第10話 異世界の洗礼

  マリーについていく形で俺は町の通りを進んでいく。

 出店で賑わう町中を通り抜け、少し落ち着いた場所に出ると、マリーはそこに建つベッドのマークの入った看板の店の前で足を止めた。


『大角の宿』


 どうやら宿屋のようだ。

 彼女はそのまま店の中へ入ると、眠たそうな顔で出迎える受付の女性に会釈し、二階の部屋まで行く。


「ここが私たちの泊っている部屋だよ。」


 マリーはそう言って、ただいまと挨拶をしながら同時にドアを開ける。

 すると部屋の中では森で出会った他の二人がそれぞれのベッドに腰をかけながら寛いでいた。


「おや、お帰りマリー……ってあなたは!」

「まあ、無事だったんですね!」


 二人は俺を見るや立ち上がり、歓迎ムードで出迎える。

 流石にここまで笑顔で出迎えられるとは思っていなかった。


「先日は、ありがとうございました。」

「いや、こちらこそ先日は迷惑をかけて、申し訳ない。」


 互いに対照的な挨拶を交わす。

 職業柄か子供に対しても遜った態度をとる大人と、子供ながら大人なぶった態度をとる俺の挨拶が、結果的に対等になっているのは見ている方は少し滑稽だろう。


 そして挨拶を済ませると、先に済ませたマリーを除いて三人で簡単な自己紹介にはいる。

 

 マリーの父親であるこの気の弱そうな男の名はジェームス、そして母親の方はエリザといい、マリーとエリザは行商人をしているジェームスに付き添い、三人で国内を転々と旅しているらしい。

 

 俺は名前がないのでマリーと同じような紹介をになる。

 すると反応はマリーと同様だった。

 母親の方は同情からか少し眉を顰める程度だったが、ジェームスの方は何故か名前を聞いたことを失礼と言って謝ってきた。


 訳が分からん。


 とりあえず互いに挨拶が終ると、マリーが早速二人に事情を説明する。

 すると二人は二つ返事で承諾し、一階の受付に追加の金額を払った。


 宿の風呂を利用するには宿泊が必須でこの店は一人一泊二〇〇ギル、

 風呂付の宿としては比較的に安く、三人はこの町に訪れた際は必ずこの宿で泊まるらしい。

 なので結果的に俺はそのまま寝床まで用意された形になった。


 マリーは支払いを終えたのを確認するや、すぐに俺をこの宿の浴場へと連れて行く。


 自分ではわからないがやはり臭っていたのだろう。

 なにせ十年分だからな、たまに降っていた雨により汗や汚れが落ちることはあっても臭いは取りきれない。

 俺はこの世界に転生してから初めて入る風呂で時間をかけて汚れを洗い流していく。


 それからおよそ一時間、湯船の中でゆったりと寛いだ後、俺は風呂から上がる。

  体の汚れは綺麗に洗い流れ、枯れたようにパサパサだった髪は潤いを取り戻す。


 痩せこけた体をタオルで拭き、そして着替えようとしたところでふと異変に気づく。


「……俺の服がない。」


 いや、あのボロの布切れを服と呼ぶかはわからんが、とりあえず俺が着ていたものがなくなっていて、代わりに新しい服が置いてある。

 まあ、別にそれならそれで困ることはない。


……それが男物ならな。


 俺が風呂から出たのに気づいたのか、マリーが扉越しで声をかけてくる。


「あ、もう上がったんだ。どう、さっぱりした?」

「ああ、十年分の汚れが落とせた、恩にきる。」

「それは良かった。」

「ところで、この服はなんだ?」

「え、何って新しい服だけど?」

「……何故女性用なんだ?」


 しかも下着まで。


「そりゃあ私のだもん。」


 何故そんなことを平気で告げられる。

 自分の服を男に貸して何とも思わないのだろうか?


「……お前の親父さんからは借りれなかったのか?」

「あなた、凄く痩せ細ってるから私のお父さんのじゃサイズが合わないよ。とりあえずこれからあなたの服を買いに行くから今だけそれ着ててよ。」


 つまり、この服を着て服屋まで行けということか……


……新手の拷問か?


 上着はピンクの色をした、いかにも女物の服で、下は裾が長めとはいえスカートだ。

 これを着るのははっきり言って奴隷よりキツい。


「断る。」

「どうして?」

「俺が男だからだ」

「大丈夫、ティアなら絶対似合うって。」


 何を根拠にそんなことを言うんだ?

