第12話 表と裏
「……え?」
俺の返答に対し、エルトナは口を開けたまま硬直している。
「話は終わりか?ならとっとと元の場所に――」
「ち、ちょっと待って下さい!どうして断るのですか?訳を聞かせて下さい!内容も見返りもあなたにとって決して悪いとは思えないのですが。」
俺がこの条件を飲むことによっぽどの自信があったのか断ると、エルトナは激しく慌てた様子を見せる。
「そうだな、見返りに関しては中々魅力的な話だった。」
「ならどうしてですか?」
「簡単な話だ、あんたの出した条件が気に入らなかったからだ。」
そう答えるとエルトナは眉をしかめる。
「私の条件、というのは正義のために生きるということがですか?しかしあなたは脱走の際も自分一人だけ逃げるのではなく、他の奴隷の方々も一緒に開放したり、仲間に襲われている見ず知らずの行商の方を助けたりと、この世界での行動を見てみても、あなたが正義を拒む理由はないと思うのですが……」
「拒むさ、俺は『正義』という言葉が世界で一番嫌いだからな。あんたの今言った行動だって、自分の中にあった思惑と信念を元に動いただけだ、正義だのなんだのの理由で動いた事などこれっぽっちもない。」
「……どうしてそこまで正義を嫌うのですか?」
ふむ、そう言われるとなかなか説明が難しいな……。
何せこれ自身は俺の前世の育った環境にあるからな、こいつもさっき生い立ちを知っていた口ぶりだったしわかると思うんだが。
とりあえず細かく説明していく。
「……なら、一つ聞くがあんたにとって正義ってのはどういう事なんだ?」
「え?」
「あんたは言ったよな?正義のために生きろと。ならその正義とはどういったものなんだ?」
「そ、それは困っている人を助けたり悪事を働く人を懲らしめたり……」
「そうか、なら聞くが俺の起こした行動は正義なのか?」
「え?」
「酷い扱いを受けていたとはいえ、あの島から逃げた奴隷は俺を含めて全員正統な取引で買われた奴隷達だ、俺達はそれを管理する兵士たちを殺し脱出してきた。そんな俺達の行動は世間から見て正義なのか?」
「それは……」
「猫を助けた話だったそうだ、猫からすれば俺は命の恩人かもしれんが、トラックの運転手の方はいきなり飛び込んできた男をひき殺してしまったんだ、警察がどういう処遇を決めたかは知らんが、どちらにせよ人を一人殺したという罪悪感を一生背負って生きていかなければならない、それは並大抵の事ではないだろ。それで俺の行動は正義の行動だと言えるか?」
そう尋ねるとエルトナは反論できずに言葉を紡ぐ。
「そう言うことだ、正義も悪も状況と立場によってコロコロ変わる、これほどあやふやな言葉なんて他にない。そして正義っていうのは自分の行動を正当化するための言い訳だ、だから俺は正義という言葉が嫌いだし使わない。俺の中にあるのは正義か悪じゃなく『表か裏』か、それだけだ。」
表と裏
そう、それが前世、久我竜也として生きてきて導き出した答えだった。
前世の俺は父親が警察署長、母親が弁護士という正義の代名詞ともいえる職業をもつ両親の元に生まれた。
その事は周囲にいる人間の間では有名で、それだけに息子である俺の行動に対しての世間は一際目を光らせていた。
警察署長の子供なんだから正しく生きるのが当たり前、弁護士の子供なんだから勉強できて当たり前、少しでも問題を起こせば二人の両親は教育が悪いと激しく非難される。
その事もあって世間体を人一倍気にしていた二人の両親は俺を厳しく育ててきた。
……側からみれば虐待と言われるほどにな。
警察と弁護士の息子らしく、あらゆることが制限された中で毎日勉学と格闘技の稽古を四六時中やらされていた。
指導を名目に、毎日体中に痣を作り、成績が悪ければ飯も食わせてもらえなかった。
周りの大人たちはそれが可笑しい事に気づいていても誰も指摘しようとはしなかった、俺の顔中にできた痣は周囲でも有名だったが、誰一人として手を差し伸べようとしなかった。
理由は俺の父が警察の上層部の人間だからだ。
正義の代名詞である警察のトップが息子を虐待をしているなどあってはならない。
警察はその事実をもみ消し、学校や周囲にも圧力をかけ、ひたすら隠し続けた。
そしてそんな人生は、俺が中学を卒業し、家を飛び出すまでの間ずっと続いてていた。
正義を語る
そして俺はそんな正義という言葉に反発する様に警察のトップの子供という肩書を背に、悪と呼ばれる極道の門を叩く事になった……。
その後、俺は裏社会の住人として生き、そして様々な事を知った。
