第125話 ノーマの闇①

「よし、これで今日の仕事は終了、と。」


 リアム・ノーマは今日も何事もなく受付の仕事を終えると、腕を大きく上にあげて背筋の伸ばし、座りっぱなしで固まった体を解す

 冒険者を引退してはや三年、この仕事にも慣れて今では愛想もよく、説明も丁寧で、冒険者へ適切なアドバイスもしてくれる職員としてギルドの顔となっている。


 リアムは十五歳の時に逃げる様に家を出ると、最初に訪れた街で資金目的でギルドに登録し冒険者になった。

 その際にギルドに関して親切に教えてくれた女性からパーティに誘われて、そのまま剣士としてパーティーに加入した。


 Sランクパーティー「フリーリミット」

 男性三人、女性二人の五人のパーティーはそれぞれが事情をもった者同士で結成され、五年後に解散が決められていた期間限定のメンバーだったが、その五年の間でいろんな意味で伝説となった。

 モンスター討伐からダンジョンの攻略と、こなした依頼は数知れず、しかし時には問題を起こし人々に迷惑もかけることもあった。

 身分も種族違うがメンバーたちの仲は良好で、リアムにとっては第二の家族の様なパーティーだった。

 解散後は、それぞれが戻るべき場所に戻り、一人になったリアムは他とパーティーを組む気になれなかったのと十分お金も稼いだこともあって、そのまま冒険者を引退することにした。


 仲間たちの殆どは王都へ行くことになりリアムも誘われたが、王都や貴族の多い西部に地方にいればSランク冒険者だったリアムを放っておくはずがなく、かと言って実家のある北部には行きたくなかったリアムは以前お世話になったギルドマスターのいる東部地方の町、カザールにへと向かう事にした。


 王都から離れ貴族もあまり訪れない、かと言って田舎というほどでもない。カザールはリアムがのんびり暮らすには打ってつけの場所だった。


 ギルドに伝のある仲間の配慮もあってか、町で自分の事を知っているのはギルドマスターのみで、おかげで受付を始めてからのこの三年間で大きな出来事もなかった。

 ……ただ、個人的になかったが気になる人物は一人いた。

 それは今から一年ほど前、冒険者登録をしにやってきたある少年の事だ。

 年齢より幼く見える顔つきに小さい体、これは成長期にまとも食事がとれていない子供によく見られる傾向だった。

 恐らくどこかの街のスラムの子か元奴隷だった少年だろう考えたが、ギラついた緋色の瞳はとても不遇な環境を生きて来た子供の眼には見えなかった。


 その少年はギルドの登録書の名前の欄にティア・マットと書いた。

 恐らく偽名なんだろう、なんの因果か竜殺しの一族の名を持つ自分の前で邪竜王の名を語るとはと思いつつ、いつものように受付の仕事をこなした。


 だが問題はその後だった、ギルドが冒険者の生存率を上げるために作ったジョブ制度。

 パーティーを組む際の参考にもするため必須項目とされているジョブを決めるための適性検査で彼が『無能』だという事が分かりリアムは思わず口にしてしまう。

 この世界では無能は女神から見放された者と言われ、どういう扱いを受ける事になるか、身内に無能がいたリアムはよく知っていた。


 それを人の出入りが多いこの場で口にしたのは完全に失言だった。

 しかし、少年は慌てるリアムに対し、気にするどころか改めて自らの口ではっきりと無能である公表した。

 そしてそこからは予想内と予想外の連続だった。

 無能という事が、ギルド内に知れ渡り少年を見る目が侮蔑へと変わり始めたが少年は一切臆することなく堂々としていた。

 そして当時町の有望な若手として名を挙げていた、冒険者のカルロが絡んできて、案の定トラブルになるも床にひれ伏したのはカルロの方だった。

 そして後日、改めてカルロと決闘をするとまたもやカルロを破り、そしてその際に負った傷を治したときに見た背中に龍の紋章があることを知った。


 その騒動もあって少年は冒険者になることなくこの町を去り、ギルドもB級冒険者が無能に敗れたことが広まることを恐れて、ギルド全体に箝口令が敷かれるとこの騒動は自然と忘れ去られていった。


 その後は特に代わり映えもない日が続き、少年もこの町に来ることはなかったが、今年に入って何度もその名前を聞くことになった。


『貴族殺し ティア・マット』


 その手配書はギルドの賞金首の掲示板の片隅に張られていた。国際指名手配者など、この町の冒険者では手に負えないので殆どの人は気にすることはなかったが、その名を知っていた者はその手配書に釘付けになっていた。


 紅の髪に緋色の眼、何故か青い炎の魔法を使うとは書かれていたが徐々に情報が追加されていくとそれが例の少年だとすぐにわかった。

 あれから真面目に鍛錬と依頼をこなしA級冒険者になったカルロは、手配書を手に町を出ていき、この町に騎士団が訪れることも増えていった。


 左遷された貴族の殺人から始まり、裏オークションに関わっていた子爵の殺害……そして最近はノイマン公爵家の親族であるビビアン・レオナルドを殺害したとして、その名は一気に国中に広がった。

 そして公表こそされていないがビビアンが支援していた五大盗賊ギルドが彼が率いている組織、竜王会に取り込まれた。

 五大盗賊ギルドとまとめられているが、元々それぞれ別々で動いていた組織がティアマットの元で一つとなり行動している、それは裏社会にも大きな影響を与え、竜王会は次々と勢力を伸ばしている。


 もはや無能だとか奴隷だからなどと言って同情もできないところまで来ている。かと言って今の自分はただの受付嬢。向こうから会いに来ない限り関わることはないだろう。

それに、今は他に気になることもある、そう考えたリアムは、心の隅においてこくことにしていた。


――


「……誰?」


 仕事からの帰り道、リアムは自分の背後に漂う不自然なほどの気配に後ろを振り返る。

 それは子供のような弱弱しい気配だが確かに存在し、そして何故か本能的にとてつもない嫌悪感を感じていた。


「出てこないならこちらから行くわよ?」


 リアムがスキル『アイテムボックス』から鋼でできた剣を取り出し気配のする方に構える。


「ふふ、私の気配に気づくなんて流石姉妹ね。」

「……え?」


 気配の主がゆっくりとこちらに近づき、その姿を現す。


「あなたが家を去ったって聞いて外に出た後は真っ先にあなたを探していたのだけど、まさかこんな小さな町で受付嬢をしているとはね。」

「そ、そんな……どうして……」


 その姿を見たリアムは思わず剣を地面に落とす。

 見た目も振る舞いも最後に見た時とは全く違う、なのにその女性が誰なのか、リアムはすぐにわかってしまった。


「久しぶりね、リアム。」

「メーテル……お姉様……」


 メーテル・ノーマ……彼女はリアムの姉にして、ノーマ侯爵家の後継者であったリアムが家を出るきっかけとなったノーマ族の闇そのものだった。

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