第95話 行方不明

「ウラッグさんを連行した第四騎士の馬車がまだ来ていない?」


 それはウラッグを助けるため、早々と王都へ帰還したアリアが兄のアルバートから受けた予想外の報告であった。


「ああ、話によれば村の出発を最後に、第四騎士団の団員達と連絡が途絶えているらしい。王都までの間に通る町でも目撃されていないという話だ。」

「という事はなにかトラブルが?」

「その可能性が高いな、しかし問題はそのトラブルが何なのかということだ。」


 アルバートはアリアと話をしながら訓練所にある案山子を標的に見立てて剣を振る、手に持つのは木剣だが、その剣捌きは今にも案山子を真っ二つにしてしまうように見えるほど綺麗な太刀筋だ。


「盗賊か、モンスターに襲われたとかでは?」

「騎士団が使用する馬車には魔物除けの効果のある香水と王国騎士を示す紋章がついている、村から王都までのルートで魔物除けが効かないほどのモンスターがいたという報告は受けていないし、わざわざ賊が騎士団を襲うようなリスクのある襲撃を冒すとは考えられない。そもそも馬車も遺体も見つかっていないんだ、騎士団たちが死んでいるのかさえ分からない。」

「わ、私、もう一度村に戻って道を辿りながら探してみます。」

「駄目だ。」

「え?」


 許可が出ればすぐにでも飛び出しそうな勢いで告げたアリアだったが、兄からのまさかの不許可の言葉に思わず聞き返す。


「今回の件について今一番疑われているのは何者かがウラッグ殿を助けたのではないかという事だ。そして我々はその容疑者の候補でもある。残念ながら我々は調査に参加することはできない。」

「そ、そんな……」

「そんなもんほっとけばいいでしょう。」


 二人の会話に外から低い男の声が割って入ってくる。


「レーグニックさん……」

「上の奴らが恐れているのは、あんたが持っている古代魔道具アーティファクトによって団員たちのウラッグ殿に対する所業を知られることでしょう。誰が言い出したかは知らないが奴らが魔剣を手に入れようとしていたことなど他の第四騎士団の連中も知らなかったはずだ。だからあんたには調査をさせたくないんでしょう。」


 レーグニックの言葉にアルバートは木剣を振る手を止めると、二人のほうに体を向ける。


「だとしてもだ。向こうの言い分に一理あるのも事実、ウラッグ殿と最も関りがあるのは我らメンデス家、そして同時刻にアリアがいたという事だ。」


 アルバートの真面目な回答ににレーグニックは呆れた様子を見せると、今度はアリアのほうに目を向ける。


「で?お前はどうするんだ?」

「え?」

「このまま上に従い調査はしないのか、それとも無視して独断でウラッグ殿の行方を捜すのか。」

「わ、私は……」


 アリアは俯き言葉を探す、しかし今のアリアにはどちらの選択もすぐには出せなかった。


「まあいいさ、俺には関係のない話だからな。精々ウラッグ殿が生きていることを願うだけだ。」


 そう言い残すとレーグニックは早々と訓練所を出ていった。


 ――……やはり、私は駄目ですね。聖剣を手に入れたからと言って、自分の意思を貫く勇気はまだ身に付いていないようです。


「こんな時、ティアさんならどうするでしょうか?」


 アリアは空を見上げながら尊敬する友人のことを思い浮かべた。


 ――


 日が沈んだ頃ヴェルグのアジトへと帰ってくると、俺はアジトの前に騎士団の馬車が止まっているのを確認すると、中へ入る。

 時間が時間なだけにアジトの中では仕事終えた奴らが各々で自由に過ごしていたが帰宅した俺の姿を見るや、全員が一斉にこちらに注目する。


「あ、あなた、どうしたの?その腕……」

「ていうか、なんだそのヤバい魔力を放つ剣は⁉」

「ハハハ、腰にとんでもねえもんつけているじゃねえか。」


 理由はそれぞれ違うが、俺の新しく変わったものに対しなかなか良い反応を見せてくれる。


「まあ、お前らも色々聞きたいことはあるだろうが話は後だ、ウラッグはどこにいる?」

「ああ、あのドワーフなら二階の部屋に閉じこもってるぜ、そういや念のため一緒に持ってきた騎士の奴らの遺体はどうする?」

「身ぐるみ剥いだ後、顔を潰して近くの森に捨てておけ。そうすれば、あとは自然が処理してくれる。」


 俺は指示を出すと、ウラッグのいる二階の部屋へと向かった。

 部屋に入ると、中ではウラッグがベットに腰掛け酒瓶を片手に一人で飲んでいた。


「随分寂しい晩酌だな、下にはバーもあるのに。」

「フン、悪党どものいる場所で飲んでたら折角の酒が不味くなるからの。」


 ウラッグは正常なのかやけ酒でもしているのか、酒瓶を一気に飲み干すとそのまま床に置く。

 足元には空となった瓶が大量に並べられていた。


「……その髪色、お前さんが最近話題になっている貴族殺しだな?」


 ウラッグが髪色を戻した俺を見て言う。


「へえ、流石に知られるようになってきたか。」

「何もないあの村じゃあ、手配書も立派な肴になる。お前さんの手配書はここ最近金額が跳ねあがって少し話題になっていたからな。」


 なるほど、ギルドのない村で手配書なんか無縁だと思っていたが、そういう意味でも酒場に手配書を張る意味はあるんだな。


「お前さんが来るまでの間に他の者からお前さんの事は大方聞いている。それで、わしに何の用じゃ?善意や同情などで助けたわけではあるまい。」

「単刀直入に言う、俺たちのために武器を作ってくれ。」

「断る、理由はどうであれ貴様らの様な悪党に打つ剣などないわ。」


 そう言って、ウラッグはまた一本酒瓶を開ける。


「……俺たちが悪党か。」


 ウラッグの言葉に小さく笑う。


「悪党っていうならあんたも同じだろ?」

「なにぃ?」


 悪党と言われたのが気に入らなかったのか、ウラッグは赤くなった顔でこちらを睨みつける。


「知っているか?今、世間ではあんたは騎士団を襲った悪党であり、魔剣を強引に奪い暴れたあの騎士団は悪党に襲われたただの被害者だ。そんな世間が決めた善悪で物事を考えるつもりか?」

「そ、それは……」

「世間の決めた善悪は一度置いておいて、まずは損得勘定で俺の話を聞いてみないか?」


 ウラッグは反論の言葉を探すも出なかったのか少し悔しそうな表情を見せた後、酒を置き無言でこちらに体を向けた。


「あんたの武器は素人の俺から見てもかなり優秀だ、売れば金になるし使えば力になる。それを使わない手はない、だからあんたには俺たちのために武器を作ってもらう。勿論それ相応の金も払うし必要なものがあるなら手配しよう、仕事上問題がなければ邪魔者も排除してやる、あんたはそれで酒を買うなり人を助けるなり好きにすればいい。どうだ?」

「……もし、断れば?」

「別に何もしない、ここを出て好きに生きればいいさ。ただ、あんたはお尋ね人だからな、元の生活には戻れないだろう。まあ、罪に意識があるなら善人らしく出頭でもすればいいさ。」

「……少し時間をくれ。」


 そういうとウラッグは三日ほど部屋の中に籠った後、以前の鍛冶場と同じつくりの工房と、部屋の中に酒樽を一つ要望した。

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