裏には裏のルールがあり、その世界でしか生きられない者や手に入らない物もある。
そしてそんな裏社会の存在によって助けられた者達も多くいた。
裏社会というのは必要な存在だと認識させられた。
だがその事実と共に裏社会のルールや人間によって傷つけられる表の人間がいる事も知る。
表と裏が互いが交わることによって傷つくものが生まれるのだと俺は悟った。
だから俺は組織のトップに立った後、表と裏社会の完全分離化を図った。
裏の人間は表の人間に手を出さないが表の人間は裏の人間のすることに口を出さない。
そして自らこちらの世界に入って来る表の人間には俺らは一切の容赦はしない。
同じ国、同じ場所で生きながら全く別の世界として生きる、それが俺の掲げた極道だった。
まあ、真っ当な人間を相手に金を稼ぐ奴らにとっては凄く嫌な存在だっただろうがな。
「ま、そういう事だ。わかったらさっさと元に戻してくれ。」
俺は黙りこくったエルトナに言う。
明日からはまた色々と動き出さないといけないからな、疲れをとるための睡眠でこんなに長々と話していたら休めるものも休めねえ。
「わかりました……では、あなたの望みを言ってください。」
「……あ?」
「先程の取引の話はこれで終わりました。なのでこれから別の話、あなたに転生特典を与えます。」
何故そうなる?
そう思ったのが顔に出ていたのがエルトナは説明をし始める。
「あなたへの罰はあくまで奴隷として生きている間ですから、なのでこれからの人生を二度目の転生とみなし、あなたを転生者として扱います。」
「……そんな事して大丈夫なのか?」
「構いません、あの環境を耐え抜いたご褒美と考えてください。それに、今の話を聞いて貴方のその考え方で、この世界ではどういう風に生きていくのかが少し興味が湧いてきました。」
そう言って女神は微笑む。
「では望みを、どうぞ魔法道具でも銃でもお金でも、好きなものを選びください。」
……そうか、まあ、そう言われるなら貰ってやるか。
しかし、だからと言っていざとなると迷うな、魔法道具や剣と言った武器はそのうち自力で手に入れるつもりだし金は自分で稼いでこそ価値がある、そしてハジキに関してはあまりこの世界観を壊したくないので使いたくない。
顔は少し変えたいが、朝起きて顔が変わっていたら全員驚かせる事になるしな。
「そうだな……よし、決まった。」
俺は要望を決めると女神に伝える。
「え……それでいいのですか?」
「ダメなのか?」
「いえ、ダメではありませんが、本当にそんな事でいいのかなと思って。」
そんな事とは心外だな俺にとっては命と同等と言ってもいいほど大切な物なのだが。
「まあ、貴方がそれを望むと言うのならわかりました。」
そう言うと女神が俺に向かって魔法をかけるような動きをすると、俺の背中に一瞬火傷したような痛みが走る。
「……はい、これであなたの望み通りになっているはずですよ、朝起きたらご確認ください、では私はこれで。」
最後にこちらに向かって会釈をすると、エルトナの姿が消え始める。
「あ、ちょっと待ってくれ。」
俺は消えるエルトナを呼び止める。
「なんでしょうか?」
「消える前に教えてくれ、俺の年齢はいくつなんだ?」
はっきり言って名前より大事なことだ、個人的には十五歳だと思っているが、見た目で行くと十二、三にも見えるからな、そこら辺ははっきりさせておきたい。
「ああ、あなたの年齢ですか?確か今は十四歳ですね。あなたがこの世界で前世の記憶を取り戻したのが五才の時で、今がそれから九年目になりますからね。」
……そうか、まだ九年目だったか。
どこかで数え間違えをしていたという事か……
そんな事実に少し茫然としながらも俺の瞼が重くなり再び意識を失っていく。
――
そして気がつくと俺はベットの上にいた。
周りには他の三人がまだ眠っている。
俺は早速部屋の中にある鏡の前に立つと、その場で服を脱ぎ背中を映す。
……よし、ちゃんとあるな。
俺の背中には女神に要望したものがしっかりとある事を確認する。
「あれ……?ティア、どうしたの?」
その声に慌てて服を着て振り返ると、マリーが目を擦りながら体を起こす。
「悪いな、まだ時間でもないのに起こしてしまったか?」
「んーん、別にいいよ。どうせもう直ぐ起きる時間だし。」
そう言うと、マリーは目を擦りながら下へと降りていった。
「さて、俺も支度するかな。」
俺の新しい異世界生活の始まりだ。
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