第127話 エルフとドワーフの憂鬱
「んぐっんぐっんぐっ……ぷはぁ〜」
ウラッグはジョッキいっぱいに入った三日ぶりのエールを一気に飲み干したあと、大きく息を吐く。
普段は毎日酒樽一個分は飲んでいるが、仕事に集中し始めると工房に籠りきりになり、つい飲むことを忘れてしまう。
何日も引き篭もるような大掛かりな仕事は暫くしてこなかったが、ウラッグが所属している組織、竜王会が貴族から担保で鉱山を手に入れてからは仕事が増え工房に引きこもることが多くなった。
組織のリーダーであるティアからは期限は設けられていないので急ぐ必要性はないのだが、一度集中すると歯止めが利かなくなるのがウラッグである。
ここ最近の最長引きこもり期間は、ティアから頼まれて作ったメリケンサックという武器を作った時だった。
無能がゆえに、素手で戦うティアに頼まれて作った武器で、全ての指に嵌める指輪のような形の変わった仕様の物だった。
物自体は小さいものだったが、ドラゴンの鱗を使っている分、加工するのが難しく作業には高い技術と集中力がいたため、あの時は一週間も工房に籠ることになってしまった。
終わった後は、一気に疲労が襲ってきてそのまま死んだように眠ってしまったが、その後に飲んだ酒の味は格別で今までで一番だったかもしれない。
――竜王会……か……
ウラッグがこの組織に所属してもうすぐ一年になるが未だにこの組織の現状を掴めていない。
この組織が正義か悪かで言えば恐らく悪と呼ばれる類だろう。
時には人を騙し、時には人を脅し、そして時には人を殺すこともある。
今依頼されて作っている武具も店で並ぶものではなく、闇オークションや反乱組織などとの取引など非公式な場で売るような物である。他にも高利子の金貸しや、罪のでっち上げなど表立ってできないような事を生業としている。
話だけ聞けば立派な悪の組織だが、組織によって助けられた人間も多くいる。
例えば今拠点となっている西部の大都市『ダグラム』は華やかな建物が並ぶ上流地区や平民たちが生きる中流地区がある一方、貧困者が生きる下層地区はあちこちで犯罪が行われるいわば無法地帯だった。
誰もが今日明日を生きるために奪い合い、殺し合う。だが何をしても誰も咎める者はいない、まさに国から見放された場所である。
それを逆手に賊やギャング、犯罪者がこの町へと逃げ込み、この地区の支配権を巡り複数のグループが争いを繰り返していた。
そのような場所に終止符を打ったのが我が竜王会だった。
ティアは下層地区にいた賊やギャングを一掃し、自分たちが住みやすい場所に変えると地区に住む者たちそれぞれに仕事や食料を提供した。
勿論、普通の仕事ではなく立ち入り禁止区域での薬草収集や特定の人物への盗みなど犯罪行為ばかりだが、それに見合った報酬を与えているので下層地区の人間の生存率は大幅に上がっている。
そして地区の入り口に見張りを付けたことで、何も知らぬ人間がこの町に迷い込むようなこともなくなっている。それでも入ってくる人間は自己責任らしい。
お陰で下層地区は以前と比べて随分落ち着いた場所になり、こうして酒が飲める酒場までできた。
そして助けられたのは自分もそうだ、本来ならこの国の奴隷として国のために死ぬまで武器を作らされ続けていただろう、そう考えるとこうやって酒場で堂々と酒を飲める今の状況は奇跡と言ってもいい。
他にも理不尽な理由で罪に問われたり不遇な扱いを受けている人間を取り込んで仕事を与えたりしている。
だがそれでもやはりやっていることは道理に反する事ばかりで、それに対し何とも思わなくなり始めている自分にウラッグはなんとも言えない気持ちになっていた。
「はあ~」
「はあ~」
ウラッグが溜息を吐く、すると釣られたように隣の席からも同じような女性のため息が聞こえて来た。
「ん?お前さんは……」
「あなたは、確かウラッグさんでしたか?」
隣にいたのは同じく竜王会に所属しているパラマというエルフだった。
ドワーフとエルフという相容れぬ関係で仕事でも関わることもないのであまり話したことはないが確か、いつもは他のエルフの姉弟と三人でいるところをよく見かける。
しかし、今日はその二人の姿は見当たらない。
「エルフが酒とは珍しいな」
「エルフだってたまには酒に溺れたい日もありますよ」
そう言ってパラマはジョッキに口を付ける。
余り慣れていないのか、ジョッキから口が離れるとすでに顔が火照り始めている。
「こんなドワーフの爺で良ければ話を聞くぞ?」
「ありがとうございます。」
そう言ってパラマは軽く頭を下げると二人は一緒に飲み始める。こうしてエルフと肩を並べて酒を飲むなど昔の自分なら考えられなかったであろう。
パラマは少し酒を飲み進めた後ポツポツと心境を語り始める。
「最近、ランファとガイヤとの間に溝のようなものを感じ始めているのです、勿論二人との関係は以前とは変わってないので気のせいだと思うんですが、ただ……私はランファやガイヤと違って悪党とはいえあそこまで非道には慣れなくて。」
他のエルフの二人は今は拷問官をしていると聞く、本来穏やかな性格のエルフたちからは考えられない事だろう。
「彼女たちに関しては仕方ないのかもしれません……里を襲われた時、私たちは商品として扱われていたので傷つけられることはなかったのですが、商品価値がないと判断された他のエルフや彼女たちの両親は目の前で……」
「成程、お前さんらも大変な目にあってきたようじゃな。」
酒も入ったせいかパラマは涙を流し始め、ウラッグはそんな彼女の話を聞きながら慰める。
まさかドワーフの自分がエルフを慰めることになるとは思ってもみなかった。
「二人に拷問をされるような者たちは私たちの里を襲った者たちと同じ類の人間ばかりです、それでも今のやり方を肯定することがどうしてもできなく……私はどうすればいいのでしょう?」
肯定も否定もできない状況、それはまさに今現在自分を悩ませている事と同じだった。
「表と裏……」
「え?」
「あ奴が良く言う言葉だ、正義か悪、正しいか間違いかなんてのは人によって変わる、だから他二人が肯定できてお前さんができなくてもいいんじゃないか?もしそれでも納得できないのであればこの組織を抜けるのもありだろう。」
それはパラマに向けて言った言葉だったが同時に今の自分の気持ちへの答えともなった。
やっていることは道理に反する事ばかりでも助けられているものがいる、自分はそのどちらの立場にもにいるからそれに対し何とも思わなくなり始めているのだろうと。
少し心のつっかえが取れたウラッグはその後、新しくできたパラマというエルフの飲み仲間と共に、朝まで飲み明かした。
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