第11話 取引
……どこだ、ここは?
俺は辺り一面に広がる真っ白な空間を見回す。
そこは眠っていたベッドもマリー達もいなく、ただ延々と白が広がっていた。
いや、そもそも本当に目覚めているのか?
試しに体を動かしてみるが、体はちゃんと意思通りに動き、古典的ではあるが頬をつねってみるとしっかり痛みを感じた。
恐らくこれは夢ではない。
……そうなると俺はこの状況に少し身に覚えがある。
この状況は初めてこの世界で目覚めた時によく似ている。
あの時は何が起きているか全くわからなくて酷く動揺したもんだが、今ならその経験もあってある程度落ち着いている。
つまり、また転生したという事か?
いや、一応身体は現在のやせ細った体のままだ、ならば移動させられたのだろうか?
確かこの世界には転移や召喚と言うものがあるらしいからな。
色々な可能性を考える中、俺の前に突如上から眩い光が降りてくると、その光が一人の美しい女性へと姿を変える。
純金にも見えるほどの美しい金髪に、その髪を引き立てるほどの純白なドレス。
そして、男なら思わず見惚れてしまう事を仕方ないと思えてしまうほどの顔立ちはまるで有名な美術品でも見ているような感覚でこの世のものとは思えないほどの神々しさもある。
実際この世ものではないのだろう。
女性はじっと観察する俺に対し、ニコリと微笑みかける。
「初めまして、レイス・マットさん。と言っても本当は今回で二度目なのですけどね。」
「レイス・マット?」
女性はその容姿にふさわしい綺麗な声で聞き覚えのない名前を呼ぶ。
「あなたがこの世界で生を授かった時に付けられた名前ですよ。まあもう長いことその名前で呼ばれていないようなので、わからないのも無理ないですが。」
そうか、やはり俺にも名前があったんだな、まあ果てしなくどうでもいいが。
「それを知っているという事はあんたが俺をこっちの世界に呼んだのか?」
「はい、私は生を司る女神エルトナ、あなたに前世の記憶をもたせ転生させたものです。」
エルトナと名乗る女はあっさりと認める。
女神なんて本当に存在したのだな、今更驚きはしないが。
「ここはどこだ、また別世界か?」
「いえ、ここは私の作り出した空間であなたには意識だけをこちらに呼び出しました。五感も一応繋がっているので感覚はありますが、実際のあなたはベッドで寝ていますよ」
「そうなのか。」
女神というだけあって何でもありだな。
「で?その女神様が今更なんのようだ?」
「ええ、実はあなたに取引を持ち掛けに来たんです。」
「取引?」
一体なんのだ?
「はい、そのことについてですが、まずお話しする前に一度、あなたがどういう経緯で記憶を持ったままこの世界に転生してきたのかを説明しておかなければなりません。」
俺が記憶を持ったまま転生した理由か。
……それは少し気になるな。
「なら説明してくれ。」
「わかりました、ではお話しさせてもらいます。実は今回のあなたの転生は、あなたの前世の行いに対しての償いなのです。」
だろうな、もし何か意図があるとするならそれ以外しか思い浮かばなかったからな。
「あなたの前世、久我龍也はあまりに罪を重ねすぎました。若い頃から武闘派ヤクザと呼ばれ暴力を奮い、そして巨大極道組織の会長に就任してからは、組織を動かし裏社会と言われる違法だらけの世界を取り仕切っていました。
生涯で逮捕されたのは若い頃に起こしたいくつかの暴行事件と身代わりの逮捕だけですが、実際は知られていないだけで暴行、脅迫、そして殺害といった余罪は百を超えています。」
ほう……特に意識したことはなかったが結果的にそんなにやっていたのか。
他の組との小競り合いに、借金の取り立て、そして組の金の持ち逃げをしようとした
言われてみればなかなか身に覚えがある事ばかりだ。
「元の世界、それも日本という国の治安レベルから考えるにこの数は異常であり、またこの件に関して一度も法で裁かれていないことに対し、私を含めた転生に関連性に持つ神々はあなたを亡くなり次第、魂ごと消滅させようという結論に至りました。」
まあそれが妥当な考えだな。
「で?それがどうして転生してるんだ?」
「はい、それに関しては、あなたの死に際にとった行動にありました。」
「死に際の行動?」
「はい、あなたは自分が一体どういう風にして死んだか覚えていますか?」
「……そういえば覚えていないな。」
正確に言えば死ぬ間際の記憶だけ全くと言っていいほど覚えていない。
だが、ある程度予想はつく。確か俺は当時癌を患っていて余命宣告も受けていたはずだ。
医者からは入院するように言われていたが、それを無視して一部の連中以外には隠して普通に生活していたから恐らくそれが原因だろう。
だが、襲われたというの可能性も否定できない。
何せ裏社会を牛耳っていた男の首だ、俺の
それに俺の方針を快く思っていない幹部連中もいた、そいつらが鉄砲玉を使って命取りに来たという事も否定できない。
まあ、そんな度胸のある奴がいたとは思えんかったがな。そんな奴がいたなら俺は喜んで後を譲ってやるよ。
そう言えば跡目の方はどうなったんだろうか?ロクな候補もいなかったから決められずにいたが……
まあ今更気にすることもないか。
「それで、俺はどうやって死んだんだ?病死かもしくは襲撃か。それとも異世界転生らしく交通事故か?」
ま、流石にそんなやわな死に方は――
「ええ、あなたの死因は大型トラックに跳ねられたことによる事故死です。」
「……は?」
その答えに思わず、らしからぬ声が出る。
「……それは他の組からの刺客によるものか?」
「いえ、あなたを轢いたのはごく普通の一般人です、あなたはトラックの前に飛び出した一匹の猫を庇って死んだのです。」
「は?猫?」
ますますわからない、この俺が猫を庇って死ぬだと?
