第9話 お礼

 森の外へ出てから一夜が明けた。

 行く当てのない俺は今、この先にあると言われている町を目指して一人歩いている。


 正確な場所などはわからないが、森を出ると直ぐ側に人の手の行き届いた道が続いていたのでそのまま道なりに進んでいる。

 どのくらいで着くのかなんて見当もつかないが、まあ別に急ぎのようでもないからな、今はこの自由を満喫しながら気ままに目指すとしよう。

 そんな楽観的な思考で町まで歩き出した。


―― 


 ……それから二日後、ようやく目的の街が見えてきた。


 思っていた以上に距離があった。どうやら俺はこの先にあると言われて、近いところにあると勝手に勘違いしていたようだ。

 実際は森から町までの間に何もないだけで距離は途方もなく遠かった。


 島で奪った兵士の服は途中で脱ぎ捨てた、理由は悪目立ちしすぎるからだ。

 町へと向かう途中に俺の前から何度か馬車が通り過ぎたが、その際に俺の方を凝視していた。


 まあ、無理もないだろう、こんな兵士の格好をしたやせ細った小汚い男が一人で歩いていたら誰でも注目するだろうしな。


 少し勿体ない気もしたが俺は昔ながらの奴隷の格好に戻って足を進めた。

 まあ、この格好はこの格好で目立つが、傍から見ればただの奴隷だからな、白い眼で見られてはいたが特に不審には思われていなかったようだ。

 大方俺一人徒歩で歩かされて他は先に馬車で向かったと思われていたのだろう。


 おかげでその後は人目を気にすることなく歩けた。

 朝から晩までひたすら歩き、夜になれば道端で眠り、そして日が昇ればまた歩き出す。

 飯など食っていないが空腹にはとっくに慣れている。

 夜は野犬のようなやつに襲われた時もあったが、軽く蹴り飛ばしたらすぐさま逃げていった。


 そんな二日間を過ごして俺はようやく町が見えるところまでたどり着いた。

 まだ距離はあるが、どんなにゆっくり歩いても今日中には着く距離ではある。


 俺はちょっとした達成感に浸りながらのんびりと足を進めた。

 ……しかし、町まであと数分という距離まで近づいたところでふと立ち止まる。


 遠めからじゃ気が付かなかったが、街の周囲は壁で囲まれていて、入り口となる大きな門には兵士が二人立っている。

 何で町に門なんかがあるのかと心中で不満に思っていたが、モンスターなんているこの世界じゃおかしくないかとすぐに自己解決する。


 しかし、問題はそこじゃない。

 俺は奴隷だ、元ではあるがこの格好は今も奴隷の格好だ。


 そんな、俺を兵士達は簡単に通してくれるだろうか?

 まあ、無理だろうな。


 通行人なら少し変に思う程度のことでも衛兵となればそうはいかない、色々なことを根掘り葉掘り聞かれて怪しいと思われればすぐにムショ行きだ。

 そうなってしまえば今までの苦労も水の泡になるだけだ。

 

 ……さて、どうするかな?

 隙をついてこっそり侵入するのもいいが、島のように警備は緩くないし見つかると後々面倒だ。


 出来れば後ろから来る馬車に忍び込んで入るのが得策だろうが、馬車など来る気配もない。

 とりあえず中に入ってしまえばあとはこっちのもんなんだが……

 どうするかを立ち止まって考えていると、何やら向こうから兵士の一人がこっちにやってくる。


 どうやら俺に気づいたようだ。

 表情を見るにとても友好的には思えないな、恐らく町の近くで立ち止まっていたのを不審に思ったのだろう。

 兵士は近くまでくると、厳しい口調で尋ねてくる。


「貴様、奴隷だな?こんなところで何をしている?」


 さて、どう答えたらいいものか。

 脱走してきたなどと正直に言えるわけもないし、とりあえず適当な嘘で誤魔化すか。


「先に馬車でこの町に向かった主人の後を追いここまでやってきたのですが……」

「ほう、後から奴隷が来るなんて話は通ってないが……その主人は誰のことだ?」


 そう言って兵士はリストらしきものを取り出す。


 チッ、やはりこんなんじゃ誤魔化せないか……、

 島の兵士とは違いここの兵士は勤勉のようだ。


「おい、何とか言ったらどうだ?」


 次の言葉が出てこず言葉をつまらせていると、兵士もだんだんこちらに不信感を募らせていく。


「……怪しいな、ちょっと詰所まで来てもらうぞ。」


 兵士の手が俺の腕まで伸びてくる。


 どうする?ここは一旦引くか?