 そもそも女性用に作られた物なのだから女性にしか似合わないだろう。

 まあ、似合う男もいるかもしれんな少なくとも俺ではない。

 そして、もう一つ。


「ティア?」


 先程俺に対してそう呼んだ様に聞こえた。


「うん、名前がないのも不便だから仮の名前を用意したの、名前はティアラで愛称はティア。」

「キラキラネームか!」

「でしょ?キラキラした名前だよね!」


 ドア越しのマリーの声色が上がる、褒め言葉という訳ではないんだがな。

 そもそもそれも女向けの名前だろ。


「どちらも却下だ。」

「そんなに嫌?」

「ああ。」


 それなら多少場違いだが前世の名前の龍雅と名乗り、奴隷の服を着ていた方が遥かにマシだ。


「んー、じゃあこれでこの前の森の一件はこれで貸し借りなしってことで。」

「……なに?」


 流石にその件の事を出されたら断る物も断れない。未遂とはいえカタギの三人を襲ったんだ。こちらもケジメは付けなければならない。


 しかし、それがこんな形でつけることになろうとは……

 一応エッジの指はあるがこんなもん渡したところで卒倒するだけだろう。


 ……いいだろう、俺も前世では裏社会を牛耳り、帝王と呼ばれていた男だ、身内の起こした不始末は恥を受けて償ってやる。

 俺は覚悟を決めると用意されていた女性物の服を着て外へ出る。

 すると、ドアの前で待っていたマリーから嬉しそうな黄色い悲鳴が上がる。


「……これで満足か?」

「うん!ティアなら絶対似合うと思っていたから。」


 悪趣味なやつだ、こんなガリガリの男の女装を見てなにが楽しいんだか……。


 まあいい、どうせ女装も服を買うまでの間だけで、名前もあくまで仮だからな。

 あらかたの物を揃えてマーカスの言っていたギルドとやらで金を稼ぎ、今回の支払いの倍額の金を返してそれでしまいだ。


 その後は自分で別の名前を名乗るとしよう。


「もういい、さっさと服屋へ行くぞ。」


 そう言って俺は一人先に街の外へと出て行った。


――


 先程宿屋に来る際に通った大通りに戻り、平民用の服が揃えてある服屋へと足を運ぶ。

 途中周りの視線が気になりはしたが、半ば開き直って堂々と歩いた。


 屈辱……只々屈辱だ……。


幸い距離も近く服屋にはすぐについた、しかし服屋に入ると俺は更なる異世界の洗礼を受ける。


「……誰だこれは?」


 服屋の中にあった大きな鏡に映る自分の姿に目をこしらえる。鏡に写っているのはまるで女のような顔をした童顔の少年だった。


「誰ってティアでしょ?」

「これが……俺だと?」


 自分の顔を手で触れてみれば鏡の中の少年は同じ動きをする、やはりこれが今の俺のようだ。

 肩まで伸びた明るい緋色の髪に、威厳のかけらも感じられない子供のような顔だち。辛うじて生えている生毛程度の髭で何とか男だとはわかるが、自分の想像していた顔とは大きく違っていた。

 しかも屈辱的なことに女物の服が似合っている。


 生きた年数から推定年齢は十五歳だと考えていたが、それにしては幼すぎる。

 前世の時はこの頃には十分大人として振る舞える程度にはなっていたぞ?


 俺はしばらく現実が受け入れられず鏡とにらみ合っていた。


 ……まあなってしまったものは仕方がない、まだ若いし、これから歳を重ねていけば少しは男らしくなる可能性はある。

 しかし前世のような一睨みで周りを委縮させるような威圧感は出ないだろうな。

 ならばせめて他は舐められないようにしっかり自分を貫くとしよう。


「本日はどのような服をお探しですか?」

「とりあえず、適当に男に見える服を見繕ってくれ。」


 鏡に映る自分と睨み合いながらそう注文すると、俺は店員の持ってきた男物の服をいくつか選び、その場で着替えて店を出た。

 マリーは少し残念がっていたが義理は果たした。もう女装する理由もねえ。


 その後宿に戻り、俺はきちんと掃除することを条件に部屋で髪を切る許可をもらい、エリザに散髪を頼んだ。

 借りを更に上乗せしてしまったが背に腹は代えられない。


 今のままでも似合うというマリーの言動に、嫌な顔を見せる俺の心情を察してくれたのか、エリザは男っぽく見えるように短めな髪に仕上げてくれた。


 まあ、少しは男らしくなっただろう。


 これで身だしなみが整い終わり、俺はレクター一家に連れられて町の食堂へと向かう。


 三人がこの街を訪れる際には必ず行く店と言うだけあって、店の中は客で賑わっていた。


 テーブルに料理が置かれると俺はこの世界で初めての料理を堪能する。

しかし……


「うぐっ!」


食べ物を喉に入れた瞬間、唐突な吐き気が襲い、むせ返る。


「ど、どうしたの?」

「……いや、なんでもない。」


俺は吐き出しそうなる食べ物を強引に胃袋に運び吐き気を紛らわせるために腹を強く殴る。


味は確かに美味かったが、体がそれを拒むように受け付けなくなっていた。


 それもそうか、生まれてまともな飯など食っていない体が初めて食べるまともな食事に対し反発しているのだろう。


いわゆる拒食症というやつだ。


 しかしだからといってこれから先、飯を食わずに生きていくことなどは出来ない。

 この痩せこけた体に肉をつけるためにも、強引に体内に取り込まねばならない。


 俺は吐き気と戦いながら用意された料理を全て平らげる。食後も何度も吐き気が襲ったがその度に腹を殴りやり過ごす。


そして食事の後は再び風呂に入った後、部屋のベッドへと潜り込んだ。


 今日は色々あってなんだかんだ、あまりこの三人とは話せていなかった。

 三人の事もこの世界の事も、聞きたいことは山ほどあったんだが……まあそれは明日にして、とりあえず今日は休むとしよう。


一つの部屋に四つのベッド、まるで家族だな。


 前世でも味わったことのない家族の温もりを感じながら俺はベッドの中で目を瞑る。

 なんだかんだで疲れていたのか、すぐに意識が遠くなるとそのまま眠りについた。

 

――


……そしてふと、目が覚めるとそこは眠った部屋ではなく真っ白な空間だった。

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