第8話 降参


 エッジ達の後を追っていくと、そこにはすでに他の奴隷達に囲まれていた一台の馬車があった。

 呼び来た奴らが話していた通り、その馬車の側には持ち主らしき気の弱そうな男と、その男の家族と思われる女性と少女がいた。


「みろ、酒と食料だ。」

「へへへ、女もいるぜ!しかもどちらもかなりの上玉ときたもんだ」


 見たところ何の変哲もないごく普通の商人だ。

 元々盗賊をやっていた奴隷達はともかく、他の奴隷達は怯える女性二人に対し少し罪悪感を感じているようだった。


 元は普通の村人だった男達だ、中には同じように妻子のいた奴もいるはずだ。

 だがそれでも、ずっと男だらけの場所にいたこともあってか、久々に見た女の姿に唾を飲み込む奴もいる。

 まあ無理もない、男だらけの場所で隔離されていて更に二人とも、奴隷達の言う通りなかなかの美人だ。


 母親の方は綺麗な金髪に整った顔立ちをしていて、まだ十分な若さを保っており、とても大きい娘がいるとは思えない。

 そして少女の方は父親から譲り受けた紺色の長い髪を後ろに束ね、母親譲り顔立ちに大きな瞳が特徴的だ。年は今の俺と同じくらいではあるが女としての魅力も十分ある。


「つ、積荷は全部差し上げますのでどうか妻と娘だけは!」

「駄目だ、積荷ももらって女も貰う。安心しろ、女は大切にしてやるよ、何せここにいる奴ら全員の相手をして貰わねえと、いけねえからな。」


 家族を守ろうと必死で許しを請う男を突き飛ばし、エッジ達は荷積みと怯えている二人の女に近づいていく。


「や、やめてください!」

「へへへ、安心しろ、二人とも後でたっぷり可愛がってやるからな」

「お母さん!嫌、離して!」


 嫌がる女性二人の腕を引っ張り、エッジの部下の奴隷達が無理やり連れて行こうとする。

 ……が、すぐに立ち止まる


「……おい、なんの真似だ?」


 行手を阻むように目の前に立つ俺に男二人が問いかける。

 俺は男の問いに答える事もなく、二人を睨み付ける。


「な、なんだよ、邪魔する気か!無能の分際で!」

「さっさと退けよ!」


 男の一人が強く肩を突いてくるが、俺はピクリとも動かずそのまま二人を睨み続ける。


「この野郎……」

「さっさと退けっつってんだろ!」


 次はもう一人の男の拳が俺の顔面に入る。

 ……が、それでも俺は表情一つ変える事なく、ただジッと二人を睨み続ける。


「なっ……」


 そして向こうが怯み、一歩下がったタイミングを見計らって、二人にそれぞれ一発ずつ拳をお見舞いする。


「ギャッ!」

「ぐがっ!」


 殴った奴等は小さな悲鳴を上げて地面に倒れ込むと、そのまま起き上がる様子もなく気絶する。

 何が起こっているのか分からず困惑する女性二人の方を一度見たあと、俺は突き飛ばされて地面に座ったままの商人に声をかける。


「おい、あんた。」

「は、はい……」

「こいつらの相手は俺がするからあんたは家族を連れてもう行け。」

「へ?」

「なんだと⁉︎」


 その言葉にエッジも反応するが俺は無視して、男と会話を続ける。


「え、でも、ほ、本当によろしいのでしょうか?」

「ああ、うちの奴らが迷惑をかけた、あんたらも怖い思いをさせてすまなかったな。」


 そう言って女性二人の方を見て非礼を詫びる。


「で、ですが。それじゃあ、あなたは……」

「俺の方は問題ない。」

「で、でも……」

「いいから、早く行け!」

「は、はい!」


 きつい口調で急かすと男は去り際に一度頭を下げたあと、最後まで心配そうにこちらを見ながら森の外へと走っていった。


「律儀な奴だな……さてと。」


 俺は改めて向き直す。

 目の前では怒りの形相を見せるエッジが立っている。


「おい……テメェ、一体どう言うつもりだ?」

「お前らがこの先どこで誰を襲おうが構いやしねぇ、だが、俺の目が届く場所でカタギを襲うことだけは許さねぇ。」

「カタギだあ?訳のわからんこといいやがって、ふざけてんのか?大人しく従ってりゃあ、テメェらにも女をまわしてやろうと思ってたのによ!」


 そんなに女に飢えているように見えたか?だとしたら滑稽だ。


「生憎だが、こんな汚え体で女抱くほど盛ってねえよ。」


 エッジの誘いを一蹴すると、エッジはまるで沸騰したやかんの様に体をプルプルと震わせる。


「カッコつけやがって、お前は腐っても脱走の立役者だから多少の無礼は目を瞑ってやろうと思ったがもう許さねぇ、それ相応の覚悟はできてんだろうな?」


エッジの言葉に残りの部下四人が前に出て来て俺の周りを囲む。


「死なない程度に痛めつけてやれ」

「「「「へい!」」」」


部下たちは勢いよく返事をするとつるはしを手に身構える、そして一人が動き出すのを合図に四人が一斉に襲いかかってくる


前方の男が勢いよくつるはしを振り下ろしてくると、それを上手く受け流し腹に蹴りを入れる。

そして怯んだのを見計らい、そのまま羽交い締めにすると、男を盾にして残りの奴らの攻撃を防ぐ