青龍会の会長にして、裏社会の帝王と恐れられていたこの俺が猫を?
「……何故だ?」
「さあ?それは本人であるあなたにしかわからない事かと。」
いや、自分でもわからないから聞いている。
余命宣告を受けたことで善意に目覚めたとでも言うのか?
……いや、違うな。俺が悪だからこそか。
俺は元々余命宣告を受けていた、このまま何もせずおめおめと死ぬより、最後の最後まで世の中をかき乱したかったのかもしれない。
サツですら迂闊に手を出せない裏社会の大物がたった一匹の猫を庇って死ぬ、これほど不可解な行動はない。きっとサツも組の連中もさぞかし混乱しただろうな。
なにせ、神や本人ですら混乱しているのだから。
実際はどうだっかはわからないが、結果的には悪くないからそれでよしとしよう。
転生してから十年も経って今更当時の心境などに興味はない。
「まあいい、で?まさかそれだけで消滅を取り消したんじゃないだろうな?」
「いいえ、ですがその行動がきっかけになったのは事実です、私達にとって今回のあなたの行動は極めて異例で、私達はこれを機にもう一度あなたのことに関してもう一度調べ直すことになったんです。そして、その結果、二つのことがわかりました。」
そう言って女神が指を二本立てる。
「まず一つ目に、今まであなたが犯した罪の被害者にはすべて、何かしら別の余罪がありました、それはあなたと同等、もしくはそれ以上の。そしてもう一つ、あなたが組織の会長に就任してからは組織関連による一般人を巻き込んだトラブルが極端に減っていたことです。あなたはもしかして、この組織ぐるみの犯罪から一般市民を遠ざけていたのじゃありませんか?」
「……さあ、どうだろうな?」
それに対して答える必要はないだろう。
「そういった事と、あなたの
「……なるほどな、つまり今の俺の人生はあくまで罰で本来なら奴隷として苦しんで死ななければならなかったって事か。」
「……悪い言い方をすればそうなりますね。」
エルトナは苦笑いをしながら肯定する。
「あなたが見てきた通り、あの環境は普通の人間なら一年生き永らえるのがやっとという過酷な環境です。私はあなたに少しでも長く罰を与えるために普通の人間よりステータスの高い無能として転生させました。他の人間より長い期間、あの環境で苦しみ、そして最終的に精神的に耐え切れず息途絶える事によって、あなたの禊ぎは完了する。そういう予定でした……しかし、ここでまたもや想定外の出来事が起きました。それはあなたの精神力は私達の予想をはるかに上回り、あの過酷な環境を耐え抜き成長し、事もあろうことかそこから脱走してしまったのです。はっきり言ってこれは想定外以外の何物でもありません。」
「……つまり、あんたは償いに失敗した俺にもう一度罰を与えるために再び転生でもさせに来たという事か?」
そう質問するとエルトナは小さく首を振り否定する。
「いえ、我ら神が人間の生死に直接干渉できるのは魂の状態である時のみ、転生が完了し肉体を持っている今のあなたに私たちが直接どうこうする事はできません。つまり、この先あなたがどんな行動に出ようとも私たちにはあなたを止めることはできないのです。」
「ならば何のようだ?」
「そこで先程の取引の話に戻ります。あなたには今後、この世界で前世とは違う、真っ当な人間として生き、そして正義の名の下に人々を助けてほしいのです。その代わりと言ってはなんですがあなた望む物をなんでも一つ与えます。」
「なんでも?」
「ええ、武器やお金、あなたの前世の世界にあった物など、なんでもです、あとステータスやスキルなどは転生前でないと変更は無理ですが、顔や体といった身体的な部分などは変えることができます。」
……なるほど、それはなかなか魅力的だな。
俺自体は無能ではあるが道具次第ではそれを補うことができる。
前世の物もありならこの世界で
「どうでしょう?悪くない話だとは思いますが。」
「そうだな、なかなかいい話だ……だが、悪いが断らせてもらう。」
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