 流石にただの兵士に手を出すわけにもいかない。

 だが、ここで引いたら次は入るのが更に難しくなるだろう。


 とりあえず、今は従っておくか。

 兵士の詰め所は幸い門の近くにあるようだし、隙を見て町の中に逃げるとしよう。


 見た限りそこそこ大きな町だ、一旦潜ってしまえばそう簡単には見つからないだろう。

 俺が連行されながら新たな脱走計画を立てていると、門の前まできたところで、なにやら町の方からこちらに向かって女性の声が聞こえた。


「あ、いた!」


 声のした方を見ると一人の少女がこちらへ駆けつけてくる。


「良かったあ、見つかって。」


 そう言って彼女はあたかも知り合いのように接してくる。

 庇ってくれているのだろうか?とりあえず成り行きを見守ってみる。


「君はレクターさんのところの、この奴隷は君のところのか?」

「はい、盗賊に襲われた際に離れてしまったようで。すみません報告を忘れていて。」

「いや、君のところのことは話を聞いている。色々と大変だったようだし仕方がない。」

「ありがとうございます。ほら、行くよ。」


 少女は俺の手を掴むと、そのまま街の中へと入っていった。


――


 少女に手を引っ張られながら俺はしばらく街中をを歩く、街の中は様々な人で賑わっていて、俺と似たような格好の奴隷も珍しくはなかった。


「……さてと、ここまでくれば大丈夫ね。」


 そう言うと少女は俺の手を放す。


「すまない、助かった。」


 俺は少女に対し礼を言う。


「ううん、先に助けてもらったのはこっちだから。」


 そう言って彼女がこちらに振り返る、よく見るとその顔には少し見覚えがあった。


「ん?あんたは……」


 俺を助けたのはこの前、森でエッジたちが襲っていた馬車にいた少女だった。

 俺がその事に気づくと、彼女はニコリと笑う。


「良かった、覚えていてくれて。衛兵に捕まっているのを見た時はまさかとは思ったけど、無事だったんだね!」


 そう言って彼女は俺の手を取り再会を喜ぶ。

 

「私はマリー・レクター、父と母と一緒に行商の旅をしているの。あなた、名前は?」

「さあな、物心ついたときには奴隷やってて、名前で呼ばれたことがねえからわからん、好きなように呼んでくれ。」


 そう説明すると、マリーと名乗った少女は少し申し訳なさそうにしながらも納得する。

 簡単に受け入れるところをみると、こういう奴隷はきっと他にもいるのだろうな。


「えーと、じゃあ、今は奴隷さんで。それで奴隷さん、せっかくだしこの前のお礼をしたいんだけど一緒にご飯でもどう?」

「お礼?」


 その言葉に眉を顰める。


「うん、ほら、この前森で助けてくれたじゃない?その時のお礼をしたいの、パパとママもすっごい感謝してたし言えばきっと賛成してくれるわ。」


 まあ、あの男は最後までこちらを気にしていたようだし彼女の言う通り反対はしないだろう。

 だが、俺が納得しない。


「あれについては恩義など感じる必要ない。元々も迷惑をかけたのはこっちの方だ、むしろこちらが詫びなければならない。」


 自分の身内が迷惑かけていたのを助けて、礼をしてもらうなどと、そんなマッチポンプのようなことは出来やしない。


「ううん、それでも助けてもらったのは事実だからお礼させて欲しいな。……それに、あなた、ノイマン伯爵のところの脱走奴隷でしょ?」

「知っているのか?」

「うん、ちょっとここ最近噂になっているからね、伯爵の奴隷たちが全員逃げ出したって。伯爵は面目を保つため隠してるみたいだけど。」


 それは朗報だな、わざわざ大人数で逃げ出した甲斐があったってもんだ。


「そのことは隠してるから追手が来ることはないと思うけど、今の格好じゃ、今後何かと不便でしょ?だから食事と一緒に服と体の汚れを落とすお風呂くらいは用意しようと思うのだけどどうかしら?」


 それは今の俺にとっては非常に魅力的な提案ではあった。

 飯はともかくこの格好では一人じゃろくに街も歩けないし、何より何をするにも金がない。


 ……しかしそれでもあんなマッチポンプのような事でお礼をされるのは俺の中の仁義に反する。

 だが、現状困っているのも事実だ。


「……やはり、前の一件のお礼と言われてもその厚意は受け取れない、だからそれは別の借りという形で受け取っておこうと思う。」

「うーん、よくわかんないけど、それでいいか。」


 その提案で彼女は渋々ながら納得する。

 そしてそうと決まると、俺はマリーに連れられて町の奥へと進んでいった。

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