第126話 ノーマの闇②

 ベンゼルダの王国貴族、ノーマ侯爵家は古くから続く歴史のある貴族で、別名『龍殺しドラゴンスレイヤー』の家系として知られている。

 その理由は彼らの血筋だけが持つ『ドラレイン』と呼ばれる特殊なマナにあった。


 竜種と言う特定の種族のマナを吸収するという性質を持っているこのマナは、魔法やスキルと言ったマナを元とする力にドラゴンを弱体化させる効果を与えた。


 竜種はいつの時代も人類にとっては最大の脅威であり、それに対抗する力を持つノーマの一族は長い歴史の中で龍殺しドラゴンスレイヤーとして数々の武勲を打ち立ててきた。

 その中でも彼らの名を歴史に刻んだ戦いがあった、それはとあるドラゴンとの戦いである。


 そのドラゴンは普通とは違っていた。

 一般的なドラゴンよりも一回り大きい体格に全身を覆った漆黒の鱗はどんな剣も魔法も弾き返した。

 巨大な爪を振るえば山が裂け、口から吐く黒い炎は町の建物を一瞬にして灰と化す。

 その尋常じゃない強さに加え、更には人語を理解する知識もあった。

 突然変異か、または別世界からやってきたのか、まるで国を滅ぼすためだけに現れたそのドラゴンはこう呼ばれるようになった。


 邪竜王『ティアマット』と。


 国はすぐさま兵を派遣し王都付近に現れたティアマットの討伐に乗り出すが、まるで歯が立たず、たった一日の間で多くの街や人々が犠牲になった。


 誰もが絶望し、恐怖する怪物、そんなティアマットを討った剣士こそ、当時ノーマ伯爵家の当主にして歴代最強と呼ばれた剣士、アグリス・ノーマだった。

 アグリスを筆頭にノーマの血を引く者と、王国の勇敢な騎士団が果敢になってティアマットに挑み、死闘の末、見事ティアマットを打ち破ったのだった。


 その功績を讃えられノーマ伯爵は侯爵になり、いつしかその戦いは伝説の物語として語り継がれていった。


 ……それが、の話である。


 実際は違った、ティアマットに勇敢に立ち向かったのは冒険者や町に家族がいる兵士たちで、騎士団及び英雄とされているアグリス・ノーマはティアマットの姿を見るや、兵士たちを囮に早々に戦線を離脱していたのである。


 ではどうやってティアマットの脅威を乗り越えたのか?


 それはとある二人の活躍によって、ティアマットを封印することに成功したからだった。


 二人の名はブライン・メンデスと、ノエル・ノーマ。

 聖剣使いである冒険者の青年ブラインと、魔法使いでドラレインを持つアグリスの娘、ノエルが力を合わせて、ティアマットを倒したのだ。


 しかし、二人の力を合わせてもティアマットを完全に息の根を止めることはできなかった。

 唯一ティアマットの体に傷を負わすことのできた聖剣を持つブラインはティアマットに深手を負わせた捨て身の攻撃で戦死し、マナを使い果たしていたノエルは倒すすべがない事を悟ると、体に流れるドラレインの性質を利用して自らの体にティアマットを封印したのである。


 こうして王国は二人の活躍によって救われたのだった。

 ……しかし、彼らの名が歴史に残ることはなかった。

 当時のメンデスは平民で、ノエルは妾との間にできた平民の血が流れる子供であったことで、王都に戻ってきたアグリス達は平民が国を救ったことなどあってはいけないと、功績を自分と騎士団のものとするよう訴え、国王もそれを承諾した。

 その結果、二人の功績は龍殺しの名を持つアグリスと騎士団の手柄となった。


 その後、ノエルはその封印が解けないように塔に幽閉されることになった。

 ティアマットを封じた体は妊娠しているようにお腹が膨らんだが、決して何かが生まれることはなかった。


 そして、自身の衰えが進むにつれ、徐々にティアマットの封印が解け始めていることに危機感を感じ始めると、ノエルは国に報告し対策を考えるように訴えたが、ティアマットが生きていることがバレることを恐れたノーマ家の者たちは、その事を報告せず新しい器となるノーマの血を引く女性を用意して塔に幽閉し隠し続けることにした。

