし、竜王会か、よくわからない組織だが今後も良い金づるになってくれそうだな。」


 弱者は強者に逆らえないそのことを身をもって知っているビビアンは今後の竜王会の使い方を考え始めた。

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