「ぎゃあ!」

「あ、しまった。」


仲間のつるはしによって盾にした男の意識がなくなると、男たちは動揺を見せる。

その隙に今度はその男を持ち上げ他の男に向かってそのまま投げ飛ばす。


あっという間に二人が倒れると、残りの二人は思わず一歩後退する。

その弱気の姿勢を見逃さす、俺はそのまま続けて残りを二人を殴り飛ばした。


「す、すげえ……」


あっという間に武器を持った四人を素手で倒すと、ギャラリーと化した他の奴隷達から驚きと称賛の声があがる。


「う、うるせえぞテメエら!」


そんな奴隷達の声をエッジは一蹴すると、俺を睨み付ける。


「クソ、たかが無能の分際で……」

「この状況でもまだ無能とか言うんだな?」

「当り前だ!どれだけ腕っぷしが強くてもスキルを持ってねえことには変わりねえだろうがよ!」


エッジは、剣を取り出し俺に向ける。


「……なんのつもりだ?」

「無能はこの先、生きていても足手まといだからな俺が楽にしてやるよ。」

 

 つまり、俺のたまを取ろうってことか。


 ……おもしろい。


「いいのか?それを奮えば、もう後には引けねえぞ?」

「へ、今更お怖気づいたか?だが駄目だ、俺はめちゃくちゃ頭にきてんだ、謝ったって許してやんねぇよ!」


 俺から警告を前向きな解釈で捉え鼻で笑うと、エッジが持つ剣が淡い光に包まれる。


「へへ、どうだ?これが剣のスキルを持つ俺の力だ、俺が剣を使えばお前のバカ力なんて目じゃねえぜ」

「御託はいいから、さっさとかかって来い。」

「ぶっ殺す!」


 顔を真っ赤にしたエッジが俺に向かって勢いよく剣を振り上げる。

 光を放つ剣からは計り知れない力を感じ、当たれば少し危ないかもしれない。

 しかし、エッジの怒り任せの攻撃は動作が大きく避けるのはたやすい。

 俺は振り下ろしてきた剣を難なくかわし、エッジの背後に回ると後ろから肩を掴んでそのまま逆側に強く引っ張り関節を外す。


――グキリ


「があぁぁぁぁぁ!」


 肩の外れる音と共にエッジが痛みに悲鳴を上げると肩を押さえながらそのまま地面に倒れ込む。


「肩がぁぁぁ、俺の肩がぁぁぁぁ!」


 肩が外れた痛みにエッジは地面でのたうちまわる、


「どうした?痛いか?なら治してやろう。」


 そういって、今度は肩を踏みつけ強引に関節を入れる。


――グキリ


「があぁぁぁぁぁ!」


 肩が元に戻るとその際に生じた痛みにエッジが再び悲鳴を上げる。

 俺はエッジがもがいている間に手放した剣を拾うと、そのままエッジへと突きつける。


「ひっ!」


 剣を向けるとエッジは恐怖で叫ぶのを忘れ、腰を引きながら退がっていく。


「ま、待て、わかった、俺の負けだ、降参する。」

「……あ?」


 そう言って片方の手を上げ、降参の意を示すが、そんなエッジの顔面を容赦なく蹴り飛ばす。


「ぶぎゃ!」


 蹴ったエッジが転がっていくと、俺はそのままエッジに追い討ちをかけていく。


「負け?降参?お前ふざけてんのか?」


 倒れるエッジ体を何度も蹴りつけ、踏みつける。

 静かな森の中に打撃音だけが木霊する。


「言ったはずだ、剣を振るえば後には退けねぇって。人のたま狙っておいて、詫び入れりゃ済むと思ってんのかぁ!ああん⁉」


 エッジの体が痣だらけになるまで蹴り続けると今度は頭を踏みつけジワジワと体重をかける、エッジは声にならない悲鳴を上げてただひたすら許しを請う。

 そして、俺は再び剣をエッジの首元に突き付ける。


「ひ、ひぃ!だ、誰か、誰か俺を助けろ!俺はお前らののリーダーだぞ!」


 エッジが他の奴隷達に必死に助けを求めるが皆固まったまま動かない、いや動けないのだろう。

 まあ所詮はそんなもんだ。脱走の時と違って自分達が仕掛けたわけでも危害が及ぶわけでもない、そして自ら身を危険を挺してまで助ける義理なんてこいつ等にはない。

 唯一可能性のあった元々部下の奴隷達は気絶したままだ。

 

「ほ、本当に済まなかった!これからはあんたに従うよ!」

「……俺もずいぶん安く見られたものだ。俺にだって部下にする奴を選ぶ権利くらいある、そしてお前みたいな情けねぇ奴はお断りだ。」


 そう言って剣を振り上げるとエッジは震えながら頭を抱えて地面にうずくまる


 ……と、まあ、このくらいでいいだろう。


 これだけやっておけばしばらくは大人しくするだろうし、他の奴らにもいい見せしめになっただろう。

 それに流石この姿には、俺も呆れて殺意が薄れていく。


「ま、せっかく一緒に脱走したその日のうちに殺すのも気が引ける。」

「じゃ、じゃあ……」

「ああ、だから――」


――スパッ


「……今回は小指で勘弁してやる。」


 森一帯にエッジの今日一番の断末魔が響く中、茫然とした表情でこっちを見る奴隷達を置いて、俺は一人森の外の方へと歩いて行った。

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