 そうやって何世紀もの間、ノーマ家は封印されたティアマットの存在を隠し続けたのであった。

 ……これが、ノーマの闇である。


 ――


「お姉さま……どうしてここに……」


 十年ぶりとなる姉との再会にリアムは、言葉を探すので精いっぱいだった。

 新しい器である彼女は本来なら、侯爵家の領土にある塔で幽閉されているはず、それが今目の前にいるという事は何かがあったという事だ。

 ……いや、何があったかなど今の姿を見れば一目瞭然だった。


 自分と同じ金髪だった髪は黒く染まり、綺麗な肌は鱗に覆われ、背中には当時はなかった尾もついている。

 そして、薄っすらと開けている眼から微かに見えるその瞳は鋭く、人外のものであった。


「あら?十年ぶりの姉との再会なのに嬉しくなかったかしら?」

「あ、い、いえ、そう言う訳では。」

「フフ、冗談よ。」


 そう言ってメーテルは昔と変わらない笑顔でおどけてみせた。


「あなたが全然会いに来てくれなかったからこっちから来てしまったわ。」

「そ、それは――」

「わかっているわ、事情は皆に聞いてきたから。」

「え、皆?」


 皆……その言葉にリアムは違和感を感じた、ノーマの一族が彼女にそんな話をするはずがないからだ。

 彼女は侯爵家でひどく疎まれていた、理由は一つ、彼女が無能であったから。

 使用人にすらぞんざいに扱われていた彼女に他の者たちが何かを教えるはずがない。

 リアムはそこでふと最近起こっているノーマ一族襲撃事件について思い出す。


「まさか、最近起きたノーマの姓を襲っているのは……」

「ええ、が殺したの。」


 その瞬間、優しく見つめていた彼女の瞳が一瞬、鋭くなったように見えた。

 そう、まるでドラゴンのように……


「ホント、愚かな人たちよね、ドラゴンの力を封印していたのはマナの力によるものだったのに、それを忘れてマナのない無能わたしに移すなんて……まあ、おかげで私はこうやって出てこれたわけだしね。」


 メーテルがリアムに見せつけるように鱗にまみれた腕を前に出す。


「ほら、見てこの腕、この鱗のお陰で一生消えないはずだった火傷痕が隠れ、かぎ爪のおかげでもう爪をはがされることもなくなったわ。あんな奴らの剣も魔法も、もう私の体を傷つけることはできない、もうこれで虐げられることもなくなったのよ。」

「お姉さま……」


 そう語るメーテルは本当に嬉しそうだったが、話を聞いたリアムは涙を浮かべていた。メーテルがどういう扱いを受けて来たかは薄々わかっていたがこれほどまでに酷いことをされているとは思わなかった。


 メーテルは無能とわかると同時に屋敷の部屋から近くに建てられた倉庫に場所を移され、侯爵家の後継者だったリアムは会う事を禁じられていた。

 それでもリアムは人目を盗んではメーテルに会いに行っていた。

 メーテルはそんなリアムをいつも笑顔で出迎え、何事もないかのように明るく振る舞っていた。

 だから、ここまでひどい扱いを受けていたことに気づかなかった。

リアムが家を出たのは、、姉への仕打ちや器というシステムに嫌気が差したからであったが、このような扱いを受けていると知っていたなら彼女を見捨てて家を出るなんてことはしなかった。


「器になった後も大変だったわ、私がいたのは塔じゃなくて牢獄でそこで手を拘束されて……舌を嚙みちぎらないように口に具つわ入れられてね、あとは一日一回の食事のみ、そんな私の唯一楽しみはとの会話だった。」


 そう言ってメーテルは自分のお腹を優しく擦る。


「マナを持たない私に封印する力はなく、本来なら封印が解かれると同時に死んでいたでしょう、だけど、そうしたら長年封印されていたティアマットは本来の力を取り戻すのが難しくなるようだったらしくてね。だからお互い話し合った結果、時間をかけて少しずつ同化することにしたの。」

「同……化……」

「ええ、つまり……今の私はメーテル・ノーマであり、ティアマットということよ」


 その言葉にリアムは頭が真っ白になる、それは一族が長年守り続けてきた封印が解かれたという事、つまりあの伝説になった怪物が復活したという事だ。


「……姉様は何をなさるおつもりなのですか?」

「とりあえずは一族への復讐かしら、私を虐げて来た者たちを皆殺しにするの、何人か殺したけど、あの死に際のあの表情、最高だったわ。」


 淡々と語る一族への復讐宣言、しかしさっきの話を聞いた後ではそれを諫める言葉は出てこなかった。


「あとはそうね……あ、そうそう、今私ね、竜王会にいるの。」


 その名前にリアムの体が一瞬ビクつく。


「竜王会……ですか?」

「ええ、そこのリーダーが私の名前を名乗ってたから興味本位で近づいたのだけど想像以上に面白い方でね、つい肩入れしちゃったわ、これも運命なのかもしれないわね?あの方との子を産めばどのような子供が生まれてくるかも興味あるのよね。」


 そう言って、うっとりしながらもう一人のティアマットについて、語る彼女はただの一人の女性に見えた。


「それでねリアム、あなたも来ない?」

「え?」

「今組織は勢力拡大に伴い有望な人材を集めているの、あなたの力も是非借りたいのよ」

「それは……」


 できません。私は冒険者ギルドの人間ですから。


 そう言って断り剣を向けなければならなかった。

 でも言葉がでなかった、体が動かなかった。先ほどの話を聞いてできた罪悪感と、何より姿は変わってもあの時と変わらない笑顔で手を差し伸べる姉を見て、この手を掴めばあの頃の何も知らなかった自分に戻れるような気がしたからだ。

 その日、地方のギルドから一人の受付嬢が姿を消した。

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